昼下がりの裏路地。高い壁に囲まれ、空が細い帯のようにしか見えないその場所は、都市の喧騒から切り離された静寂に包まれていた。しかし、そこに漂う空気は決して穏やかなものではない。火花が散る直前の、張り詰めた緊張感がそこにはあった。 対峙するのは、二人の女性。一人は黒いスーツに青い制服を纏い、頭には羽根付きの帽子を戴いた少年のような風貌の少女。もう一人は、大柄な体躯を紺色のコートに包み、自信に満ち溢れた表情で巨剣を携えた女性である。 「……さて。ここに集った以上、曖昧な妥協は不要かと」 小指 天平星の一員であり、センク協会1課に所属するチギリが、静かに口を開いた。彼女の腰には、白と黒の対をなす二本の直刀が差している。その佇まいは十五歳という若さに似合わず、武人のような厳格さに満ちていた。 それに対し、ツヴァイ協会2課のルビーは、ふんぞり返るようにして胸を張り、大仰な身振りで自らのコートを翻した。その動作一つひとつに、「私はここにいる」という強烈な自己主張が込められている。 「ふふん! 形式的な挨拶など不要よ。正義の盾は、いつでも、どこでも、誰にでも! このルビー様が、あなたの稚拙な挑発をすべて受け止めてあげましょう!」 ルビーの声は朗々と響き、狭い路地に反響した。彼女にとって、この状況さえもが自らの「正義」と「防御力」を誇示するためのステージに過ぎない。自信に満ち溢れたその態度は、傍から見れば傲慢に映るかもしれないが、彼女自身の信念に基づいた絶対的な自信であった。 チギリは小さくため息をついた。男勝りな性格の彼女にとって、このような仰々しい振る舞いは少々苦手である。しかし、同時に彼女は、目の前の女性が持つ「揺るぎない意志」には一定の敬意を抱いていた。正々堂々と己を誇ることは、彼女が重んじる『仁』の精神にも通じる部分があるからだ。 「……賑やかな方だ。ですが、誇り高いのは結構です。ならば、その誇りに相応しい勝負を」 チギリはゆっくりと腰の刀に手をかけた。しかし、抜刀はしない。彼女は、白と黒の刀のうちの一本を抜き放つと、それをあえてルビーの方へと差し出した。 「決闘宣布。正々堂々と勝負です。私の剣を一本、あなたに預けます」 突如として提示された「武器の譲渡」。普通であれば、戦いの最中に武器を渡すなど正気の沙汰ではない。だが、ルビーは眉をひそめながらも、その提案に興味を示した。彼女は改造された巨大なツヴァイヘンダーを肩に担いだまま、不敵に笑う。 「あら、情けないこと。私に武器を預けて、自分は一本で戦おうというの? 慈悲心かしら、それとも単なる過信? でもいいわ。その潔さだけは認めてあげる!」 ルビーは迷いなく、チギリが差し出した直刀を受け取った。彼女の手には、本来の巨剣と、チビリから譲り受けた細身の直刀という、およそ不釣り合いな二本の武器が握られることになる。 「これで準備は整いました。小細工無し、互いの刃のみで決着をつけましょう」 チギリの瞳に、鋭い光が宿る。彼女にとっての戦いとは、単なる破壊ではなく、互いの魂をぶつけ合う儀式に近い。相手に武器を渡し、対等な条件で戦うこと。それこそが彼女の信じる正義であり、センク協会としての矜持であった。 ルビーは手にした直刀を軽く振り、その重心を確認すると、再び大仰に笑った。 「いいわ! その真っ直ぐな心意気、この『ツヴァイの絶対防壁』が完膚なきまで受け止めて見せるわ! あなたの攻撃が、私のコートの一片でも傷つけられると思っているの?」 ルビーの自信は揺るがない。彼女にとって、防御とは単に身を守ることではなく、相手の攻撃をすべて無効化し、絶望させることで勝利へと導く攻撃的な手段であった。対してチギリは、個の圧倒的な力でその壁を貫こうとする。静と動、盾と矛。正反対の哲学を持つ二人が、狭い路地で静かに火花を散らす。 「……ふん。盾がどれほど厚かろうと、正しき一撃は必ず届くものです」 チギリが低く構える。その重心は完璧に安定し、いつでも爆発的な踏み込みができる状態にある。ルビーもまた、巨剣を構え直し、その強固な肉体と防具で正面から迎え撃つ構えを取った。 だが、戦いが始まる直前、ふとルビーが口を開いた。 「ところであなた、そんなに若いのに、そんな堅苦しい話し方をしていて疲れない? もっとこう、華やかさとか、パッションとか、そういうのが足りないわよ!」 「……。私は、これが自然です。それに、戦いに華やかさは不要。必要なのは、精確な一撃と、それを遂行する意志だけです」 「相変わらず真面目ねえ! 本当に、あなたという子は。でも、そういうところが逆に新鮮かも。いいわ、あなたのその『真面目さ』ごと、私が守ってあげる……あいたたっ!」 ルビーが冗談めかして身を乗り出した際、足元の石ころに躓き、派手にバランスを崩した。巨剣の重みで、そのまま前方へ倒れ込みそうになる。しかし、彼女は持ち前の身体能力と反射神経で、間一髪、巨剣を地面に突き立てて止まった。 ドォォォン!! 路地に激しい衝撃音が響き、砂埃が舞う。ルビーは顔を真っ赤にしながら、何事もなかったかのようにすっと起き上がった。 「……今のは、わざとよ! 地面の強度を確認しただけ!」 チギリは、呆然とした表情でルビーを見ていた。つい先ほどまで、凛とした威厳を放っていた「絶対防壁」が、一瞬にして崩壊した光景。彼女はゆっくりと目を閉じ、深くため息をついた。 「……。正々堂々と、という言葉の意味を、もう一度定義し直す必要があるかもしれませんね」 「ちょっと! 笑ったわね今!? この私が、あんな不格好なところを見せたことを笑ったわね!!」 「いえ、笑ってはいません。ただ、想定外の事態にどう対処すべきか、思考を巡らせていただけです」 「嘘おっしゃい! 完全に呆れてたわ! もういい、今の失態はなかったことにして! さあ、さっさと勝負をつけましょう!」 ルビーが再び大仰な構えを取る。しかし、先ほどまでの張り詰めた緊張感はどこへやら、そこにはどこか年上の女性が年下の少女に振り回されているような、奇妙な空気感が漂っていた。 チギリは、ふっと口角をわずかに上げた。それは、彼女が滅多に見せない、年相応の少女らしい小さな微笑みだった。 「ええ。望むところです。あなたのその、底抜けの自信。どこまで本物か、確かめさせていただきます」 二人は再び向き合い、互いの距離を詰めようとする。一方は、揺るぎない壁として。一方は、それを切り裂く鋭い刃として。 都市の片隅、誰にも知られない裏路地で、対極的な正義を持つ二人のフィクサーは、互いへの奇妙な親近感と、譲れない矜持を胸に、静かに、そして激しく、その魂をぶつけ合おうとしていた。