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どこか儚げな美少女

その脳裏では初代勇者である父親との訓練の日々を思い返していた___。  誰かが剣を構えている、それは今より幾分か幼い頃の私であった。  「ハァ…ハァ……ハァ……ハァ…」  もはや両腕を上げる事すら困難である、酷使され続けた肉体が悲鳴を上げては視界が揺らいでいた。  「どうしたフィラ、お前の加護はその程度ではない筈だぞ」  決して怒鳴っているわけではない、しかし…少し突き放した様な言葉が聞こえてきた。  「はい…!、お父さま…ッ!」  私の眼前には片手に握られた"両手剣"を軽々と構える男の姿、何を隠そう私の父親にして人類最強と名高い勇者その人である。  私は痺れた両腕を無理に上げてみせた、それに呼応するように死闘の加護が更なる力を授けてくる。  「スゥ___、行きますッ!!」  ___ダッ!  強く握り締めた剣を駆け出したと同時に全力で振りかぶる、剣と言っても訓練用の木剣などではない、それは実戦で用いられる一般的な両手剣である。  それを幼い身でありながらも彼女、フィラ・リベイルは限界を超えた身でありながら奮ったのだ。正しく勇者の系譜、人智を超えて人類を守る勇者に相応しい一撃である。  ___ギィン…!  だが、それに相対するは同じく勇者にして源流。王国精鋭に数えられる"勇ましく死に向かう者"初代団長ハロルド・リベイルである。  「悪くない一撃だ、しかし未だに踏み込みが甘い…!」  ___ガギィン…!  「ぐっ…!?」  金属の触れ合う音、そして完璧に防いだにも関わらず衝撃が肉体に木霊し、メキリ…という音を立てながら肉体が吹き飛ばされる。  ___ドサッ!  思わず手から剣が離れる、痛みで肉体が痙攣していた。フィラは涙を浮かべながらも立ちあがろうとする、しかし内臓を損傷したのか腹部を押さえて倒れ込んでしまった。  「…………すまない、やり過ぎてしまった。訓練は日を置いてから再開するとしよう」  激痛に混濁する意識の中、そんな言葉を聞いた気がするがハッキリとは覚えていない。私は、そのまま気を失った。  次に目を覚ましたのは明け方の少し前、鼻先を刺激する薬草の臭いに目が覚めたのだ。  「んっ…………」  額に置かれたタオルを掴み取る、何やら熱でも出していたのだろうか……。  「お父…さま……?」  自室を見渡しても父の姿は見当たらなかった、その代わりに枕元の壁に"退魔の剣"が立て掛けられていた。これは父の愛剣である。  なんだか、少し嬉しかった……。  たぶん、心配してくれていたのだと思う。  ___ピトッ…  剣の鞘に触れてみる、不思議と体が温まっていく。この剣には邪を退ける力があるのだ。  この剣は王国に代々伝わる武具にして伝承、その内の一つである。かつて、鍛冶場の女神"ペパレス"によって鍛えられ、凶悪にして強大なる魔族からの侵略を退けたとされる両手剣。  だからこそ、その伝説を讃える為に人々はこの両手剣に"退魔の剣"と名付けたのである。  そして、この剣の最初の持ち主にして伝説的な存在こそが我々リベイル家が支えている王国、その初代国王その人なのである。  しかし、残念な事に初代はあまり長生きではなかった。その上、お世継ぎもいなかったと聞いている。だから、2代目以降とは血の繋がりは全くなく今の3代目に至っては初代国王の関係者を無法に罰しては処刑を繰り返すような残酷極まりない王であると聞いている。  現在、王国は魔族と戦争中であるが、初代の時までは仲は良好であったと聞いている。2代目になって両者の関係は悪化し、3代目になる頃には既に戦争が始まっていたと父より聞き及んでいた。  そして私の父は不老不死なる存在だ……、故に100年近くも生きているらしく王国については誰よりも詳しいと自負していた。  そんな父が言っているのだ、まず間違いないのだろう。  ___ギュッ…  私は、退魔の剣を抱えて自室を飛び出した。この剣を父に返す為でもあり、早く父に会いたいからでもあった。  廊下を月明かりが照らす、その光の柱を小さな影がトテトテ…と過ぎ去っていく。  父は今、何処に居るのだろうか……?  キョロキョロと周囲を見渡しながら走っていると窓の外、屋敷の庭の方へと視線が引き寄せられた。  父がいた、素振りをしていた。  それも両手剣という言葉では収まり切らない程に巨大な大剣を振るっていたのである。  その姿に、私は見惚れていたのだろう。窓に触れた手、吐いた息が窓にかかり表面を白く染め上げた。  父の動きが止まる、視線はこちらを向いており、微笑みを浮かべて手招きをしていた。  「………!?」  突然の事に私は慌てたが、いそいそと階段を降りて父の元へと駆け出した。  屋敷の外に出ると、父がそこで待っていた。  「ありがとうございました、こちらをお返し致します。」  退魔の剣を返上する為、片膝をついて両手で剣を掲げた。  「うむ」  父は剣を受け取ると手慣れた様子で腰に差し直した、やはり退魔の剣は父が装備してこその武具であると感じた。  私は、少しもじもじとしていた。  「どうした、フィラ?」  父の声、私は驚いた。  「ひゃ、ひゃい!」  それに対して父は微笑んだ。  「どうした、ゆっくりでいいから話してごらん」  父の手が肩に触れる、それは硬く力強くありながらも優しかった。  なんだか、安心できた。  「私は……お父さまの事を尊敬しています、世界一強いと思っています………。だからこそ、私に……次期勇者候補の私にお父さまと同じ勇者になる資格があるのかと……」  周囲から父という大きな壁と、私というちっぽけな存在の対比をされる事がある。少しだけ……いや、本当は怖くて眠れない程に自分自身が勇者に相応しいのかと自信を失ってしまう事がよくあるのだ。  しかし___、  「あぁ、お前は勇者である俺が認めた戦士だ、フィラには勇者としての資格が十分にある。だから、周りの言葉なんて気にするんじゃないぞ」  そう言って、父はニカッ…と笑った。  ___ポロ…ポロポロ……  どうしてだろうか、涙が止まらない。どうしても止まらないのだ。  「す…すみません!、お見苦しいところを見せてしま___ッ」  ___ギュッ…!  「大丈夫だ、辛い時には泣くものだ」  父に抱きしめられた、とても温かかった。父の胸元に顔をうずめて私は泣いていた、その日は朝日が昇るまで泣いていた事を今でもハッキリと覚えている。  だから、私は勇者として役目を果たそう。それが追放の果て、誰も望まむ事であったとしても私は正しいと自分自身で思える道を突き進もう、勇者として、死闘の宿命を背負いし勇者として___ッ!!  迫り来る村人を次々に殴り倒す、数は多いが個々人は一般兵士にも劣る未熟者だらけ、それと比べれば父との訓練の方が何億倍もキツいというものだ。  「残るは20人ほどか……」  あとは単純作業、いわゆる殲滅戦というやつだ。しかし、何人かは喋れる者が必要だ。この村に何があって、どうしてこのような暴挙に出たのか問わねばなんからな。  腹部への打撃からの顔面への蹴り、これで粗方の敵は倒した筈だ。残るは誰か会話できる者がいれば幸いなのだが………、  ___ガタッ!  家の物陰から音がした、気になって扉を開けると幼い少女の姿が目に映った。  「こ、殺さないで……ください…」  怯えていた、まぁ無理もない事だろう。不要に近づけば怖がられてしまうな……  「自分の足で歩ける…?」  私は手招きをして外に出るように誘導した。   「は、はい…!」  慌てた様子で少女が出てきた、まずは問いただすべき事から始めるとしよう。  「この村で何があったの?」  返答を待つ___。  「少し…前に……村で一緒に過ごしてた魔族が、村を破壊して逃げて行きました……」  元来、人間と魔族は共生する事で生きてきた。人間は村を形成し、魔族は人々を魔法で助ける代わりに居場所を提供してもらう。それが戦争以前の常識であったと父から聞いた事がある、しかし今もそれを続けていた村があったとは……。  何はともあれ、生活の基盤であった魔族を失った事で村は村として既に破綻していたのだろう。  「その魔族の名前や特徴は?、それから魔族がそのような行動を起こした原因や逃げたとされる方向は何処だ……ッ!?」  少し言葉に熱がこもる、少女は怯えていた。  「おいおい勇者さんよぉ、そんなんじゃあ怖がられるだけだぞ〜」  「あぁ、ザックか……」  特に大きな怪我はないらしい、そんなザックは商人らしい営業スマイルで少女と目線を合わせる為に屈んだ。  「どうも、俺はザック・ジュバルっていう名前の商売人です。お腹とか空いてます?、もしよかったら燻製肉とかありますよ」  差し出された燻製肉、少女の腹が鳴った。  「い、いただきます!」  食べる、というより貪っているという表現が近いのだろうか?、乾燥して硬いはずの燻製肉を歯を立ててムシャムシャと食べていく。  「5日ぶりの食料です!、美味しすぎて死んじゃい……ッ!?」  喉に詰まったのか苦しそうだ、ザックが水囊袋を渡すと中にある水を飲み干さんとするが如くゴクゴクと飲んでいく。  「プハッ…!、水は3日ぶりです!、井戸水が枯れてしまってこのまま死ぬ運命かと思っていました」  「それは良かったです、まだおかわりもあるので落ち着いた時に貴女のお話を聞かせて下さいね。」  「分かり…ムシャムシャ、その時に…ムシャムシャ、話しま…ムシャムシャ」  私は思った、このザックという男は変態ではあるが根は商人そのものであると、そのおかげで相手からの信頼を勝ち得たと言える。  「ご馳走様でした!、本当に死ぬかと思いましたよ」  「では、改めて話を聞かせてはくれないだろうか?」  「あっ、たしか村にいた魔族についてでしたね?、名前は……んー、たしかハサベルで〜……青い肌が特徴的な方ですね!、少し前に別の魔族の方がこの村を訪れたのですが、その際に唆された二人で村を魔法で焼き払うとアッチの方角に行ってしまいました!」  少女が指差した方向を見つめる、方角的には王国のある方向である。もしかすると、何処かですれ違った可能性があるのか……。  「そうか、話してくれた事に感謝する。では、我々はこの村を去るとしよう」  その時、少女に引き止められた。  「待ってください!、私だけでも一緒に連れて行ってください!?」  「どうしてだ?、村には家族がいるのではないか」  私は疑問を口にする。  「父は4日前に村人に食べられました!、母は3日前に!、兄は2日前の事でした!、昨日は姉が食べられました!、そして残された私は今日中には食べられてしまいます!、だからどうか一緒に私を連れて行ってくださいッ!?」  足元に縋りつかれた、私はどうもこの手の輩は苦手である。助けを求めるようにザックの方を見た。  「俺は賛成だぜ、なぁサハス?」  「ザック様が賛成ならば私も同意見です。」  二人は連れて行く事に賛成した、ならばこちらが口出しする事ではないな……。  「分かった、私も賛成しよう」  そしてこんな村、サッサッと出発してしまおう。  新たに従者が加わった、名はヤハウェという幼子である。  「誠心誠意を込めて働きますのでたらふく食べさせてくださいね!」  ザックの奴、メイド服など隠し持っていたのか……しかも、規定の制服よりスカートが短いではないか!?、今回は幼いヤハウェが着ているから良いものを、あれを普段から女性に着させてはいないだろうな…?  フィラの脳裏に不安がよぎる、するとザックが耳打ちしてきた。  「実はアレさ、サハスに着させようとして拒まれた名残なん……痛ッ!?、サハスさん…!」  馬車を運転しているサハスから投げつけられた酒瓶、その様子に当然の報いだと私は思った。  「でもまぁ、こうなる事を予測できていた訳ではないが、結果オーライってやつさ!」  そう言ってザックは笑った、こいつ……自分の従者に恥ずかしい格好をさせようとは何処まで変態なのだろうか、と…フィラは疑問に思った。  しかし、食べ盛りなのかヤハウェはガツガツと備蓄してある食料を食べていく。まぁ、食べる事は元気な証拠ではあるのだが……  それに打って変わり、マリアの容態はあまり良くないらしい。ずっと目を覚さないまま悪夢にうなされているのか苦しそうである。  私は額の汗を拭ってやった、そして少しでも楽になる事を祈って父から教わった子守唄を唄う。それには歌詞などなく、夜空に溶け込む静かで悲しげなものであった。  「んっ……?」  微かだが、ほんの少しだけマリアの表情が和らいだ気がする。  たぶん、私の声など聞こえてはいないのだろう。でも、だからこそ今ここで言える事がある。  「私ね……、父が魔王を打ち倒したと聞いた時、すぐに信じられたの……。でもね、貴女と出会ってから少しだけ考えが変わったの……だって、貴女のような存在を父が殺せるはずがないものね……」  初めて会った時から分かっていた、彼女は魔族であれど人類に仇なす敵ではない事を……だからこそ、彼女が魔王だとは信じられなかったのである。  彼女は無垢で無邪気で穢れを知らない少女その者である、そんなマリアを父が無情にも殺せる筈がないのだ。  でも___、  もしも……、もし本当に父がマリアを殺していたとすれば、その果てに失踪したというのも納得はできる。善良なる存在を殺すことは勇者の志す道を踏み外した事と同意義、あの父のこと……私も同じ立場にあれば、決して己を許す事など出来はしないだろう。  せめて一度だけでも父と会って話がしたい、そうすれば全てが……すべてがうまく___ッ!?  私の頬に誰かの指先が触れた、下を見てみると……  「もう、怖い顔は似合わないわよ」  マリアが微笑んでいた、たぶん無理して元気づけようと笑ってくれているのだろう。  だから私は___、  「ありがと、でも今は体を休めててね……」  マリアの両目に手を添えて優しく閉じてやった、今はこのまま寝かせておく事にしよう。 https://ai-battler.com/character/808e8d94-de8f-43dd-ae07-fa1844a73c6c