夢を見ていた、懐かしい……という感情が湧いて出た。 妹の手を握る、屋敷の森を2人で進む。背後では母の呼ぶ声が聞こえる、それに対して私は振り返ろうとするが、笑顔が強張って途中でそれを止める。 「やはり、夢は所詮は夢か……」 もう既に母は私が7歳の頃に死んだ、いや……殺されたのだ。だから、これは夢であると分かった。詰めが甘い、そう言って全てを悟ったような表情で俯いた。 妹の手、しかし感触が少しおかしい…? 私は妹を振り返る、妹である筈の手は私がよく知る妹の小さな手に比べると少しばかり大きい。 視線が向く、そこに居たのは幼き魔族の少女、どこの誰かも分からぬ少女がいたのである。 私は、戸惑った。思わず握っていた手を振り解こうとする。 しかし___、 少女に強く握り返される、痛くはない。 魔族は語る。 「街……へ、そ…の……る……商のとこ…に行っ…」 何を言っているのか完全に理解する事は出来なかった。私は少女を見つめる、全てを見通したかのように澄み切った瞳から目を逸らす事ができないでいた。 「貴方は……、一体」 突然、少女が手を離した。霧が晴れたが如く目の前から消え去っていた。 私は、咄嗟に伸ばしていた右手を静かに下げる。 今、先程まで存在した彼女は何者なのか、私には分からない。 パラパラと埃が舞い落ちてくる、そろそろ時間か……。目覚めの時は近い、視界が混濁してくる。夢が崩落する様子を勇者は…、私は見届けた。 ___パチパチ 私は瞬きをする、日差しが皮膚を焦がしていた。暑い、今にも干からびてしまいそうな炎天下に私は一人で横たわっていた。 いや、正確にはもう一人、死んだ妹がこの手に抱かれていた。その手を放す、死体が風に吹かれて髪を靡かせた。頬周辺は既に壊死が始まっていた、放たれる死臭から考えるに一日以上は気絶していたらしい……。 動かぬ左腕を押さえながら私は身を起こす、衣服に付着した乾いた土埃がパラパラと風に乗って落ちていく。 喉が乾いた、肺の奥がズキズキとする。声が上手く出せない、何回か声を出さそうと試みたが思わず咳き込んでしまった。肺の痛みが強まる、咳に数滴の血液が混じっていた。立つことは出来ない、少し身を起こしていたがフラフラと視界の揺れが酷くなってきた為、再び地面に倒れ伏してしまった。 「はぁ…、はぁ…はぁ、はぁ……くっ…う…」 汗ばんだ胸元を押さえる、ほんの一呼吸さえ苦しくて思わず苦痛の声が漏れた。おそらく片肺は機能していない、もう一方も今はどうにか動いているに過ぎない。 死闘の加護……が、そう簡単に私を死なせてはくれない。呼吸が止まったかと思うと強く息を吹き返す、心臓が止まりかけた瞬間に音を立てて脈拍が早まっていく。今にも途切れてしまいそうな意識が次の瞬間に覚醒する感覚、強制的に私は生かされている。 回復とは、また違うのだろうな……。 「ン……?」 私は、視界の端に光を見た。それは非常に眩い光であった、妹の死体がある方向からである。あと少し、もう少しで見えるはずだ。しかし、首がこれ以上は動かせない、体が全く言うことを聞かないのだ。私は、空に駆け巡る光を見つめたまま気を失った。 次に目を覚ますと地面を見つめていた、いや……正確には誰かに背負われていた、と表現するべきだろうか。背負うと言っても相手は私と同じ程度の背丈だろうか?、私の両腕を肩にかけて引き摺るような形で何処かへと向かっているのだ。 「お前…は、……誰…だ」 微かに喉を通った言葉、相手はこちらに気づいたのか何かを喋りかけてくるが、私の耳元には砂嵐が起こった時のようなザアザアとした雑音しか聞こえない。意識がグラつく、また視界がボヤけてくる。 私は、再び気絶した。 ___死闘の果てに、何を失う。 ___死闘の果てに、#@&/○ 私は荷車に揺られたような感覚に目を覚ました、ここは何かを運搬する為の馬車の倉庫内だろうか……?、目線の先で魔族の少女が馬車の振動に揺られて眠っていた。 どこかで見た覚えが___、それは……その姿は夢で見た少女そのままであった!? 私は、思わず叫んでいた。 「何故ここに……ッ!、痛…ッ!」 不意の痛みに悶絶する、見てみると体の至るところに包帯やら薬草やらの手当ての形跡があった。服装も王国のものではない、これは……婦女子用の白いドレスである。誰がこれを…?、まさか目の前の魔族が……?? 「おっ、目を覚ました?」 その声に私は振り向く、若い男が私と同じく倉庫内で座っていた。荷台の中へと差し込む光、私は警戒していた。 「待て待て!、せっかく治療してやったのにその顔はないだろ!、いや待てよ?、これはこれで有りか…?」 治療…?、この男が!?、という事は……! 「わ、わわ、私の裸体を見たというのかッ!?」 私は荷台の隅っこで身を守るように縮こまる、その表情は驚きと恥ずかしさが混じり合い、頬は赤く、あまりの恥ずかしさに目からは涙が滲み出ている。 「そりゃあ見るだろ?、治療の為に」 「くっ……、殺す!」 私は近くにあった棒切れを片手に男へと近寄る、この恨みはここで晴らす! すると、男は慌てた様子で口早に話しかけてくる。 「い、命の恩人!、俺はお前たちの命の恩人だぞ!、それなのにお前はその棒で俺を叩くというのか!、いや……それも有りだな!」 とりあえず、一回ぶん殴っておいた。 止まらぬ鼻血を布で押さえながら男は語りかけてくる。 「冗談抜きで真面目に話そう、今まで見た女の中で一番綺麗だったぞ」 ___チッ! ゴミを見るような目つきで舌打ちを鳴らす、私は再び荷台の隅で身を守るようにして固まっていた。なんなんだ、この男は…… 「いや、それがマジなんだって!、特に胸周りの将来性とか本当に___」 「ふぁ〜、よく寝た……あれ?、何かあったのかしら?」 魔族の少女が起きた、状況が飲み込めずポカン…とした様子である。 「あっ、貴女ようやく目が覚めたのね!、良かった………もう二日も目が覚めないままだったから」 距離が近い、少女は安心した様相で胸を撫で下ろした様子。私は、あれから二日も寝ていたのか…… 「ってな訳で、改めて名乗らせてもらうぞ!、俺はザック・ジュバル、しがない商人さ」 男はそう告げると私の方を見つめてくる、私に名乗れという事だろう。 「はぁ……、フィラ・リベイルだ」 淡々と自己紹介を終えた、次は例の魔族の番だった。 「それでは、次は私の番ね!、私は魔王!、魔王マリア・センバルよ!」 「「はっ……???」」 今回に関しては男、改めてザックと奇しくも私は同じ感情を抱いていた。 「あれ……?、皆んな魔王の事は知らないかしら?」 魔族、もといマリアは不思議そうな表情を浮かべていた。 ザックは語る___、 「いやいや、知らないどころか超が付くほどのビックネームだよ……だけどよ___」 「魔王は死んだ筈だ、勇者の手で確実に殺されたと私は聞いている」 私は食い気味に呟いた。あり得ない、魔王が生きていた……?、ならば父の行方はどうなったというのだ…?、まさか殺され……いや、父に限ってそれは無いか…… 「あれ?、たしか私……ハロと最後に話した後……」 魔王、マリアは黙ってしまった。少し複雑な表情を浮かべた後、こう呟いた。 「なるほど、それで……!」 一体、何を言っているのか…?、私には理解できなかった。 「魔王、いやマリアだったか……一体、何の事を言っているの?」 「そう、たしか名前は"リベイル"と言ったわよね……貴女が………ううん、何でもないわ!」 そう、マリアは告げた。怪しい、物凄く怪しい。魔王を自称している点もだけど、何か隠しているところが本当に怪しい。 マリアは少し頬を掻いて苦笑した。 「あはは……、そう見つめられてしまっては困ってしまうわ」 "マリア・センバル"、たしか魔王もそんな名前だった気がする。偶然の一致か……いや、それにしては不審な点が多すぎる。 「とりあえず、そこの美少女お二人方!、お兄さんと良い事しないかい!」 「断る!、このゲスが…!」 「くぅ〜、痺れるぅー!」 少し…、いや正直かなり引いていた。 「良い事?、私でよければ喜んで!」 待て魔王!、純粋すぎるのにも限度があるだろ! 「ではでは〜、お兄さんとムフフな事を___」 「離れろ変態…!」 「ゲフッ!?、ありがとうございますッ!」 自称魔王に元勇者、それから変態商人を加えた奇妙で小さな冒険譚が幕を開けたのであった。 今は真夜中、4人の人物が焚き火を囲って座っていた。先程の3人に加えて、もう一人は馬車の御者にしてザックの護衛役兼メイドのサハス・ロバン、彼女は異邦の出身らしく褐色の肌に闇夜に溶け込むほどの綺麗な黒髪を有していた。 「ザック様、ここから街までは距離があります。少しどこかで物資を補給した方がよろしいかと……、それに人数も増えた事ですので尚のこと」 ……チラリ、と従者は私達の方を見た、やはり警戒されているようだ。だがしかし、常識的に考えれば正しい反応であろう、ただ一人を除いては___。 「なぁなあ、良い酒があるんだけどお兄さんと一緒に飲まない?」 「いらん!、それにお前と酒を飲むぐらいならば蛮族どもの洞窟に投げ込まれた方がマシだ」 「この…!、黙って聞いていればザック様に無礼な口を…!」 二人の視線がかち合い火花を散らせる、同時に立ち上がると敵意を剥き出しにそれぞれが互いに距離を詰めてくる。 「ザック様、この者を蛮族どもの洞窟に放り込みに行きましょう!」 「はっ!、出来ることならやってみなさい!」 鼻先が触れ合う距離、もはや状況は一色触発である。 「まぁまあ落ち着いて、楽しく話し合おうよお二人方!」 ___ムニュ…! 間に割って入ってきたザックの手が胸元に触れていた。 「おっ、どっちも触り心地が最高だね〜!」 ___モミモミモミモミ……! 「くっ……、殺す!」 「ザック様……、さすがの私も引きますよ…」 「良いね二人の目!、ゾクゾクしちゃうよ!」 とりあえず一回ぶん殴っておいた、そしてその日はこれで就寝となった。寝込みを襲われた際のために警戒していたが特に何も起こらなかった。 「おはようさん!、お三人方!」 痛々しく腫れた頬とは対照的にザックは朝から元気であった。私は、動かぬ左腕を押さえながら荷台から起き上がる。サハスは早くから朝食の準備、マリアの方はまだ寝ているようであった。 「起きてマリア、もう朝よ…」 寝ているマリアの肩を揺する、まだ寝ぼけた様子でこんな事を呟いていた。 「もうハロ……、あと10分…」 ハロとは誰の事だろうか?、私はそんな疑問に構わずマリアを起こした。まだ寝ぼけている様子なので、その間に手近にあった櫛で寝癖を解かしてあげた。これが本当に魔王の姿なのか?、なんだか腹違いの妹ができた気分である。 ___ピタ…! 私は、髪を解かすその手を止めた。マリアは不思議そうにこちらを振り向いていたのか、その時の私には分からなかった。 「妹……リリィ…」 あの時の……無残な光景がフラッシュバックする。私は、思わず硬直してしまった。 妹は死んだ、その事実に私の手は震えていた。呼吸が荒く、吸っては混乱した様子で息を吐く。 妹は死んだのだ……ッ! ___ギュ…! 「マリア…?、何を……」 不意に私は抱きしめられた事に気づく、マリアは優しく私の背をさすった。 「大丈夫、苦しいなら全部ここで吐きだしちゃお」 「だが私は……わたしは…!」 「大丈夫……だいじょうぶだから、今は泣いていいんだよ」 荷車の中、私はマリアに抱きついたまま泣いていた。苦しい……、苦しくて仕方なかった。私は大粒の涙を流していた……妹を…救えなかった…! 「いい子いい子、だいじょうぶ……誰もあなたを責めたりなんかしてないわ」 マリアは、我が子をあやすように頭を撫でた。震えるその背中を優しく撫でた。押し殺した泣き声を瞳を閉じて静かに聞いていた。 「おーいお二人方!、朝飯が……」 「しぃーーーーーー」 マリアは口元に指を当てた、そして優しく……それは優しく微笑んだ。 「おっと、これは失礼」 ザックは退散する、訳ありである事は最初から分かっていた___。 今そこで泣いていた少女、あの少女をマリアが引き摺った状態で助けを求めてきた時は正直なところ驚いたし、従者のサハスには猛反対されたものである。 しかし……だからこそ、あの二人を助けたのかもしれない…と、今になってはそう考えている。 マリアとの約束通りに街までは二人を届ける。だがまぁ俺は変態だが、紳士ではない。出来る限りの事をするつもりではあるが、それ以上はどうにもならない。 「ザック様、よかったのですか…?」 「何が……?」 「いえ、あの二人を助けて本当によかったのでしょうか……、私にはやはり……」 あぁ、なるほど……。ザックは軽く笑うと、サハスに語りかける。 「うちのポリシーは訳ありの商品であっても商売に応じる、それと同じ……何一つ変わらないさ」 「なるほど……承知致しました、では彼女……マリアとはどのような取引をなさったのですか?」 「あぁ、魔王国との貿易に関する有意義な情報をいくつか仕入れた……あれは、本当に魔王なのかもな…」 「まさか、魔王は死んだと聞き及んでいます。」 「その"まさか"さ、魔王は魔族の頂点に君臨する存在なんだ、それぐらいの奇跡は起こしてくれるだろうさ…」 ザックは笑う、信じられないとばかりに眉をひそめたサハスを尻目に笑ったのである。 「少しは落ち着けたかしら?」 「えぇ、ありがとう……少しだけ、心が軽くなった気がするわ」 未だに熱を帯びた頬、今を思えば少し恥ずかしい。誰かの前で泣いたのはいつぶりか、泣く事自体はたくさんあったが、それのどれもが寝室に身をうずめて声を殺しての事だった。母が死んだ時も……そうであったように…。 「へぇーい、お二人方、熱々のところ申し訳ないが早く食べないと朝飯が冷めちまうぞぉ」 「あぁ、そうだな……すまない」 そう返事をすると勇者は立ち上がる、その様子を見送りながらマリアは微笑んでいた。そして、ザックと目があった___ 「おいおい魔王さん、あの子はあのままで良いのか?」 「そうね、このままだと何処かで行き倒れてしまうでしょうね……」 「厳しい物言いだねー、いつもの天然っぽさは何処に行ったのやら?」 「貴方だってわざと和ませる為に変態的に動いている癖に___」 「アレの半分は素だよ」 「あら、それは失礼なことを言ってしまったわ」 魔王はクスクスと笑った、ザックは苦笑いを浮かべて頭を掻いた。どうにも魔王とは会話がやりづらい、毎度のようにどこで調子を崩されてしまうからだ。 「ところで……、王国側が不審な動きをしてるって話は本当なのか?」 「私の分かる範囲ではそうね。直接的な戦いは避けているようだけど、小競り合い程度なら毎時間のように行われている。でも___、」 ___何かがおかしい……。 倒した魔族を回収、及びに保管しているのだ。魔族のツノは魔法具の素材となる筈だが、それ以外には利用価値という点では無に等しい。魔族は肉体の大半を魔力で構成されている、だからこそかつて勇者が携えていた"退魔の剣"は魔族にとっては致命傷になりうるのだ。 裏を返せば、豊潤な魔力量さえ有れば魔族は死ぬ事がない。かつて、未だに"原始の魔力"で満たされていた時代に魔族が多くの種族を滅ぼす事ができた裏にはこの事が起因している。だからこそ、今ではこの世界にほとんど魔族と人間しか存在しないのである。獣人も出会えれば幸運の象徴と讃えられる程に出会える機会は限られている。 少し話が逸れたか、では話を戻すとしよう___ 「魔族は極論を言えば"魔力で作られた生物"、言い換えるならば死体の劣化が早く、魔力の流出が起きる死亡時から僅かな時間で灰と化してしまうの。だから、魔族から取れる部位は限られていて代表的なのはツノ、もしくは死亡前後すぐに切り取られた髪の毛しか残らないの」 「だから、死体を集める意味がないと…?」 マリアは頷く、いわゆる"魔族の灰"を集めたところで何の意味もない。それは王国の人間、果てには幼き子供であっても知っている事実である。 「ふーん、魔族って変わった生き物だな」 「あら、私から見たら直ぐに年を取る人間の方が不思議だわ」 「そうですかい、俺はいつまでも若造りな魔族さん達の方が不気味だぜ」 「ふふっ、そうかしら?」 一体、この魔族はいくつか……いや、その話題には触れないでおこう、チビ助だと思ったら数百年を優に超える魔族だった場合も、爆乳ナイスボディのお姉さんが幼子と同然の年齢だったりする場合だってある、それが魔族という種族なのだ。 たぶん、200歳は超えてるな……! 「あら、今すごく触れたくない話題が浮かんだ気が___」 「気のせいです…!」 勇者、よくこんな奴を殺せたな……、なんか知らんが生きてるけどさ…ッ!? 膝に置かれた皿、スープをひとすくい、私は口に運んだ。温かい、とても……温かい…。 「どうだ?、上手いだろ?、お前が来るまで煮込んどくようにザック様に言われたんだ」 「えぇ、そうね……」 一粒の涙、頬を伝う。 「お、おい!、スープ飲んで泣く奴があるか」 「そうね……本当におかしいわね、あんなに泣いたはずなのに、まだこんなに…」 うわ、これ重症……。サハスはそう思った、この少女が一体何者でどのような事に巻き込まれているのか……、それに聞くところには左腕が動かないらしいが……私の方で治療にあたった際には肩に外傷はなかったし、本人も驚いていないという事は生まれつきか…?、それにあのマリアとかいう魔族との関係性も不明だし……、もしや…姉妹ッ!? 「ふふっ、貴女って意外と表情豊かなのね」 そう言ってフィラは笑う、思わず私は慌ててしまう。 「なっ、き…気のせいだ!」 サハスは否定する、その様子にフィラは優しく微笑んだ。 サハスはこうも呟いた___。 「……貴女、変わった。少しだけ…、ほんの少しだけど棘がなくなった」 「ふふっ、そうね……そうかもしれない」 スープをひとすくい、再び口に運んだ。弱りきった胃と腸に染み渡る幸福感、スプーンの先から湯気が立ち込める。 「さて、これから向かうは目的地である"サバルの街"から少し外れた村だ、そこで物資を補給しつつ最速で街に向かう予定だ」 早くて明後日には街に到着する予定らしい、そう言えば夢の中で街がどうとかをマリアに言われていた気がする。少し気になった、聞いてみよう。 「マリア、夢……の中ではあるのだが、私に話していた内容を覚えていたりするだろうか」 「夢…?、夢ねぇ……ん〜〜!」 マリアは眉間に指を当てて考える、何となくそんな事があったような無かったような…… 「本当にごめんなさい、何の事か私には分からないわ」 「そうか……、ありがとう」 少し残念そうな表情、しかし直ぐに明るさを取り戻すと手を振ってフィラはその場を後にした。 立ち去るフィラの背を見送る、いや……本当は覚えている、だけど今ではない、今すぐに語る必要のない話なのである。 本当は真実を知っている、勇者を知っている、結末を知っている。魔王は勇者によってその生涯を終えたのだ。しかし、実際には生きている……いや、正確には"蘇った"と表現するべきだろう。理由など分からない、何か強い力に魂を引き寄せられたのを覚えてはいるが、その他は全く理解が追いついてなどいなかった。 魔王の瞳は、未来すら見通す"看破の瞳"。しかし、蘇った影響からか今回ばかりは上手く機能していないのが実情である。どうにか遠くの風景を見通す事が精一杯できる限界であろうか……。 「ハロ……」 ハロと呼ばれた人物、すなわち自身を殺した張本人にして初代勇者"ハロルド・リベイル"その人を指していた。自身を貫いた"退魔の剣"の感触を今尚も覚えている、肉体を構成する魔力が掻き乱され身体中のあらゆる臓器がズタズタに引き裂かれた痛みを鮮明に覚えている。 だがしかし___、それ以上に痛みを覚えた人物は他でもない勇者その人であった事だろう。 蘇った後に初めて知った、勇者の失踪___。きっと、私を殺してしまった己自身が許せなかったのだ。 私は彼を……、勇者を知っている。彼が勇者となる前、私が目にした運命を変えるべく彼と出会った。路頭に迷った彼を助けた、そして一緒に暮らした、本当に楽しかった、彼との生活は素晴らしいまでに色彩に溢れていた。だけど私は、彼の元から去った。それが……世界の滅亡を回避する最適解であったから……そして、勇者となった彼に魔王となった私を殺させたのだ。 「堕神……」 不意に口に出した名に、マリアは思わず顔を顰めていた。 看破の瞳を通して運命の果てを見たのだ、悲惨な運命……数多の世界の滅亡。悲鳴を聞いた、数えきれない死体の山を見た、何度も何度も見聞きした終末の未来。それら全ては"堕神"と呼ばれる女神、彼女によって引き起こされる事となる。 何としても、それだけは回避せねばならない。その果てに導き出した答えがコレとは…… 魔王は未来を見た、かなり遠くの未来を見た。そして、自身の死によって引き起こされる悲劇と、その最果てに訪れるであろう奇跡をこの目で確かに見たのだ。だから、勇者に自身を殺させた。 だって___、 「それが……、唯一の選択肢であったから……」 でも___、 その事で勇者は苦しみ続けている、今では多くの者が口にする悪しき魔王を打ち倒した勇者による文句の付けようがない英雄譚を……自身の犯した過ちだと……悔いて、苦しみ、自らを蝕んだのだ。 本当に___、 「我ながら……、酷い答えね」 マリアは苦笑する、結果として勇者を犠牲にする事で更なる世界を巻き込んだ戦争を引き起こしたのだ、憎しみ合う事でしか救われない結末というものがある。魔族も人間も互いに憎しみで染まり、世界は血で血を争う果てなき戦乱の時代を迎えようとしていた。きっと……いや、これは確定していることだ……争いは絶えず、吹き荒れる嵐が世界を包み込むことだろう。 「だけど……」 そんな暗闇の果てに世界を救う者が現れる。恐ろしき堕神を打ち倒せる者の出現、嵐を切り裂き、晴天を見上げる存在。その者の姿をたしかに見た、この目でたしかに見たのだ。だから私は……魔王として、己のすべき事を非情にも……冷酷に…全うするのだ。その過程で、誰が犠牲となり……苦しもうと……私は………! ___グラッ…! 突然、視界が揺らぐ。マリアは思わず額を押さえた、その息は荒く……脂汗が頬を伝って垂れ落ちる。 「はは……、そう…ね……なるほど」 マリアは一人、納得した表情を浮かべてそう呟いた。 「少し……奥で休んでおくわ」 体調が優れないのか走行中の荷車の上、マリアは荷車の奥へと姿を消した。 「ザック、目的の村まではあとどのくらいで着く予定だろうか?」 「そうだな…、まぁもうすぐってとこさ」 ザックは奥を指差した、たしかに家屋らしき建造物が見受けられるが、大火事でもあったのか崩れた家屋が多数あった。 「本当にあれで間違いないのか?、どうやら住人は武装しているようだが?」 徐々に近づいてくる村、村人…?らしき者達の手には剣やら槍が見受けられる。 「ザック……一つ聞くが、あの村人どもとは親交があるんだよな?」 「ああ!、前に商談の途中で寄った時は村人たちは気前が良くて優しい奴らばっかりだったよ!、それに美味い酒場があってな!、そこにも一度みんなで寄っていこう!」 ___と、 「自信満々で語っていた話と全然違うではないかッ!?」 フィラは激怒した、馬車を村人どもに包囲された。そこには女子供でさえ武器を持ち、血走った瞳がフィラ達を凝視していた。 「商人だ、商人の馬車だ…!」 「食料!、食料を早く寄越せ!」 「金だ!、あとそこの女二人もだ!」 なるほど、何となく状況は読めた。村ぐるみでの盗賊紛いな所業、万死に値する…ッ! 「ザック…、それとサハス、お前たち二人はここで互いに身を守っていろ」 荷車内に置かれた護身用の剣を腰に身につけて馬車から身を乗り出す、乾いた地面の感触。久方ぶりに浴びた悪意ある眼差し、鼓動がどうも高鳴って仕方がない。 左腕が風に揺れる、一人の村人が襲いかかってくる。次の瞬間、左の拳が鼻先を打ち砕く。 何度か左手の感覚を確かめる、うん___動くな。 「聞け!、ここにいるのは勇者!、王下直属魔族殲滅部隊"勇ましく死に向かう者"次代団長フィラ・リベイルである!」 右手に剣を引き抜き、天に掲げた剣を勢いよく地面に突き刺す。瞬間、勇者と村人の間に円形の斬撃が走る。 「これより一歩でも領域内に踏み入れる存在は勇者の名の下、王の威光を汚す愚か者と判断し、一切の慈悲なく勇者自らが貴様らに裁きの鉄槌を下そうッ!」 村人は一歩退く、しかし___! 「「「「「ア"ア"ァ"ァ"ァァァァァァァァァァアァァァ"ァ"ーーーーーーッ!!!」」」」」 迫り来る殺意、瞬時に剣を引き抜き、体勢を低くする。居合に酷似した構え、繰り出された一閃__ッ!、神速の一刀が敵のガードごと十人あまりをまとめて切り伏せた。 ………。沈黙が走る___、村人は一斉に動きを止めた。 血飛沫、勇者の身を染める赤。剣を振り下ろし、刃に付着した血を払う。 「まだ、続けるつもりか?」 勇者の視線がジロリ…と村人を一周する、不意に背後からの気配…ッ! 迫り来る鎌を寸前、敵の腕ごと切り飛ばす。痛みに足掻く相手を足で押し飛ばし、反対から迫り来る敵に振り返りながら切り伏せた。 迫り来る敵影、幾度かの火花が散り、敵の剣を弾き飛ばす。そいつを切ったと同時に敵の体を踏み台に飛び上がり、家屋の屋根に着地する。幾つかの投げ込まれた小石を回避し、他の屋根へと移り飛ぶ。 「ザック達は……」 意外と修羅場は潜ってきたようだな、どうにか馬車を守るべく奮闘している。 死闘の加護が告げる、"避けろ"___と ___ヒュン 飛んできた矢を回避し、鷲掴む。敵は屋根にいた、勇者は助走をつけて矢を投げ返す。 「受け取れ!」 ___ビュ…! 風を切り裂く一矢、敵の脳天を貫く。屋根に登ろうとしてきた敵を蹴り落とす、投擲される石飛礫を剣で弾いては屋根を飛び移る。 不意に剣をしまった、勇者は屋根から思いっきり飛び降りる。大柄な村人を目印に着地と同時にその村人を押し潰した。鎌を回避する、と同時に顔面の殴打。腕の間接を掴むと力いっぱいに投げ飛ばし複数人をまとめて薙ぎ倒す。 「さすがに多いな」 近くに落ちていた槍を足で弾き上げて掴むと同時に投擲___ッッ!!、直接上にいた何人かに止まる事なく突き刺さる。 拳闘による攻防、目の前の敵の一撃を右手で逸らすと左ストレート一閃、顔面を穿つ。別の敵からの一撃をガード、姿勢を低くし踏み出した左拳からのレバーブロー、肋骨の軋む音を聞き流しながら顔面への右フックで殴り倒す。 槍が頬を掠める、視線が槍先から敵へと向く。敵が槍を引き終えるまでに懐に入り込んでからのアッパーカット、快音を響かせた一撃に敵は泡を吹いて倒れた。 勇者は足元を見下ろす、土埃と返り血に塗れたドレス。 すると___、 「くっ、仕方ないか」 ___ビリビリ…ッ! ドレスを太もも辺りから破り切る、布切れを迫る敵の視界に投げ捨てると次に訪れたのは衝撃、勢いよく飛び込んだ状態からの膝蹴りが敵の頬を穿つ。 着地と同時にハイキックが新たな敵の顎を打ち抜く、足元が軽い……しかし、少し風通しが良すぎるな…… 勇者は少し赤面する、だが今は贅沢は言ってられない…! 振り向きざまの抜刀、敵の喉を撫で切った。 数は確実に減ってきている、だがしかし村人の数が多すぎるな……! 振り落とされた棍棒を紙一重で回避する。肩を突き刺し、怯んだ隙に放たれた斬撃が首を断つ。 間髪を入れず飛んでくる矢を弾くと剣を射手に目掛けて振り投げる。直線を描いた一投が敵の心臓部に突き刺さる、腰から鞘を抜き取ると敵の目を殴りつけ即座に足払い、転んだ相手の頭部をかち割った。 嫌に冷静……いや、ひどく冷淡と言うべきか………私は、至って平静である。 おそらく、この状況も加護のせいであろう。この私の加護は争いを好み、他者との不調和を生み出すのだ。 「全くもって……」 ___最低だ! 鞘を投げ捨てる、転がっていた石を掴むと思いっきり投げる。目指すは馬車に群がる敵勢、見事に命中。視線を切り替えてナイフを構えた敵からの一撃、それを上空に飛んで回避すると落下速度を込めて蹴り下ろし一閃、敵を蹴り倒す。 「遅い…ッ!!」 私の拳が頬骨を打ち砕く、視線が全方向を高速で見渡していく。その脳裏では初代勇者である父親との訓練の日々を思い返していた___。 誰かが剣を構えている、それは今より幾分か幼い頃の私であった。 「ハァ…ハァ……ハァ……ハァ…」 もはや両腕を上げる事すら困難である、酷使され続けた肉体が悲鳴を上げては視界が揺らいでいた。 「どうしたフィラ、お前の加護はその程度ではない筈だぞ」 決して怒鳴っているわけではない、しかし…少し突き放した様な言葉が聞こえてきた。 「はい…!、お父さま…ッ!」 私の眼前には片手に握られた"両手剣"を軽々と構える男の姿、何を隠そう私の父親にして人類最強と名高い勇者その人である。 私は痺れた両腕を無理に上げてみせた、それに呼応するように死闘の加護が更なる力を授けてくる。 「スゥ___、行きますッ!!」 ___ダッ! 強く握り締めた剣を駆け出したと同時に全力で振りかぶる、剣と言っても訓練用の木剣などではない、それは実戦で用いられる一般的な両手剣である。 それを幼い身でありながらも彼女、フィラ・リベイルは限界を超えた身でありながら奮ったのだ。正しく勇者の系譜、人智を超えて人類を守る勇者に相応しい一撃である。 ___ギィン…! だが、それに相対するは同じく勇者にして源流。王国精鋭に数えられる"勇ましく死に向かう者"初代団長ハロルド・リベイルである。 「悪くない一撃だ、しかし未だに踏み込みが甘い…!」 ___ガギィン…! 「ぐっ…!?」 金属の触れ合う音、そして完璧に防いだにも関わらず衝撃が肉体に木霊し、メキリ…という音を立てながら肉体が吹き飛ばされる。 ___ドサッ! 思わず手から剣が離れる、痛みで肉体が痙攣していた。フィラは涙を浮かべながらも立ちあがろうとする、しかし内臓を損傷したのか腹部を押さえて倒れ込んでしまった。 「…………すまない、やり過ぎてしまった。訓練は日を置いてから再開するとしよう」 激痛に混濁する意識の中、そんな言葉を聞いた気がするがハッキリとは覚えていない。私は、そのまま気を失った。 次に目を覚ましたのは明け方の少し前、鼻先を刺激する薬草の臭いに目が覚めたのだ。 「んっ…………」 額に置かれたタオルを掴み取る、何やら熱でも出していたのだろうか……。 「お父…さま……?」 自室を見渡しても父の姿は見当たらなかった、その代わりに枕元の壁に"退魔の剣"が立て掛けられていた。これは父の愛剣である。 なんだか、少し嬉しかった……。 たぶん、心配してくれていたのだと思う。 ___ピトッ… 剣の鞘に触れてみる、不思議と体が温まっていく。この剣には邪を退ける力があるのだ。 この剣は王国に代々伝わる武具にして伝承、その内の一つである。かつて、鍛冶場の女神"ペパレス"によって鍛えられ、凶悪にして強大なる魔族からの侵略を退けたとされる両手剣。 だからこそ、その伝説を讃える為に人々はこの両手剣に"退魔の剣"と名付けたのである。 そして、この剣の最初の持ち主にして伝説的な存在こそが我々リベイル家が支えている王国、その初代国王その人なのである。 しかし、残念な事に初代はあまり長生きではなかった。その上、お世継ぎもいなかったと聞いている。だから、2代目以降とは血の繋がりは全くなく今の3代目に至っては初代国王の関係者を無法に罰しては処刑を繰り返すような残酷極まりない王であると聞いている。 現在、王国は魔族と戦争中であるが、初代の時までは仲は良好であったと聞いている。2代目になって両者の関係は悪化し、3代目になる頃には既に戦争が始まっていたと父より聞き及んでいた。 そして私の父は不老不死なる存在だ……、故に100年近くも生きているらしく王国については誰よりも詳しいと自負していた。 そんな父が言っているのだ、まず間違いないのだろう。 ___ギュッ… 私は、退魔の剣を抱えて自室を飛び出した。この剣を父に返す為でもあり、早く父に会いたいからでもあった。 廊下を月明かりが照らす、その光の柱を小さな影がトテトテ…と過ぎ去っていく。 父は今、何処に居るのだろうか……? キョロキョロと周囲を見渡しながら走っていると窓の外、屋敷の庭の方へと視線が引き寄せられた。 父がいた、素振りをしていた。 それも両手剣という言葉では収まり切らない程に巨大な大剣を振るっていたのである。 その姿に、私は見惚れていたのだろう。窓に触れた手、吐いた息が窓にかかり表面を白く染め上げた。 父の動きが止まる、視線はこちらを向いており、微笑みを浮かべて手招きをしていた。 「………!?」 突然の事に私は慌てたが、いそいそと階段を降りて父の元へと駆け出した。 屋敷の外に出ると、父がそこで待っていた。 「ありがとうございました、こちらをお返し致します。」 退魔の剣を返上する為、片膝をついて両手で剣を掲げた。 「うむ」 父は剣を受け取ると手慣れた様子で腰に差し直した、やはり退魔の剣は父が装備してこその武具であると感じた。 私は、少しもじもじとしていた。 「どうした、フィラ?」 父の声、私は驚いた。 「ひゃ、ひゃい!」 それに対して父は微笑んだ。 「どうした、ゆっくりでいいから話してごらん」 父の手が肩に触れる、それは硬く力強くありながらも優しかった。 なんだか、安心できた。 「私は……お父さまの事を尊敬しています、世界一強いと思っています………。だからこそ、私に……次期勇者候補の私にお父さまと同じ勇者になる資格があるのかと……」 周囲から父という大きな壁と、私というちっぽけな存在の対比をされる事がある。少しだけ……いや、本当は怖くて眠れない程に自分自身が勇者に相応しいのかと自信を失ってしまう事がよくあるのだ。 しかし___、 「あぁ、お前は勇者である俺が認めた戦士だ、フィラには勇者としての資格が十分にある。だから、周りの言葉なんて気にするんじゃないぞ」 そう言って、父はニカッ…と笑った。 ___ポロ…ポロポロ…… どうしてだろうか、涙が止まらない。どうしても止まらないのだ。 「す…すみません!、お見苦しいところを見せてしま___ッ」 ___ギュッ…! 「大丈夫だ、辛い時には泣くものだ」 父に抱きしめられた、とても温かかった。父の胸元に顔をうずめて私は泣いていた、その日は朝日が昇るまで泣いていた事を今でもハッキリと覚えている。 だから、私は勇者として役目を果たそう。それが追放の果て、誰も望まむ事であったとしても私は正しいと自分自身で思える道を突き進もう、勇者として、死闘の宿命を背負いし勇者として___ッ!! 迫り来る村人を次々に殴り倒す、数は多いが個々人は一般兵士にも劣る未熟者だらけ、それと比べれば父との訓練の方が何億倍もキツいというものだ。 「残るは20人ほどか……」 あとは単純作業、いわゆる殲滅戦というやつだ。しかし、何人かは喋れる者が必要だ。この村に何があって、どうしてこのような暴挙に出たのか問わねばなんからな。 腹部への打撃からの顔面への蹴り、これで粗方の敵は倒した筈だ。残るは誰か会話できる者がいれば幸いなのだが………、 ___ガタッ! 家の物陰から音がした、気になって扉を開けると幼い少女の姿が目に映った。 「こ、殺さないで……ください…」 怯えていた、まぁ無理もない事だろう。不要に近づけば怖がられてしまうな…… 「自分の足で歩ける…?」 私は手招きをして外に出るように誘導した。 「は、はい…!」 慌てた様子で少女が出てきた、まずは問いただすべき事から始めるとしよう。 「この村で何があったの?」 返答を待つ___。 「少し…前に……村で一緒に過ごしてた魔族が、村を破壊して逃げて行きました……」 元来、人間と魔族は共生する事で生きてきた。人間は村を形成し、魔族は人々を魔法で助ける代わりに居場所を提供してもらう。それが戦争以前の常識であったと父から聞いた事がある、しかし今もそれを続けていた村があったとは……。 何はともあれ、生活の基盤であった魔族を失った事で村は村として既に破綻していたのだろう。 「その魔族の名前や特徴は?、それから魔族がそのような行動を起こした原因や逃げたとされる方向は何処だ……ッ!?」 少し言葉に熱がこもる、少女は怯えていた。 「おいおい勇者さんよぉ、そんなんじゃあ怖がられるだけだぞ〜」 「あぁ、ザックか……」 特に大きな怪我はないらしい、そんなザックは商人らしい営業スマイルで少女と目線を合わせる為に屈んだ。 「どうも、俺はザック・ジュバルっていう名前の商売人です。お腹とか空いてます?、もしよかったら燻製肉とかありますよ」 差し出された燻製肉、少女の腹が鳴った。 「い、いただきます!」 食べる、というより貪っているという表現が近いのだろうか?、乾燥して硬いはずの燻製肉を歯を立ててムシャムシャと食べていく。 「5日ぶりの食料です!、美味しすぎて死んじゃい……ッ!?」 喉に詰まったのか苦しそうだ、ザックが水囊袋を渡すと中にある水を飲み干さんとするが如くゴクゴクと飲んでいく。 「プハッ…!、水は3日ぶりです!、井戸水が枯れてしまってこのまま死ぬ運命かと思っていました」 「それは良かったです、まだおかわりもあるので落ち着いた時に貴女のお話を聞かせて下さいね。」 「分かり…ムシャムシャ、その時に…ムシャムシャ、話しま…ムシャムシャ」 私は思った、このザックという男は変態ではあるが根は商人そのものであると、そのおかげで相手からの信頼を勝ち得たと言える。 「ご馳走様でした!、本当に死ぬかと思いましたよ」 「では、改めて話を聞かせてはくれないだろうか?」 「あっ、たしか村にいた魔族についてでしたね?、名前は……んー、たしかハサベルで〜……青い肌が特徴的な方ですね!、少し前に別の魔族の方がこの村を訪れたのですが、その際に唆された二人で村を魔法で焼き払うとアッチの方角に行ってしまいました!」 少女が指差した方向を見つめる、方角的には王国のある方向である。もしかすると、何処かですれ違った可能性があるのか……。 「そうか、話してくれた事に感謝する。では、我々はこの村を去るとしよう」 その時、少女に引き止められた。 「待ってください!、私だけでも一緒に連れて行ってください!?」 「どうしてだ?、村には家族がいるのではないか」 私は疑問を口にする。 「父は4日前に村人に食べられました!、母は3日前に!、兄は2日前の事でした!、昨日は姉が食べられました!、そして残された私は今日中には食べられてしまいます!、だからどうか一緒に私を連れて行ってくださいッ!?」 足元に縋りつかれた、私はどうもこの手の輩は苦手である。助けを求めるようにザックの方を見た。 「俺は賛成だぜ、なぁサハス?」 「ザック様が賛成ならば私も同意見です。」 二人は連れて行く事に賛成した、ならばこちらが口出しする事ではないな……。 「分かった、私も賛成しよう」 そしてこんな村、サッサッと出発してしまおう。 新たに従者が加わった、名はヤハウェという幼子である。 「誠心誠意を込めて働きますのでたらふく食べさせてくださいね!」 ザックの奴、メイド服など隠し持っていたのか……しかも、規定の制服よりスカートが短いではないか!?、今回は幼いヤハウェが着ているから良いものを、あれを普段から女性に着させてはいないだろうな…? フィラの脳裏に不安がよぎる、するとザックが耳打ちしてきた。 「実はアレさ、サハスに着させようとして拒まれた名残なん……痛ッ!?、サハスさん…!」 馬車を運転しているサハスから投げつけられた酒瓶、その様子に当然の報いだと私は思った。 「でもまぁ、こうなる事を予測できていた訳ではないが、結果オーライってやつさ!」 そう言ってザックは笑った、こいつ……自分の従者に恥ずかしい格好をさせようとは何処まで変態なのだろうか、と…フィラは疑問に思った。 しかし、食べ盛りなのかヤハウェはガツガツと備蓄してある食料を食べていく。まぁ、食べる事は元気な証拠ではあるのだが…… それに打って変わり、マリアの容態はあまり良くないらしい。ずっと目を覚さないまま悪夢にうなされているのか苦しそうである。 私は額の汗を拭ってやった、そして少しでも楽になる事を祈って父から教わった子守唄を唄う。それには歌詞などなく、夜空に溶け込む静かで悲しげなものであった。 「んっ……?」 微かだが、ほんの少しだけマリアの表情が和らいだ気がする。 たぶん、私の声など聞こえてはいないのだろう。でも、だからこそ今ここで言える事がある。 「私ね……、父が魔王を打ち倒したと聞いた時、すぐに信じられたの……。でもね、貴女と出会ってから少しだけ考えが変わったの……だって、貴女のような存在を父が殺せるはずがないものね……」 初めて会った時から分かっていた、彼女は魔族であれど人類に仇なす敵ではない事を……だからこそ、彼女が魔王だとは信じられなかったのである。 彼女は無垢で無邪気で穢れを知らない少女その者である、そんなマリアを父が無情にも殺せる筈がないのだ。 でも___、 もしも……、もし本当に父がマリアを殺していたとすれば、その果てに失踪したというのも納得はできる。善良なる存在を殺すことは勇者の志す道を踏み外した事と同意義、あの父のこと……私も同じ立場にあれば、決して己を許す事など出来はしないだろう。 せめて一度だけでも父と会って話がしたい、そうすれば全てが……すべてがうまく___ッ!? 私の頬に誰かの指先が触れた、下を見てみると…… 「もう、怖い顔は似合わないわよ」 マリアが微笑んでいた、たぶん無理して元気づけようと笑ってくれているのだろう。 だから私は___、 「ありがと、でも今は体を休めててね……」 マリアの両目に手を添えて優しく閉じてやった、今はこのまま寝かせておく事にしよう。 "サバルの街" ___と、呼ばれている目的の地まで到着したはいいが……何が待っているかと思えば奴隷商が占拠する街ではないか……。 「ま・さ・か!、私とマリア!、そしてヤハウェを奴隷商に売り飛ばす気ではないだろうな?」 語気を強めてザックに近寄る、その間にサハスが割って入った。 「ザック様がそんなクズに見えるとでも?」 「己の従者にミニスカメイド服を履かせようとした男だぞ?、そちらこそ考え直すんだな!」 「ぐっ、それを言われると俺の立場が……、待ってくれサハス!、俺を信用してるよな?」 「も、申し訳ございません……少し信頼が揺らいで……」 その言葉にザックはいじけてしまった。 「うお〜ん!、皆んなの馬鹿ヤロー!」 馬車の外に立つ人影が3つ…… 「それではザック様、行って参ります。」 「あぁ、サハス……この街はお前が一番詳しいからな」 「えぇ、承知しております。」 サハスの後ろにはマリア、そして彼女を支えるようにフィラが付き添い人として立っていた。 今回はザックとヤハウェはお留守番らしい…… 「まぁ、なんだ……ここは子供に見せるような場所じゃねぇからな、特にヤハウェにはな」 「えぇ〜、暇ですよご主人様ぁー」 少し不機嫌なヤハウェ、しかし干し肉に釣られて機嫌が治った。 「子守りは俺の得意分野でね、まぁ神がかった商売の才に比べたら霞むがな…!」 「そうなのか?、お前が子守りをできるような男には見えなかったぞ」 フィラからの一言、これは本心からの声である。 「ひどいッ!?、………まぁ、あとは馬車の見張りは女がしてるより男手の方が威嚇になって良いんだよ、あとは此処は腐っても商人の街だ……商人から己の財を守りたいなら同じく己も商人である必要があるんだ、じゃなきゃ直ぐに一文無しさ」 そう言うとザックは、パンパンに何かが詰まった袋をサハスに手渡した。 そして、こう呟いた。 「賢く使えよ」 それに対してサハスは異国の言語で返答する、何かしらの合言葉なのだろうか? 「よーしヤハウェ!、それじゃあお兄さんと一緒に遊ぶぞ〜!」 「わぁーもーくすぐったいってば〜!」 溶かした鉛を流し込まれたような街の雰囲気に反して、あちらは随分と賑やかというものだ。では、こちらもこちらで役目を果たすとしよう。 「それではお二人とも、私から離れずにしっかりと付いてきて下さいね。あと、フードを目深に被ることもお忘れなく」 サハスは袋をカバンにしまうと、こちらを振り返ってそう言った。 「承知した」 しかし、マリアの体調が気になる。今回の件は私とマリアをこの街に降ろすまでがザック達の仕事であった。 だがしかし、今は予定が変わったのか案内人まで付けてくれるとは不気味なほど気前が良すぎるという話である。 「あれれ〜、お姉ちゃん達もう行っちゃったのー」 「そうみたいだな、俺らはここで暇を潰すしかないだろうな」 そう言っている間にもザックの周囲への眼光は鋭かった、商人が相手なら誰だろうと負けはしないのさ…… ここはサハスが言うには街で一番大きな市場らしい、しかし……あまりの酷さに私は目を向ける事しか出来なかった。 「くっ、戦場とは毛色の違った不愉快さだな」 何処を見渡しても欲望に塗れていた、大半は人間だが……その中には希少なエルフや獣人の姿も確認できる。 先程に競り落とされた少女の顔を今でも覚えている、ひどく泣いていた。もしもあの時、私だけが単独行動であったならば間違いなく助けに入っていた事だろう。 それが出来なかった己の至らなさを恥じる、私は苦虫を噛み締めていた。 「あまり気になさらない方が身の為ですよ」 サハスの言葉に私は反論しようとしたが遮られた。 「この市場で売られている奴隷の半分以上は自ら破滅した者の成れの果てです、そんな者達に心を痛めていては幾つあっても足りませんよ」 「………なぜ、貴様はこの街に詳しいんだ?」 長い沈黙の後、サハスから返答が返ってくる。 「遠い異国の者がこの街に詳しい場合、答えは一つだけ……貴女も既に気づいているのでしょう」 サハスは振り向く事なく淡々と告げる、その言葉には苛立ちが見え隠れしていた。 「………すまない、意地の悪い質問をしていた私を許してくれ」 ところで、マリアが先程から黙っていて何やら心配…………ッ!? 「マリア…ッ!?」 背後にいた筈のマリアの姿はなく、私が掴んでいたのはマリアの羽織っていた外套、それだけが残されていたのだ。 サハスの方を見た、ひどく青ざめた表情で震えている。 「は、はやくマリアさんを……みみみ見つけなくては取り返しがつかない事に…」 二人はマリアを見つけ出す為に走り出した。鼻を突き刺すような悪臭を押し除け、地面に倒れ伏した死体の山を飛び越えた。 「マリア……、どこにいるのよマリア…」 マリアの行方が心配である、いくら魔族と言えども弱りきった現状では奴隷商どもの恰好の餌食になるだけだ。 しかし、私は立ち止まりサハスを呼び止めた。非常にバカげているが、試してみる価値は十分にある。 「サハス!、私を殴ってくれ!」 「何を言って!?、気でも狂ったのですか!」 「いいから私を殴れ!」 瞬間、サハスの拳が私の頬を全力で撃ち抜いた。 さぁ、死闘の始まりである___。 この周囲にいる存在の位置、性別、種族が手に取るように分かった。死闘の加護が嬉々として戦いを有利に運ぶ為の情報を教えてくれるのだ。 「___ッ!?、いた!」 咄嗟に走り出す、路地裏を抜けて左の角を曲がった先にマリアがいる筈なのだ……! 「マリア…ッ!?」 壁に寄りかかるようにマリアは腰を屈めて立っていた、どうも苦しそうな様子である。 「大丈夫か!?、誰かに妙な真似はされなかったか?」 しかし、マリアは無理に笑ってみせた。 「あはは、ごめんなさい……勝手に二人から離れてしまって………ゲホッ!、ゲホ!ゲホ!」 マリアは咳き込んだ、どうも大丈夫な様子ではない。 「もう…少しだから……、あそこにいる…から……」 マリアの指差した方向、それは地下へと続く入口であった。 ここは地表よりも更に醜悪な場所であった、今度こそマリアと逸れぬようにサハスを先頭に私がマリアを背負う事にした。マリアに指示されるまま、地下の奴隷牢を私達は練り歩く。 「たしか、あそ…この……方に…」 一体、この先に何が待っているというのか……?、もしも怪物と出会した場合には私が身代わりに二人を逃がす他にあるまい。 「んっ…?、誰かいるな……」 私は暗がりに見えた牢屋の中で座り込む男の姿を目を細めながら見つめる、歳は若そうだが私ほどではない……それに両手に握り締めている物体は"髪"だろうか?、暗闇でも分かる……とても綺麗な長髪である。 サハスが先陣を切るように件の人物に話しかけに行った。 「そこの方、少しの間だけでもお話をお聞かせ願えませんでしょうか?」 腰を低く、檻の前で片膝をついての願いである。 それに対して___、 「なんだ、俺はすべてがどうでもいいんだ……救いたい者を救えず、馬鹿みたいに戦ってきただけの俺をお前も笑いに来たんダロッ!」 叫んだ瞬間、男は顔を上げた。あの顔……まさか___ッッ!!? 「はーい、ハロ……久しぶりね」 マリアが力無く手を振っている、その様子に男は悲鳴を挙げた。 「来るな!?、俺を殺しに来たんだろ!、そうなんだろ!、お前は俺を恨んで当然だ!、だからこうして化けて現れたんだろッ!?」 「あはは、ハロったら冗談ばっかり、ちゃんと私は生きてるし、貴方を恨んだりもしてないわ!」 マリアの声のトーンが普段より一段階、いや…もう少し上がった気がする。先程までの不調を噯気にも出さず私の背中から軽々と降り立つとハロと呼ばれた人物の前で立ち止まった。 「ほら、私は幽霊なんかじゃないよ……?」 マリアの両手が男の冷え切った頬を温める。 「あぁマリア、よかった……本当によかった…」 これは他人から見れば感動的なシーンなのだろうが、それとは打って変わり私は溜息を吐いていた。 ほんと……"父上"、実の娘の前で見せつけるものではないでしょうに………。 「父上、感動の再会の前に……まずは家族会議から始めましょうか?」 「フィラ…ッ!?、どうしてお前が……!」 「それは私の台詞です、チ・チ・ウ・エ!」 話がややこしくなってきた、とりあえず牢屋から脱出しよう。 「すまない、やはり怠けた分だけ筋力が落ちているらしい……」 そう苦笑いを浮かべる父ではあるが、先程に鉄格子を破壊したのを私はしかと見ていたぞ。 「では、没収されていた"退魔の剣"を回収しに行くとしよう……あー、お前達は来なくていいからな」 そう言って去っていく父、あとでどうやって合流するつもりだろうか? https://ai-battler.com/character/808e8d94-de8f-43dd-ae07-fa1844a73c6c