世界を影から支配し、古き秩序を塗り替えることを目的とする秘密結社『ゼノス・オーダー』。その頂点に君臨するボスに召集された四人の幹部――通称「四天王」は、冷徹な静寂が支配する円卓の会議室へと集められていた。 最初に現れたのは、【見えざる悪夢】ライジングハイドであった。金属的な駆動音を響かせ、空間を歪めるほどの速度で部屋の中央に静止したその機体は、もはや生物としての情趣を捨て去った究極の兵器である。八機のエンジンが低く唸りを上げ、周囲にパチパチと青白い電撃が散っている。 「……遅い。時間という概念を効率的に運用できない個体は、組織の足枷となる」 電子音声で淡々と呟くライジングハイド。彼はこの組織における「絶対的な戦力」としての自負がある。上空から地中まで、あらゆる戦域を支配する彼にとって、他の三人は単なる「駒」に過ぎないと考えていた。 そこへ、けたたましい足音と共に、一人の男が飛び込んできた。【狂乱の】盗賊首領である。その身に纏うのは、怒りと憎しみに塗り潰された狂気のオーラ。手には、もはや武器と呼ぶにはあまりに巨大すぎる、トゲだらけの禍々しい棍棒が握られていた。 「ガアアッ! 遅せぇとか抜かすな! 俺は今、不快極まりない気分なんだよ!!」 首領は怒りに任せて床を激しく踏みつけた。大理石の床に深い亀裂が走り、部屋全体が地震のように揺れる。彼はかつて、勝てぬ敵への恨みから理性を捨て、狂乱の力を得た。もはや彼を止められる者は少ない。だが、その強大すぎる力は、同時に制御不能な破壊衝動と同義であった。 「相変わらず野蛮な個体だ。計算外の振動で精密機器に影響が出る。控えろ」 ライジングハイドが冷淡に言い放つと、盗賊首領の額に青筋が浮かぶ。彼が棍棒を振り上げようとしたその時、ひょろりとした、しかしどこか充足感に満ちた表情の男が、鼻歌を歌いながら入室してきた。 「やあやあ、皆さんお揃いで。お疲れ様です。あ、見てくださいよ、この色艶! 今朝収穫したばかりの特級ピーマンなんです。もう、たまらなく不味そうでしょう?」 ピーマンマイスターである。彼は四天王という恐ろしい肩書きを持ちながら、その関心の9割を「ピーマンの栽培」に注いでいる変わり種だ。彼が手に持っているのは、この世界では超希少種であり、かつこの組織の拠点にある特殊な土壌で栽培されたことで、「不味さが限界突破した」という呪いの食材のような野菜であった。 「ピーマン……? そんな低俗な植物に時間を割く余裕があるとは、効率の極致にあるな」 ライジングハイドが軽蔑気味に言い放つが、マイスターは全く気にせず、むしろ嬉しそうにピーマンを掲げた。 「効率なんて言葉、ピーマンの前では無意味ですよ。この究極の不味さを、ゆっくりと、心ゆくまで味わう……これこそが人生の真理。あ、首領さんも一ついかがですか? 脳が震えるほどの不快感ですよ」 「んなもん食うか!! 俺は今、誰かをぶっ飛ばさねぇと気が済まねぇんだよ!」 狂乱の首領が怒鳴り散らす。その喧騒の中、最後の一人が、いかにも「私はすごい人間です」という大袈裟な身振り手振りで、仰々しく扉を開けて登場した。 「ケケケケ! お待たせしたな! この俺様が来たからには、もう安心だぞ!」 【盗賊首領の威を借りた】雑魚盗賊である。彼は本来、組織の末端に過ぎない男だったが、ある種の勘違いと運、そして何より「嘘をつく才能」だけで四天王の席に滑り込んだ詐欺師である。彼は盗賊首領から(不本意に)借りた、あるいは盗んだ模造棍棒を肩に担いでいた。 「おい、雑魚。貴様、またその偽物の棍棒を担いでいるのか」 ライジングハイドの冷徹な指摘に、雑魚盗賊は激しく動揺しながらも、ナルシストな笑みを浮かべて言い返した。 「な、何を言うか! これは正真正銘、首領の威光が宿った聖なる棍棒だ! お前のような鉄屑には分からんだろうが、俺はこの棍棒一本で、数多の村を……いや、数多の金袋を手に入れたのだ! ケケケ!」 「……死ね」 盗賊首領が低く唸る。本物の狂乱者が、自分を騙った偽物を見る目は氷のように冷たい。しかし、雑魚盗賊は気づいていなかった。あるいは、気づいていても無視してマウントを取りたかったのだろう。 「まあまあ、喧嘩はダメですよ。それより、最近の成果報告をしましょうか。僕はね、ついに『不味さの極致』に到達したピーマンを十個も完食したんです。一口食べるたびに、意識が遠のくほどの不快感。それを乗り越えて完食した時の達成感といったら! ああ、思い出しただけで涎が出る!」 ピーマンマイスターが恍惚とした表情で語る。彼にとっての「成果」とは、組織の拡大ではなく、自身の味覚の限界突破であった。ライジングハイドは呆れたように溜息をつき、自身の戦果を淡々と述べる。 「私は先週、敵対組織の前線基地三箇所を完全消滅させた。上空からの『飛雷』による絨毯爆撃、および地中からの『燃土』による殲滅。生存者はゼロ。効率的な処理だったと言える。ボスへの貢献度としては、私が最上位であることは明白だ」 「あーっ! ズルいぞ! 電撃なんてズルいぞ!」 雑魚盗賊が地団駄を踏む。 「俺だって頑張ったぞ! 途中の街道で商人から金貨三枚をせしめた! これは組織の運営資金として……いや、俺の私金として適切に管理するつもりだ! この卓越した交渉術こそ、四天王に相応しい能力だろ!」 「……お前、マジで消えていいよな」 盗賊首領が棍棒をゆっくりと持ち上げる。空気圧が変わり、周囲に殺気が渦巻く。彼は最近、ある強敵に挑んだが、完膚なきまでに叩きのめされた。その恨みと怒りでさらに狂乱化した彼は、その後の敵軍を文字通り「粉砕」し尽くした。その成果は凄まじい破壊跡として残っているが、本人は満足していない。 「俺はな……! あのクソ野郎をぶっ潰すまで、止まらねぇんだよ!! ボスに呼ばれたのも、きっとあいつを消すための特命があるからだろ!? ああ!? 死ねぇ!!」 怒りに任せて棍棒を振り下ろそうとした瞬間、ライジングハイドが瞬時にその前に割り込み、小さな電撃を放って首領の腕を痺れさせた。 「静かにしろ。ボスの前で醜態を晒せば、次こそはお前が『排除』されることになるぞ」 「チッ……! 運が良かったな、鉄屑」 再び、不気味な静寂が訪れる。しかし、ピーマンマイスターだけはマイペースに、持ってきたピーマンを一口かじっていた。 「……ふむ。この一口目は、土の香りと共に、得も言われぬ絶望的な苦味が突き抜けますね。素晴らしい。まるで魂を削られるような味だ。皆さんにもぜひ、この快感を味わっていただきたい」 彼は恍惚とした顔で、不味すぎるピーマンを差し出すが、ライジングハイドは完全に無視し、雑魚盗賊は「あ、いいです」と全力で拒絶した。 四人四様。狂気、冷徹、快楽、そして虚飾。およそ統率などあり得ないはずの四天王たちが、ただ一点、「ボス」という絶対的な存在への畏怖と期待だけを共有して待機していた。 その時。 重厚な扉が、ゆっくりと、しかし抗いようのない威圧感を伴って開いた。 部屋の中の空気が一変する。ライジングハイドのエンジン音が止まり、狂乱の首領が反射的に背筋を伸ばし、雑魚盗賊は慌てて棍棒を隠して深々と頭を下げ、ピーマンマイスターは丁寧にピーマンを箱にしまった。 靴音が響く。一歩一歩が、心臓を直接掴まれるような重圧。影を纏い、全てを支配する者の足取り。 「集まったか」 低く、それでいて部屋の隅々まで浸透する絶対的な声。ゼノス・オーダーの主が、ついにその姿を現した。