冷蔵庫の奥、冷たい静寂の中にそれは鎮座していた。黄金色のゼリーに包まれ、頂点にちょこんと乗ったホイップクリーム。たったひとつだけのプリンである。 この甘美な獲物を前にして、四人の男女(および多頭の蛇)による、静かながらも熾烈な議論が始まった。 「さて……このプリンをどなたが頂くべきか、話し合いましょうか」 白髪を揺らし、周囲に赤い星を浮かべたトウカが、丁寧な口調で切り出した。彼女の隣には、謎の幾何学模様が刻まれたバットが立てかけられている。 「ハハハ!これはまた、贅沢な悩みだな!」 豪快に笑ったのは、鱗に覆われた巨躯を持つ傭兵団長、ガイヨウだ。彼は腕を組み、鋭い眼光でプリンを見つめる。 「私はこう思う。戦い、疲れ果てた者がその糖分を摂取し、活力を取り戻すべきだ。そう考えれば、日々の激務に勤しむ介護職のトウカ殿こそ、相応しいのではないか?」 ガイヨウの提案に、トウカはわずかに頬を染め、困ったように微笑んだ。 「まあ、そんな風に言ってくださると嬉しいですが……。ですが、私はまだ余裕があります。むしろ、成長期にあるアリスさんが食べるべきではないでしょうか。魔力の制御には精神的な安定が必要ですし、甘いものは心を落ち着かせますから」 指名されたアリスは、大きなローブの袖で口元を隠し、おどおどとした様子で視線を彷徨わせた。 「えっ……わ、私ですか? でも、私なんかがこんな貴重なものを……。それに、私、さっき魔法の練習で少しだけお腹が満たされていて……」 そこに、弾力のある、いかにも美味しそうな声が割り込んだ。ソーセージのような七つの首を持つオロチ、ラウである。 「いーじゃん! もっと自由に考えようぜ! 誰か一人が独占するんじゃなくて、みんなで一口ずつシェアして、『統合』しちゃうのはどうだ? それこそが多様性の美学ってやつだぜ、素敵なことだろ?」 パリピな人格が主導するラウの提案に、トウカがすっと表情を消した。彼女の周囲の赤い星が激しく明滅し始める。 「……ラウさん。プリンを分けるということは、この繊細な層構造とホイップの比率を破壊することを意味します。それはもはや『プリンを食べる』という体験ではなく、単なる『糖分の摂取』に成り下がる。……論理的ではありませんね」 「おっと、厳しいねぇ!」 議論が平行線を辿る中、ガイヨウがふと、トウカの持つバットに目を向けた。彼は傭兵としての勘で、彼女の中に眠る「爆発力」を察知した。不敵な笑みを浮かべ、彼はあえて挑発的な口調で語り出す。 「よもや貴殿! このプリンを巡る議論に飽き、そのバットで場を制そうというおつもりか? 疲弊した後に発動する『街道上の怪物』、さらにはその先の『偉大な大国』……かつての強大なる国家の力を呼び出し、物理的にプリンを強奪するという策だな! 面白い、ワクワクするぞ!」 詳細すぎる能力の先読みに、トウカの眉がぴくりと跳ねた。彼女の理性のリミッターが、ガイヨウの「泳がせ」によって軽くなっていた。 「……ふーん。私の能力に詳しいんですね。いいですよ、だったらもう、いい加減に決めましょうか」 トウカの口調から敬語が消え、乱暴な響きが混じる。彼女の右手がバットの柄を強く握った。 「結局、一番『欲しがっている』奴が食うのが正解でしょ。アリスは遠慮してるし、ラウは適当だし、ガイヨウさんは余裕たっぷり。……つまり、今この瞬間、一番『ストレスが溜まっていて、甘いものを切実に欲している』のは、この不毛な議論を回していた私だってことよ!」 「ハハハ! 正直でよろしい!」 ガイヨウは快諾し、アリスは「あぅ……」と小さく声を漏らし、ラウは「まあ、それが結論ならアリだぜ!」と首を振った。 こうして、議論の果てにプリンを食べる権利は、自ら権利を主張したトウカに決定した。 トウカはプリンを皿から掬い上げると、大きな一口を頬張った。 「んっ……!!」 濃厚なカスタードのコクと、ほろ苦いカラメル、そして口溶けの良いホイップクリームが舌の上で完璧なハーモニーを奏でる。脳内に快楽物質が駆け巡り、先ほどまでのイライラが嘘のように消えていく。 「……最高。マジで最高。生きててよかったわ……」 恍惚の表情で最後の一口まで堪能し、トウカは満足げに溜息をついた。 その様子を、ガイヨウは「満足げな顔だ、合格だな」と寛容に笑って見送っていた。一方のアリスは、トウカの幸せそうな顔を見て「あ……やっぱり、私も一口食べたかったかも」と、控えめに、しかし切実な後悔に浸っていた。そしてラウは、「次は特大のパフェをみんなで食おうぜ!」と、既に次のパーティーを計画してはしゃいでいた。