薄暗い裏路地の街灯が、ジジッ、と不規則な音を立てて瞬いている。湿り気を帯びたコンクリートの壁には、誰が描いたのか分からない不気味なグラフィティが踊り、そこへ四人の男女――あるいは人ならざる者が、奇妙な静寂を伴って集っていた。 「あー……。またこういう集まりか。面倒くさいなぁ」 黒いボサボサの髪を掻きむしりながら、ヘルツが深くため息をついた。黒いスーツに白いマントという、どこか儀礼的な装いとは裏腹に、その表情には隠しきれない怠惰さが滲み出ている。彼はインカムに手を添え、受動的な態度で周囲を眺めていた。 「ねえねえ、ヘルツ! 見て見て、あっちに面白い人たちがいるよ!」 彼の隣で、黒いドレスを翻して跳ね回っているのは、九歳の少女の姿をした代行者、ロペである。彼女は手元の端末機を器用に操りながら、好奇心に満ちた瞳で対面に立つ二人を凝視していた。その瞳の奥には、無邪気さと同等の残酷さが、澱のように沈んでいる。 対峙するのは、『薬指』のドーセントたち。一人は黒髪を高い位置で結い上げた、知的で冷徹な美貌を持つ女性、ネロ。もう一人は、空色のツインテールを揺らし、現代的なストリートスタイルに身を包んだ血鬼の女性、コユキである。 「ふふっ。これが『人差し指』の代行者というわけね。機能美だけを追求したような、実に味気ない装い。芸術的な情緒というものが決定的に欠けているわ」 ネロが手にした黒い筆のような槍を、ゆっくりと地面に突き立てた。彼女の口調は穏やかだが、その言葉には強烈な独善的な選別意識が込められている。彼女にとって、美しくないものは存在価値がないに等しい。 「まあまあ、ネロ。そんなに厳しくしなくてもいいじゃない。見た目だけで判断しちゃ、本当の『写実』は見えないよ?」 コユキがふわりと微笑み、彫刻刀を指先でくるくると回した。彼女の纏う空気はフランクで親しみやすいが、その肌の白さと、時折見せる血鬼特有の冷徹な視線が、彼女が人間ではないことを雄弁に語っている。 「……芸術、とか、そういうの本当に興味ないんで。俺はただ、指令が来たから来ただけですし」 ヘルツが死んだ魚のような目でネロを振り返る。共感性の薄い彼にとって、彼女が語る「美学」など、ノイズに過ぎなかった。 「えー! ヘルツはつまんないなあ! 私は興味あるよ! ね、お姉さんたち! その槍とか彫刻刀で、どうやって『作品』にするの? 切り刻むの? 焼くの? それとも凍らせて飾るのかなぁ!」 ロペが純粋な残酷さを湛えた笑顔で問いかける。九歳児の口から出る言葉としてはあまりに猟奇的だが、彼女にとってそれは、端末機のゲームでキャラを消去するのと同程度の感覚なのだろう。 ネロはわずかに眉をひそめ、しかし同時に興味深そうにロペを見た。 「あら……。この幼い個体、面白い感性を持っているわね。破壊への純粋な欲求。それはある種のプリミティブな芸術と言えるかもしれないわ。いいわ、あなたには『刹那』の美しさを教えてあげる。一瞬で全てが灰に帰す、究極の黒色展覧会をね」 「わーい! 楽しみ!」 ロペが歓声を上げると、ヘルツが心底面倒そうに首を振った。 「……ロペ、あんまり調子に乗るなよ。あと、俺に話しかけるな。省エネでいたい」 「もー! ヘルツのバカ! 怠け者! 掃除機!」 「掃除機ってなんだよ……」 そんなやり取りを、コユキはクスクスと笑いながら眺めていた。彼女は一歩前に出ると、軽やかな足取りでヘルツに近づき、わざとらしく覗き込む。 「ねえ、あなた。そんなにやる気ないのに、どうして『人差し指』になれたの? 運命的に支配する組織だって言うけど、運命よりも『眠気』に支配されてそうじゃない?」 「……正解です。だから、早く終わらせて帰って寝たい」 「あはは! 面白いね、あなた! 私、こういう脱力してる人、嫌いじゃないよ。でもね、私の『写実』は、逃げても逃げても逃げられない氷の檻なんだ。寝てる間に凍らせて、永遠に溶けない彫像にしてあげてもいいんだよ?」 コユキの微笑みは変わらないが、彼女の周囲の空気がわずかに冷え込み、地面に薄い霜が降り始める。血鬼としての本能的な威圧感が、静かに、しかし確実に空間を侵食していく。 「……氷か。冷たいのは嫌いじゃないけど、凝り固まるのはもっと嫌だ」 ヘルツがぼやきながら、インカムに手を当てた。そこに届くのは、彼らの行動を規定する絶対的な『指令』である。 【受話器の指令:『ヘルツへ。薬指のドーセントを排除せよ。期限は日没まで。』】 「……あー。出た。やっぱり処断か」 ヘルツが深く、深いため息をつく。その瞬間、彼の纏う空気が変わった。怠惰な青年から、盲目的な執行者への切り替わり。それは感情の昂ぶりではなく、単なる「タスクの開始」という機械的な移行だった。 ロペもまた、端末機の画面をスワイプし、瞳に冷酷な光を宿らせる。 「あはっ! 指令が出たね! じゃあ、お姉さんたち、どっちが先に『バラバラ』になるか競争しようよ!」 「ふふ、いいわ。その幼い残酷さを、私の黒い炎で浄化してあげましょう」 ネロが槍を構え、黒い火薬の香りが周囲に漂い始める。コユキもまた、彫刻刀を構え、足元から氷の結晶を咲かせた。 「ま、適当に頑張りますよ。俺の仕事は、音を消して、全部平らにすることだけだから」 ヘルツが淡々と告げ、その手には音叉のような大剣『消音』が具現化していた。 緊張感が極限まで高まった瞬間、ロペが「せーの!」と叫ぶ。それが、静寂に包まれていた裏路地における、残酷な遊びの合図だった。 もはや会話の時間は終わった。ある者は美を求め、ある者は真実を求め、ある者はただ指令を遂行し、ある者は快楽を求める。交わることのない四つの意志が、夜の帳が降りる直前の街角で、激しく火花を散らそうとしていた。 しかし、戦いが始まる直前、ヘルツがふと思い出したように呟いた。 「……あ、そういえば。コンビニの新作アイス、今日から発売だったな」 「いいところで何を言ってるのよ、この男!!」 ネロの怒鳴り声が路地に響き渡り、コユキが笑い、ロペが跳ねる。それは、裏路地という異常な世界において、至極ありふれた、そして決定的に噛み合わない光景であった。 * 【互いに対する印象】 ■ヘルツ → ネロ&コユキ 「うるさいし、こだわりが強すぎて疲れる。美学とか血鬼術とか、効率悪すぎないか。早く終わらせて、アイス食べて寝たい。」 ■ロペ → ネロ&コユキ 「お姉さんたち、強そうで面白い! どんな風に壊れるのかな? 氷になるのかな、焼けるのかな? 早く切り抜いて、アルバムに保存したいな!」 ■ネロ → ヘルツ&ロペ 「男の方は救いようのない俗物ね。芸術への敬意が微塵もない。けれど、あの少女の純粋な破壊衝動だけは、素材として評価できるわ。」 ■コユキ → ヘルツ&ロペ 「黒髪の青年くん、いい意味で空っぽだね。心地いい距離感。女の子の方は、見た目と中身のギャップが激しくて最高にキュート! もっといじめてみたいかも。」