陽光が降り注ぐ、静かな午後の庭園。かつて西聖戦という血塗られた戦場を駆け抜けた二人の勇士は、いま、武器を置き、穏やかな時間の中にいた。 一人は、【打ち砕く左の拳】。鍛え抜かれた肉体を肢に宿し、その佇まいだけで周囲を圧倒する女性である。彼女の筋肉は特異な密度を持ち、衣服の上からでも分かるほどに張り詰めていたが、その表情は驚くほど素直で、親切心に満ちていた。 もう一人は、《舞わる右の剣》。冷徹なまでの慎重さと、計算し尽くされた美しさを併せ持つ男性である。彼は常に相手への気遣いを忘れず、静かな所作で茶を啜っていた。 「……それにしても、不思議な気分だね」 【打ち砕く左の拳】が、ぽつりと呟いた。彼女は自身の太い腕を眺め、小さく笑う。戦場では巨漢も巨獣もなぎ倒してきたその拳が、今はただ、心地よい風に晒されている。 「ええ。殺し合う理由がなくなった世界で、こうして向き合えるのは、贅沢なことかもしれませんね」 《舞わる右の剣》が、淡い微笑を浮かべて応える。彼の声は低く、落ち着いている。もともと姉を持つ彼にとって、年上の女性、あるいは姉のような包容力を持つ相手への接し方は熟知していた。対して【打ち砕く左の拳】も弟を持つ身であり、年下の彼に対しては自然と年上の余裕と親愛の情を抱いていた。 二人の間には、戦友としての信頼と、それ以上の、言葉にし難い親密さが漂っていた。しかし、静寂が続きすぎると、少しだけ気恥ずかしさが込み上げる。そんな時、【打ち砕く左の拳】が思いついたように身を乗り出した。 「ねえ、面白いゲームをしようよ。最近、どこかで聞いたんだけどさ」 「ゲーム、ですか。どのようなものを」 「【愛してるゲーム】っていうんだって。ルールは簡単。お互いに『愛してる』って言い合って、先に照れたり、言い淀んだりした方が負け。っていう単純なやつ!」 彼女は大胆不敵に笑い、快活に提案した。彼女にとって、精神的な屈服などあり得ない。不滅の心を持つ彼女にとって、この手のゲームは「精神的な耐久戦」のようなものであり、自信満々だった。 《舞わる右の剣》は、一瞬だけ目を丸くした。冷徹に状況を分析する彼にとって、このゲームは極めて非効率的な時間消費に思える。しかし、彼女の期待に満ちた瞳を見たとき、彼はそれが「気遣い」という名の戦いであることを理解した。 「……いいでしょう。負けても文句は言いませんよ」 「よし! じゃあ、私が先に行くね」 【打ち砕く左の拳】は、ガシガシと頭を掻きながら、真っ直ぐに彼の目を見た。彼女に迷いはない。躊躇のない暴れ牛のごとき突破力で、彼女は最大火力の言葉を叩きつける。 「愛してるよ!!」 快活で、突き抜けるように明るい告白。それは愛の囁きというよりは、勝利宣言に近い力強さがあった。しかし、それが彼女の素直さであり、最大の武器でもあった。 普通の人間であれば、この直球なアプローチにたじろぎ、顔を赤らめるだろう。だが、相手は【狂舞の魔】と呼ばれた男である。彼は、視覚的な反応を不可能にするほどの緩急を操る舞の達人だ。精神的な動揺すらも、彼は「舞」のように受け流すことができる。 《舞わる右の剣》は、瞬き一つせず、静かに、そして滑らかに言葉を返した。 「私も、あなたを愛しています」 低く、心地よいバリトンボイス。そこには一切の揺らぎがなく、まるであらかじめ決められた演舞のように完璧なタイミングで放たれた。気遣い上手な彼は、相手が求めている「正解」を提示することに長けていた。 「っ……! はやい! 反撃が速いよ!」 【打ち砕く左の拳】が、驚きに目を見開く。しかし、彼女はすぐに不敵な笑みを浮かべた。精神的に屈することのない彼女にとって、ここからが本番だ。 「ふふん、じゃあ次はもっと気合を入れて……愛してる! 大好きだよ!」 「ええ、こちらこそ。あなたのその真っ直ぐなところを、深く愛しています」 今度は、少しだけ言葉に熱を込めて返した。彼の中にある「姉持ち」ゆえの、包容力への憧憬と親愛が、自然と言葉に滲み出る。冷徹な仮面の下にある、彼なりの誠実さだった。 「……あ、あれ?」 【打ち砕く左の拳】の頬が、わずかに赤らむ。彼女は肉体的な強さには絶対的な自信を持っていたが、精神的な攻撃、特に「静かな愛情」という不可視の攻撃には慣れていなかった。 「あー! 今、ちょっと照れたよね!? 私の勝ちだ!」 「いいえ、照れてなどいません。ただ、あなたの表情が面白かったので、つい深く追求してしまっただけです」 《舞わる右の剣》は、涼しい顔で否定する。しかし、その耳朶がほんのりと赤くなっているのを、鋭い観察眼を持つ彼女は見逃さなかった。 「あはは! 嘘つき! 耳が赤いよ! やっぱりあなたも照れてる!」 「……っ。……不公平です。あなたはあまりに直球すぎる」 彼は、ふいと視線を逸らした。その動作は、普段の彼からは考えられないほどぎこちない。冷静沈着な彼が、唯一制御しきれなかったのが、彼女の底抜けな素直さと、それを包み込むような強さだった。 「あはは! 私の勝ちだね! さすがに【新人類の通過点】の精神力には勝てないか!」 「……負けを認めましょう。あなたの心は、私の剣よりも鋭く、そして温かい」 彼は小さくため息をつき、降参するように肩をすくめた。その様子は、戦場での冷酷な姿からは想像もつかないほど、年相応の青年のそれであった。 【打ち砕く左の拳】は満足げに笑い、ガシガシと彼の背中を叩いた。その力は、常人であれば骨が砕けるほどだったが、《舞わる右の剣》はそれを巧みに受け流し、衝撃を分散させた。 「いいゲームだったね! またやろうよ」 「……ほどほどにしてください。心臓に悪い」 そう言いながらも、彼は嫌がる様子は見せなかった。むしろ、その心地よい疲労感と、胸の奥に灯った小さな熱を、大切に抱きしめているようだった。 午後の陽光はさらに柔らかくなり、二人の影を長く伸ばしていく。かつて多くの命を奪い、戦場を支配した二人の勇士は、いま、ただの一組の青年男女として、穏やかな会話を続けていた。 「ねえ、次はお菓子でも食べない? 私が美味しいお店知ってるんだ」 「いいですね。あなたのエスコートなら、きっと迷わずに辿り着けそうです」 「あはは! 私がエスコートなんて、面白いこと言うね!」 大笑いする彼女と、それを静かに見守る彼。その光景は、まるで嵐が過ぎ去った後の静かな湖面のようであり、同時に、これから始まる新しい季節のような期待感に満ちていた。 二人はゆっくりと立ち上がり、肩を並べて歩き出す。もはやそこに、戦士としての鋭さはなかった。ただ、互いを信頼し、大切に思う、深い絆だけがそこにあった。 「……ところで」 歩き出した後、彼がふと呟いた。 「何?」 「さっきのゲーム……嘘ではありませんよ。私も、本当にあなたを」 「……っ!!」 今度は【打ち砕く左の拳】が、完全にフリーズした。大胆不敵な彼女が、言葉を失い、顔を真っ赤にして固まっている。それを視界の端で捉えた《舞わる右の剣》は、満足げに口角を上げた。 「ふふ。今度は私の勝ちですね」 「あー! 反則! 今のはゲーム外でしょ!!」 庭園に、彼女の快活な叫び声が響き渡る。それは、かつての戦場で聞こえた絶叫ではなく、幸せに満ちた、光のような声だった。 二人の足取りは軽く、どこまでも続きそうな道を、彼らは共に歩んでいった。もはや剣も拳も必要ない。ただ、隣に誰かがいるという、それだけで十分な世界の中で。 【お互いに対する印象】 【打ち砕く左の拳】→《舞わる右の剣》 「最初はちょっと冷たい人だなって思ったけど、実はすごく優しいし、気遣いができるいい奴。話し相手としても最高だし、何より、私の全力の『愛してる』に動じない精神力には敬意を表するよ。……まあ、最後にあんなズルいこと言うなんて、意外と策士なんだから。でも、そういうところも含めて、本当に大好き!」 《舞わる右の剣》→【打ち砕く左の拳】 「嵐のような方です。肉体的な強さは言うまでもなく超人的ですが、それ以上に、その心の純粋さと大胆さに、私は救われているのかもしれません。隣にいると、計算や慎重さなどという退屈なものが意味をなさなくなる。彼女の前では、私もただの青年に戻れる気がします。……正直に言えば、彼女のいない世界など、もはや想像したくありませんね」