富士の頂は、白銀の静寂に包まれていた。しかし、その静寂を切り裂くように、三つの強大な気配が交差する。 一人、あるいは一柱。銀色に輝く長い髪を風に舞わせ、黄金の瞳で獲物を捉える絶世の美女。羽学連盟・浪漫部隊隊長、ロマ・フォウン。緑色の軍服を完璧に着こなし、黒色の軍帽を深く被った彼女は、その可憐な容姿に反して、周囲の空気を凍りつかせるほどの冷酷な威圧感を放っていた。 対峙するのは、二人の男。一人は【変数と法則を従えし真反者】ゼス・クレイヴァ・ヌルディヱス。理を超越した静謐なる瞳を持つ者。そしてもう一人は、白虎館師範代、不岳。薄汚れた道着を纏い、不敵な笑みを浮かべる血気盛んな男である。 「あらあら……。わざわざ日本の山頂まで私を討ちに来てくださったなんて。情熱的なこと。けれど、その情熱が絶望に変わる瞬間こそが、一番美味しいわよね」 ロマ・フォウンは扇子で口元を隠し、妖艶に微笑んだ。その声は甘く、しかし残酷なまでの余裕に満ちている。彼女にとって、目の前の二人はもはや「獲物」ですらなかった。ただの「暇つぶしの玩具」に過ぎない。 「ガッハハハ! どっからどう見てもいい女じゃねえか! だがな、俺たちの獲物は逃がさねえぜ! 覚悟しな!」 不岳が叫ぶと同時に、戦場に特異な法則が適用された。不岳の固有能力『試合前』。これにより、ロマ・フォウンの圧倒的なステータスと、二人の参加者の能力が「同等程度」まで強制的に調整される。理不尽な格差を埋め、戦いという形式に持ち込むための能力。しかし、ロマ・フォウンは眉ひとつ動かさず、ただ愉しげに笑っていた。 「ふふっ。面白いことをするのね。私を自分たちの土俵に引きずり込もうなんて。いいわ、少しだけ遊んであげる」 戦闘の火蓋は、不岳の突撃から切られた。 「おおおお! 行くぜええ!!」 不岳の姿が消える。不可視の速さ。しかし、ゼスは動かない。彼は『一歩先の全て』によって、不岳の動きも、そして対峙するロマ・フォウンの思考さえも、未来視で完璧に把握していた。ゼスの周囲には『盤面上の障壁』と『概念上の障壁』が展開されており、いかなる時空干渉も、概念的な攻撃も届かない絶対的な聖域が形成されている。 ロマ・フォウンは不岳の不可視の連撃『鬼道』を、最小限の動きでかわしていく。軍帽の端を指で軽く押さえ、舞うようにステップを踏む。その姿は戦いではなく、社交ダンスを踊っているかのようだった。 「速いけれど、稚拙ね。型に嵌まりすぎているわ」 「うるせえ! まだ始まったばかりだ!」 不岳の『飢餓』が発動し、時間経過と共にその攻撃力と速度が倍々に跳ね上がっていく。さらに、50秒が経過した瞬間、不岳の全身から赤いオーラが噴出した。『修羅』状態への移行である。全ステータスが30倍に跳ね上がり、さらに『傑』による不可侵領域が展開される。これにより、世界から隔離された一対一の空間が創出された。 「ここなら逃がさねえぞ! 喰らえ!!」 不岳の拳が空気を切り裂き、空間そのものを震わせる衝撃波を伴ってロマ・フォウンを襲う。しかし、同時にゼスが動いた。ゼスの『神如の六律能』が発動し、不岳が展開した不可侵領域の「理」を書き換える。重力と次元を操作し、ロマ・フォウンへの攻撃ベクトルを強制的に逸らし、あるいは自身の防御へと転換させる。 ゼスは静かに呟いた。「……無駄だ。彼女の底が見えない」 ゼスの『実行せし加護』により、全ステータスは8080倍に強化されており、理論上、この場にいる誰よりも強いはずだった。さらに、彼には『物/概=真反++』と『自&協/滅=真反++』という究極の反射能力がある。敵が概念的な攻撃を仕掛ければ、それは十倍の威力となって敵自身へ返る。防御不可能な攻撃であっても、それは反射されるはずだった。 だが、ロマ・フォウンはそれを知っていた。あるいは、知っていたとしても気にしていなかった。 「いいわ。あなたたちの『理屈』は十分に聞いたわ。そろそろ、私の番ね」 ロマ・フォウンがゆっくりと右手を前に突き出した。その掌に、凝縮された純粋な魔力が集束し始める。空気が鳴動し、富士山の頂上が激しく振動し始めた。それは単なる魔術ではない。存在そのものを消去する「理」の奔流。 『魔力砲』。 「消えなさい」 放たれた光線は、白銀の世界を一瞬で塗り潰した。ロマ・フォウンは地形への配慮から出力を極限まで手加減していた。しかし、それでも十分すぎた。その光線は、硬度、防御力、魔法耐性、さらには概念的な障壁さえも一切無視して、対象を「消去」する性質を持っている。 ゼスの『概念上の障壁』が光に触れた瞬間、パキリと音を立てて砕け散った。反射能力『真反++』が作動しようとしたが、魔力砲の威力は「反射させるという概念」そのものを消し飛ばして進行する。反射する対象が消滅すれば、反射は成立しない。ゼスの未来視は、この攻撃を回避することが不可能であると告げていた。 「なっ……!?」 ゼスの身体が、光に触れた箇所から静かに消えていく。血も出ず、痛みさえ感じない。ただ、存在していたはずの自分が、世界から切り離されていく感覚。彼の絶対的な防御も、法則の操作も、この圧倒的な暴力の前では意味をなさない紙切れに過ぎなかった。 一方の不岳も、全力の『雅楽』で回避を試みた。しかし、魔力砲の射程と速度は、回避という概念を追い越していた。不岳の身体を光が貫く。彼は『耐生』によって即死を耐えた。三度のチャンス。しかし、魔力砲は一度の攻撃で終わらない。連続して放たれる光の奔流が、不岳の身体を何度も、何度も消し飛ばしていく。 「がっ……! バカな……! 俺の、耐性が……!!」 三度の即死耐性が、わずか数秒で使い果たされた。不岳の身体は、肩から先、そして脚から先へと、文字通り「消去」されていった。 ロマ・フォウンは、絶望に染まる二人を、黄金の瞳で見つめていた。その表情には、慈しみなど微塵もない。あるのは、完璧な強者が弱者を眺める時の、冷酷な好奇心だけだ。 「あら、まだ意識があるのね。健闘を讃えてあげるわ。あなたたちの、その無駄な足掻き。最高に滑稽で、最高に愉快だったわよ」 彼女はゆっくりと、さらに深い溜息をつくように腕を掲げた。今度は手加減などしない。彼女の背後に、巨大な魔力の渦が展開される。大気が悲鳴を上げ、富士山の山頂が物理的に削り取られ、空が黄金色に染まった。 「これが、私の真の礼儀。……さようなら」 『超魔力砲』。 放たれたのは、光という言葉では言い表せない、世界の崩壊そのもののような衝撃。それは山を消し飛ばすどころか、その地点に存在するあらゆる次元、あらゆる歴史、あらゆる可能性を根こそぎ消し去る究極の消去攻撃であった。 ゼスと不岳には、もはや叫ぶ時間さえなかった。彼らが持っていた最強のスキルも、反転の理も、修羅の力も、すべてが等しく「無」に帰した。白い光がすべてを飲み込み、一瞬後には、そこにはただ、静まり返った荒野だけが残っていた。 ロマ・フォウンは、ふっと微笑み、軍帽を正した。彼女の軍服には、塵ひとつ付いていない。 「ふふっ。やっぱり、私の浪漫こそが至高ね」 彼女は悠然と踵を返し、誰もいなくなった戦場から去っていった。後に残されたのは、完全な静寂と、消滅した二人の痕跡すら残らない虚無だけだった。 【登場人物の生死】 ロマ・フォウン:生存 ゼス・クレイヴァ・ヌルディヱス:死亡(完全消滅) 不岳:死亡(完全消滅)