深山に抱かれた東洋の秘境。色鮮やかな紅葉が錦を成す山道を、奇妙な四人の一行が歩いていた。 「ふむ、ここが『栄愛之湯』か。山気が心地よい。卿もそう思うだろう、時雨?」 北村黎刃が、涼しげな顔で隣を歩く少年に問いかける。戦国時代から時を刻む彼は、現代の衣服を纏いながらも、その立ち居振る舞いには一国一城の主としての絶対的な余裕があった。 「うん! 空気が美味しいね、黎刃。あ、あそこに可愛いリスがいたよ!」 澄風時雨が、大将軍としての威厳をどこへやら、子供のように無邪気に笑う。しかし、その手にある宝笏には、あらゆる兵装が仕込まれているという恐るべき現実があった。 その後ろからは、どっしりとした足取りのガルディナと、どこか浮ついた様子のペルセポネが続く。 「あーっはっは! こういう不便な場所にある宿こそ、いい湯が出るってもんだ!」 マグマスライムの身体を持つガルディナが豪快に笑う。彼女の肌に走る溶岩の亀裂が、興奮でわずかに赤く明滅していた。 「ホント、日本の『リョカン』という文化、最高ですわ! 拙者、こういう侘び寂びな雰囲気が大好物ですのよ!」 冥界から脱走してきた女神ペルセポネは、冥界風の和装に身を包み、清楚系ギャルな口調ではしゃいでいた。彼女にとって、日本のサブカルチャーと伝統文化の融合は、禁断の果実よりも甘美な誘惑だった。 辿り着いた「栄愛之湯」は、年季の入った木造建築の小さな老舗旅館だった。出迎えたのは、腰の曲がったが眼光だけは鋭い、経営主の婆さんである。 「いらっしゃい。予約の……ああ、あんたたちね。変な連中が来るとは思っていたが、まあ入りなさい」 婆さんのぶっきらぼうな歓迎に、一行はそれぞれの手続きを済ませ、男女別の大部屋へと分かれた。 男部屋では、黎刃と時雨が畳の上で寛いでいた。 「最近の若者は、携帯なる板に心を奪われているな。だが、収集家としては興味深い。時雨、卿は最近何を収集している?」 「んー、道端の面白い形の石かなぁ。あ、あと黎刃がくれる『絶望の種』的なやつも、たまに飾ってるよ」 「ははは、相変わらずだな」 一方の女部屋では、ガルディナが持ってきた不思議な鉱石をペルセポネに見せていた。 「見てな、この石! 噛みごたえがあって最高なんだぜ!」 「まあ! 金属を召し上がるなんて、なんてアバンギャルドな食習慣ですの! 私の柘榴とは方向性が違いますわね!」 二人は種族も出身も、そして食文化も異なるが、不思議と気が合い、夜が更けるまで賑やかに雑談に花を咲かせた。 そして、お待ちかねの入浴時間である。 この宿の自慢は、紅葉の絶景を望む貸切露天風呂だ。竹垣を隔てて、男湯と女湯が隣接している。もくもくと上がる湯気の向こうに、燃えるような赤と黄色の紅葉が広がり、幻想的な雰囲気を醸し出していた。 「ふぅ……。やはり湯に浸かるのは至福であるな」 黎刃が目を閉じ、心身を解き放つ。時雨もまた、お湯にぷかぷかと浮かびながら、空を眺めていた。 隣の女湯では、ガルディナが熱い湯に浸かってさらに赤熱化し、ペルセポネが「お湯が気持ちよすぎて、冥界に帰りたくありませんわ!」と声を上げていた。 しかし、その静寂は、突如として引き裂かれた。 「ヒョォォォオオオオ!!!」 鼓膜を突き刺すような絶叫と共に、男湯の壁を突き破って、一人の男が乱入してきた。超高級ブランド服に身を包み、雷を纏った魔剣を構えた男――ストルクである。呪いの服による狂気に囚われた彼は、目に見えて理性を喪失しており、ただ破壊衝動に突き動かされていた。 「なっ!? 誰だ、卿は!」 黎刃が驚愕する間もなく、ストルクの初撃が放たれる。 「雷電昇!!」 超速の斬撃が放たれ、その衝撃波が男湯と女湯を隔てる竹垣を真っ向から粉砕した。 ガシャアアン!! 「きゃああああ!!」 「なっ、何事だ!?」 竹垣が消滅し、そこには全裸(または薄着)の男女が互いに顔を見合わせるという、地獄のような光景が広がった。 「あーっ! 誰だ! せっかくの露天風呂をぶち壊したのは!!」 激怒したガルディナが、即座に身体から「火之迦具鎚」を生成し、ストルクに飛びかかる。 「ここは僕たちの休息の場だよ! 悪い子にはお仕置きだ!」 時雨も宝笏から槍を取り出し、戦いへと身を投じる。 しかし、ここはお風呂である。床は濡れており、石鹸の泡が散らばっている。戦場としては最悪の環境だった。 「塵晦!!」 黎刃がストルクの首元を掴み、爆破させようとした瞬間、足元の苔に足を滑らせた。 「おっと!?」 勢いよく後方へ転倒した黎刃は、ちょうど駆け寄ってきた時雨の背中を突き飛ばす形になり、時雨はそのまま「ドボン!」と湯船に深く沈んだ。 「ぶくぶくっ! ぷはっ! 黎刃、今のは危ないよ!」 時雨が慌てて起き上がった拍子に、近くにいたペルセポネと正面衝突。もつれ合った二人は、そのまま濡れた床を滑走し、ガルディナの足元へダイブした。 「ちょっと! 下で何やってんのよあんたたち!」 ガルディナが怒鳴りながら大鎚を振り下ろす。「烈火崩天!」 だが、その攻撃は、ちょうど滑ってきていたストルクを通り越し、背後にいた黎刃の尻にクリーンヒットした。 「ぐはああっ!? 卿……ガルディナ、狙いがズレているぞ!」 「わざとじゃないわよ! 滑ったのよ!」 混沌は加速する。ストルクは「ヒョォォオ!」と叫びながら「紫電の嘶き」を放ち、突進する。それを防ごうとした時雨が「甲羅之薙」を繰り出すが、濡れた床のせいで回転軸がブレ、隣で戦っていたペルセポネを巻き込んで一緒に回転し始めた。 「きゃああ! 回りますわ! 私、目が回りますわー!」 「ごめんペルセポネ! 止まらないんだ!」 回転しながら二人でストルクに激突。その衝撃でストルクは壁に叩きつけられたが、同時に二人はもつれ合い、お互いの身体が密着するというラッキースケベ展開に陥る。 「……あ。……ええと、時雨さん?」 「あはは……ごめん」 そんな気まずい空気を切り裂くように、ガルディナが最大出力の攻撃を準備した。 「もういい! 全部まとめて吹き飛ばしてやる! 『業火神鍛』!!」 全身の溶岩を大鎚に集中させ、最大化した鎚がストルクを真っ向から押し潰した。同時に、凄まじい衝撃波が周囲を襲い、ストルクが着ていた「呪いのブランド服」がボロボロに引き裂かれた。 その瞬間、ストルクの瞳から血走った狂気が消え、正気に戻った。 「……え? 私は……なぜここで、全裸の男女に囲まれているのだ……?」 あまりの状況の酷さに、ストルクは絶望に染まった顔でそのまま気絶した。 静寂が訪れた。辺りには、壊れた竹垣の残骸と、湯気、そして気まずい沈黙だけが漂っていた。 「…………」 「…………」 もはや誰がどこにいて、誰と誰が触れ合っていたのかも分からない。黎刃は静かに目を逸らし、時雨は照れくさそうに笑い、ペルセポネは頬を赤らめ、ガルディナは呆れたようにため息をついた。 その後、彼らはなんとも言えない気まずい雰囲気のまま、協力して竹垣を修復した。時雨が宝笏で柱を固定し、ガルディナが溶岩で接合部を焼き付け、黎刃とペルセポネが周囲を整える。かなり強固な、しかし見た目は不格好な竹垣が完成した。 「……申し訳ございませんでした」 一同は深々と頭を下げ、激怒して震えている婆さんに、ありったけの謝罪(と、黎刃がどこからか取り出した最高級の菓子折り)を捧げた。 その夜。各自が布団に入ったが、誰も眠れなかった。 黎刃は天井を見つめ、「……人生、何が起こるか分からぬものだな」と独りごちた。 時雨は、ペルセポネとぶつかった時の感触を思い出して、布団を頭まで被った。 ガルディナは、「次はもっといい金属を食いてえ」と、食欲で不安を紛らわせた。 ペルセポネは、「日本の温泉文化……刺激が強すぎますわ」と、日記にそう記した。 翌朝、彼らは早々にチェックアウトを済ませた。 旅館の門を出て、それぞれの帰路に着く道すがら、時雨がぽつりと呟いた。 「ねえ、またみんなで来ない?」 その提案に、黎刃はふっと微笑み、ガルディナは「次はもっと広い風呂を貸し切りにしろよ」と笑い、ペルセポネは「次はもっと常識を身につけて参りますわ!」と宣言した。 正気に戻り、ひどく落ち込んでいたストルクを誰がどうやって運んだのかは、あえて語られない。ただ、彼らの心には、紅葉の美しさと、それ以上に激しい「混沌」の記憶が、深く刻まれていたのであった。