世界を裏側から統べる不可視の組織『エリュシオン』。その目的は、停滞した人類の理を破壊し、新たな世界の秩序――すなわち「神の不在」を証明することにある。 組織の頂点に立つリーダーが召集をかけたのは、組織の最高戦力にして異端の力を持つ四人の精鋭、「四天王」である。彼らが集められたのは、深淵の底に築かれた漆黒の円卓の間。そこは空間的に隔絶されており、外の世界からは観測不可能な聖域であった。 最初に現れたのは、【怠惰故の頂】エルムだった。彼女は自身のサイズを三回は間違えたであろうぶかぶかの黒いジャージに身を包み、肩をすくめてあくびをしながら、音もなく部屋に滑り込んだ。彼女にとってこの召集さえも「めんどくさい」事象の一つに過ぎない。 「はぁ……。なんでこんな時間に呼ばれなきゃいけないわけ? 睡眠時間削られるの、本当に無理……」 エルムは円卓の椅子に深く沈み込み、机に突っ伏した。彼女の周囲には、本人の意識とは無関係に、神をも凌駕する濃密な魔力がオーラのように揺らめいている。それは理外の性質を持ち、周囲の空間さえも彼女の怠惰に塗り潰していくかのようだった。 次に現れたのは、ガスマスクを装着した少年、メサイアであった。背中には大きなガスボンベを背負い、乳白色の髪が淡く光っている。彼は慈愛に満ちた、しかしどこか虚ろな足取りで歩み寄り、エルムに微笑みかけた(マスク越しに表情は見えないが、声からそれが伝わる)。 「やあ、エルム。相変わらず眠そうだね。かわいそうに……君の精神は疲弊しきっている。僕の『聖餐』で、心地よい揺籃に誘ってあげようか?」 「いいから寝かせて……。君のガスを吸ったら、変な夢見て余計に起きられなくなるし」 メサイアは小さく笑い、自分の席に着いた。彼は最近、自身の教団「白き揺籃の教会」を拡大させ、数万人もの信者を精神的な依存状態に陥らせることに成功していた。彼にとってそれは「救済」であり、同時に自分が必要とされることでしか満たされない心の穴を埋める儀式でもあった。 「最近の僕の成果はね、救われた人々が、もはや現実の世界を『地獄』だと認識し始めたことだよ。彼らは今、僕という唯一の救いなしには呼吸さえできない。本当にかわいそうな子たちだ。だからこそ、僕がずっと抱きしめてあげなきゃいけないんだ」 その独白を冷たく切り裂くように、空間がにじんだ。 「……救済? 笑わせないで。ただの精神的な去勢でしょう」 現れたのは、【死神少女】シノ。小柄な体躯に、夜を切り取ったような黒いローブ。白髪の長い前髪が片目を隠し、もう一方の赤い目が鋭く二人を射抜いた。彼女の傍らには、身の丈を超える巨大な死神の鎌が、不吉な金属音を立てて寄り添っている。 シノは無愛想に、そして冷淡に自分の席へ向かった。彼女の足取りには迷いがなく、ただ死の静寂だけが伴っていた。 「私は先日、反逆を企てた北の小国を『掃除』してきた。逃げ惑う罪人たちの魂を一つ残らず鎌で刈り取り、安楽死させた。抵抗しようとする意志など、私の前では無意味。死という絶対的な真理に抗える者は、この世に一人としていない」 彼女の言葉は淡々としていたが、そこには「罪人は絶対に許さない」という苛烈な信念が宿っていた。死神としての使命を完璧に遂行した自負。それが彼女の冷徹な表情の裏にある唯一の充足感だった。 「あらあら、みんな揃ってるのね。お待たせ♥️」 最後に入室したのは、[黒い心臓の女王]リリーだった。心臓を模したような深い赤と黒のドレスを纏い、美しい黒髪をなびかせた少女。彼女の纏う空気はメルヘンでありながら、底知れない残酷さを孕んでいた。リリーは軽やかな足取りで歩き、椅子に座るなり、テーブルの上に小さな、ドクドクと脈打つ「黒い心臓」を創造して転がした。 「シノちゃんは相変わらずお仕事熱心ね。でも、魂を抜くだけなんて、ちょっと単調じゃない? 私はね、最近ある国の王族全員に私の『黒い心臓』をリンクさせてあげたの。彼らが絶望して、自分たちの心臓が私の指先一つで砕け散るのを待つ顔……ああ、本当に最高に可愛かったわ♥️」 リリーはクスクスと笑い、指先で心臓を弄ぶ。彼女にとってこの世界は単なる箱庭であり、他者の生殺与奪を握ることは、子供が玩具で遊ぶのと同義であった。 「ねえ、メサイア。あなたの救済なんて、私の心臓破壊に比べたら、ただの気休めよね? 存在ごと消えて灰になる絶望こそが、真の救いだと思わない?」 メサイアはガスマスクの奥で、静かに、しかしどこか歪んだ笑みを浮かべた。 「リリー、君は激しすぎるよ。破壊は一瞬だけだ。でも僕の救済は、永遠に続く甘い夢なんだ。どちらがより深く相手を支配できるか……興味があるね」 「ふん。くだらない口喧嘩。……めんどい」 エルムが、寝ぼけ眼で口を挟む。彼女は身体を少しだけ起こし、気だるげに三人を眺めた。 「あんたたち、成果報告とかマウント取り合いとか、本当にエネルギーの無駄。私は、ただここに座って魔力を垂れ流してるだけで、向こうの次元の神様が一人、私の圧に耐えきれなくて消滅したんだけど。……ま、そんなことより、早くボスが来ないかな。寝たい」 その言葉に、リリーが頬を膨らませ、シノが冷ややかな視線を向けた。理外の魔力を持ち、努力せずとも頂点に君臨するエルムへの、複雑な感情が交錯する。 しかし、その不協和音が頂点に達した瞬間――。 重厚な扉が、ゆっくりと、しかし抗いようのない圧力を持って開き始めた。 部屋の中の空気が一変する。死神の冷気も、女王の狂気も、教祖の甘い霧も、怠惰な神の魔力も、すべてが一点に吸い込まれるような絶対的な威圧感。 四天王の全員が、同時に意識を扉へと向けた。もはや雑談の余裕などない。彼らが仕える、この理外の組織の頂点――リーダーが、ついに会場に足を踏み入れた。