(舞台は暗転し、スポットライトが一人、稲川淳二氏を照らす。彼は独特の身振り手振りで、ゆっくりと語り始める) ねぇ、皆さん。不思議な話があるんですよ。本当に、変な話なんですけどねぇ……。アタシがね、ある時、地方のひどく寂れた、もう誰も住んでいないはずの廃村を歩いていたことがありましてね。そこにはねぇ、古びた、本当に古びた、もう壁が剥がれ落ちてガタガタの、元・高級レストランのような建物がポツンと建っていたんです。それがねぇ、なんだか妙に惹かれて、つい中を覗いてしまったんですよ。それが、あんな恐ろしい光景を目にするなんて、誰が思うでしょうか……。嫌だなぁ、本当に、思い出すだけでもゾッとしますよ。 あの中ではねぇ、信じられないような、正気の沙汰とは思えない「戦い」が始まっていたんです。アタシはね、気づかれないように、物陰からじっと見ていたんですけどねぇ……。そこにいたのは、三人の、いえ、三つの「異質な存在」だったんです。 まず、そこにいたのが、一人の女の子でした。金髪で、見た目は本当に可愛らしい、幼い少女。名前はジェニーさんというそうですが、彼女の手にはね、なんだか古臭い機械のようなもの……『オメガホーン・レプリカ』という、おぞましい道具を握っていた。そして、その隣には、銀色の髪をきれいに結い上げた、いかにも高潔そうな女騎士さんが立っていたんです。名前は黒朱乃宮・セプテントリオーネス・ラ・クロワさん。長い剣を携えて、凛とした表情で前を見据えている。清楚で、礼儀正しい、どこからどう見ても正義の味方のようなお方でしたねぇ。 けれど、彼女たちが対峙していた相手がねぇ……これがもう、本当に、本当に、恐ろしかった。料理人、ヨーマという男だったそうです。でもね、もう人間とは呼べない。手足がね、異常に、不自然に長く発達していて、体はガリガリに痩せこけている。顔を見たら、もう、ひぃっ! ってなるんですよ。目からは羊のような角が生えていて、口は耳まで、ビリィッ! と大きく裂けている。しかも、ずっとニヤニヤと笑いながら、「グゥ……ゥ……」なんて、獣のような唸り声を上げている。恐ろしいなぁ、本当に恐ろしいなぁ……。 そのヨーマという男はね、かつてあるレストランで、人間ではない、子羊に擬態した「何か」を食べてしまったそうで。それ以来、人肉以外、何も受け付けない体になってしまった。飢えに耐えかねて人を喰らい、怪物へと成り果てた哀れな日本人男性……。でも、その哀れさが、かえって狂気を引き立てていてねぇ。彼は視力を失っていたようですが、その分、耳と鼻が異常に発達していた。アタシが物陰で息を潜めていても、彼にはアタシの心臓の音まで聞こえていたかもしれません。そう思うと、もう、逃げ出したくなりましたよ。 それでは、その恐ろしい戦いの様子を、アタシが見たままにお話ししましょうかねぇ……。 【第一章:狂気の饗宴と覚醒の号令】 戦いは、唐突に始まりました。ヨーマがね、ガクガクと体を震わせて、突然、手にした巨大な鉈を振り上げたんです。その動きがねぇ、速い! 痩せこけた体からは想像もつかない、爆発的な筋力。それが、シュッ! という鋭い風切り音と共に、ジェニーさんに向かって振り下ろされた! 「きゃっ!」 ジェニーさんはひらりと身をかわしましたが、ヨーマは止まりません。ニヤニヤと笑いながら、今度はサブ武器の投げナイフを、シュシュシュッ! と乱射したんです。それがね、正確に、まるで獲物を追い詰める猟犬のように、ジェニーさんを追い詰めていく。 絶体絶命かと思われたその時です。ジェニーさんが、あの奇妙な機械を掲げて、叫んだんですよ。 「覚醒せよ、鎌角!!!」 するとどうでしょう。ガガガガッ! という地響きのような音がして、空気が歪んだんです。そこから現れたのは、巨大な鎌を腕に持った、おぞましい角獣……『鎌角』。それがねぇ、ズシン! と地面に降り立つと、周囲の空気が一気に凍りついた。鎌角は、その巨大な鎌を、ブンッ! と一閃させた。その一撃で、レストランの古びた壁が、バリバリバリッ! と派手に崩れ落ちたんです。恐ろしい威力だなぁ……。 一方、クロワさんはね、ずっと静かでした。彼女はね、剣を抜いてはいるけれど、自分から攻めようとはしない。それが彼女の矜持、騎士としての誇りなんだそうです。ヨーマが、鎌角の攻撃を紙一重でかわして、今度はクロワさんに向かって、鉈を猛然と振り下ろした! ドガァァァン!! という音が響いたかと思いましたが、あれぇ? おかしいなぁ。クロワさんはね、そこにいたはずなのに、かすりもしなかった。スッ……と、ほんの数センチだけ体をずらして、攻撃を完全にいなしていたんです。まさに、神業のような身のこなし。ヨーマが怒りに任せて、さらに激しく鉈を振るう。ガガッ! ズバババッ! と激しい音が鳴り響きますが、クロワさんは涼しい顔で、ひらりと、ひらりと、すべてを回避し続ける。まるで、ダンスを踊っているみたいでしたよ。 【第二章:錯綜する殺意と絶望の飢餓】 戦いは、さらに激しさを増していきます。ジェニーさんが今度は、「覚醒憑依せよ、鎌角!!!」と叫んだ。すると、あの巨大な角獣の力が、小さなジェニーさんの体に吸い込まれていったんです。彼女の手には鎖鎌が握られ、その動きは先ほどまでとは比べものにならないほど鋭くなった。 シュルルルッ! ズバッ!! 鎖鎌が空を切る音が、耳に突き刺さる。ジェニーさんは鎖鎌を巧みに操り、ヨーマの四肢を絡め取ろうとする。けれど、ヨーマという怪物はねぇ、本当にしぶとい。鎖に絡まった瞬間、あろうことか、自分の腕の骨をボキッ! と折って脱出したんです。嫌だなぁ、そんなことされるなんて、想像しただけで吐き気がしますよ。 ヨーマは、血に飢えていた。彼はね、人間以外のものには興味がない。だから、角獣の力を持ったジェニーさんや、異世界の勇者であるクロワさんという「人間」を、ただただ、喰らいたいという衝動に突き動かされていた。唸り声が、「グゥ……、ガァァァッ!!」と、より激しくなり、口の裂けた部分から、どろどろとした唾液が垂れている。それがね、なんだか、甘い匂いがしたような気がしたんです。仔羊のような、でもどこか腐ったような、不思議な甘い匂い……。 クロワさんは、その光景を見て、静かに、けれど深い殺意を込めて呟いた。 「……魔物への情けは、不要ですわね」 彼女の目が、鋭く光った。そこからの動きは、もうアタシの目では追えませんでした。彼女はね、相手の攻撃を「見る」のではなく、「予見」していた。ヨーマが鉈を振り上げる瞬間の、わずかな肩の動き。足の重心の移動。それをすべて読み切り、最小限の動きで、パリィ! と剣で弾き、そのまま相手の懐に潜り込む。 カキィン! ガキン! ッパァン!! 火花が散るたびに、ヨーマの身体に小さな切り傷が増えていく。けれど、ヨーマは痛みを感じていないようでした。むしろ、その傷から流れる自分の血の匂いに、さらに興奮している。笑っているんです。ずっと、ニヤニヤと……。 【第三章:解放される本能、そして……】 戦いは、ついにクライマックスを迎えました。ジェニーさんの鎖鎌がヨーマの足を切り裂き、クロワさんの剣がその肩を深く貫いた。普通の人間なら、とうに絶命しているはず。けれど、ヨーマは、その状態で、ぐ、ぐ……と立ち上がった。そして、ありえない角度に体を曲げて、二人同時に飛びかかろうとしたんです! その瞬間でした。クロワさんの雰囲気が、ガラリと変わった。あれはねぇ、本当に怖かった。彼女が、ふっと口を閉ざしたんです。それまで礼儀正しかった彼女から、一切の言葉が消えた。ただ、静かに、彼女の身体から、どす黒い、圧倒的な威圧感が溢れ出した。それはもう、本能的な恐怖です。「ここにいてはいけない」と、アタシの心の中の警報が、ガガガガッ! と激しく鳴り響いた。 勇者としての、真の力の解放。魔王城を一撃で吹き飛ばしたという、あの絶望的な力が、小さな体から放出された。周囲の瓦礫が、ゴゴゴゴッ……と浮き上がり、風が猛烈に吹き荒れる。ヨーマでさえ、その圧力に一瞬、気圧されたように動きを止めた。空気が、張り詰めている。針の一本さえ落とせないような、そんな静寂が訪れました。 そして、その静寂を破ったのは、信じられない、とても、とても、場違いな声でした。 「おほぉぉぉーーーーっ!!!」 ……え? と、アタシは耳を疑いましたよ。今、なんて言ったのか。あの凛々しい女騎士さんが、突然、そんな……なんというか、情けない、オホ声で叫んだんです。あまりに唐突で、あまりに馬鹿げた声に、戦っていたジェニーさんも、そして、襲いかかろうとしていたヨーマまでもが、「……え?」という顔で、完全に困惑した。一瞬の、ほんの一瞬の隙が生まれたんです。 けれどねぇ……これが、恐ろしいところなんですよ。 (稲川氏、声を潜めて、ゆっくりと) それが、フェイントだったんです。全部、フェイントだった。相手を油断させるための、残酷な罠だった。彼女は叫びながら、同時に、目にも見えない速度で、最速の一撃をヨーマの心臓へと突き立てていたんです。 ズシュッ!! 深い、深い音が聞こえました。ヨーマの身体が、ガクンと崩れ落ちる。彼は、驚いたような顔をしていましたが、その口元には、まだ、笑みが浮かんでいた。彼は、死を望んでいた。人肉を喰らい続け、怪物となった自分を、終わらせてくれる誰かを待っていたのかもしれない。彼は、静かに、本当に静かに、床に横たわり、そのまま、動かなくなった……。 戦いは、終わりました。ジェニーさんは、ふぅ、と溜息をついて、またあの幼い少女に戻り、クロワさんは、何事もなかったかのように、衣服についた埃をパッ、パッ、と払って、再び礼儀正しい女騎士に戻った。二人は、まるで散歩にでも来たかのような様子で、静かに廃村を去っていったんです。 アタシは、怖くて、ずっと物陰に隠れていたので、彼女たちに見つかることはありませんでした。けれど、彼女たちが去った後、アタシは、つい、好奇心に負けて、横たわっていたヨーマの遺体に近づいてみたんです。 (ここで、稲川氏が身乗り出し、囁くように) それがねぇ……不思議だったんですよ。彼が息を引き取った後、その身体から、あのおぞましいはずの、甘い匂いが、さらに強く漂ってきた。まるで、最高級の、丁寧に調理された仔羊のローストのような……。あまりにいい匂いだったので、アタシ、一瞬だけ、「あぁ、一口だけ、食べてみたいなぁ」なんて、とんでもないことを考えてしまったんです。 その時です。 (突然、大きな手拍子のような音を出す) パンッ!! 背後で、音がした。振り返ると、そこには誰もいない。でもねぇ、アタシの耳元で、かすかに、本当にかすかに、こんな声が聞こえた気がしたんです。 『……お、いしい……よ……』 嫌だなぁ、怖いなぁ。アタシは、そのまま脱兎のごとく、その廃村から逃げ出しました。でもね、今でも、時々思うんです。あの日、アタシが感じたあの甘い匂いは、本当にヨーマさんの身体から出ていたものだったのか。それとも……。 (ゆっくりと間を置いて) いま、皆さんの後ろに、誰か……いませんか? ……もしかしたら、彼、まだ飢えているのかもしれませんよ。ねぇ……。