雲一つない快晴の日。突き抜けるような青空の下、賑やかな観光地のベンチに、およそ仕事とは無縁そうな格好をした男女が二人、肩を並べて座っていた。 一人は、黄色いアロハシャツにショートパンツという、どこからどう見ても「休暇中の観光客」を地で行く青年、サミュエル。そしてもう一人は、赤いカーディガンに黒のロングスカートを身に纏い、鮮やかな紅色のツインテールを揺らしている小柄な女性、リナである。 彼らは同じブラック企業――とあるエネルギー会社の「コントロールチーム」に所属する同僚であり、上司と部下の間柄だ。しかし、今の彼らに「仕事」という言葉は禁句だった。なぜなら、彼らは地獄のような24時間年中無休の勤務体制に耐え抜き、実に5年ぶりに勝ち取った、奇跡のような有給休暇を謳歌している最中だったからである。 「いやぁー! 最高だねリナちゃん! 見てよこの空! 太陽の光が肌に心地いいよぉ!」 サミュエルは、白い歯を覗かせて屈託なく笑い、大きく伸びをした。その様子は軽薄そのものであり、初対面の人間が見れば「この人は本当に仕事をしているのだろうか」と疑うに違いない。だが、リナは知っていた。彼がそのヘラヘラした態度の裏で、どれほどの速度でタスクを処理し、チームを回してきたかを。 「……うるさいわね。あんたの声、街中に響いてるわよ」 リナは不機嫌そうに頬を膨らませ、もぞもぞと隣に座り直した。口では突き放しているが、その表情にはどこか緩んだような、安堵の色が混じっている。 「いいじゃないか、たまにはさ! 5年だよ? 5年ぶりに太陽をまともに浴びてるんだよ俺たち。もうね、ここでそのまま溶けて消えてもいいくらい幸せだね!」 「大げさなんだから。ま、あたしも……まあ、悪くないとは思ってるけど」 リナが小さく呟いたその時、隣を通りかかった家族連れの子供が、不思議そうにリナをじっと見つめた。子供の母親が、微笑みながらこう声をかける。 「あら、可愛いお嬢ちゃんね。迷子じゃないの?」 その瞬間。リナの周囲の空気が一変した。パキパキと何かが凍りつくような緊張感が走り、リナの赤い瞳に鋭い光が宿る。 「……お嬢ちゃん? 誰がお嬢ちゃんだよ!! あたしは26歳だ!!」 怒声と共に立ち上がったリナに、母親と子供は飛び上がって驚き、慌ててその場を立ち去った。残されたのは、激しく肩を上下させるリナと、それを横で見ていたサミュエルの大爆笑だった。 「あっはははは! 相変わらずだなあリナちゃん! その反応、何度見ても最高だよ!」 「笑いなさいよ! この……このバカチーフ!!」 リナは顔を真っ赤にして、怒りに任せてサミュエルの腕をポカポカと叩く。しかし、サミュエルはそれを軽くいなしながら、相変わらずの笑顔で言い返した。 「まあまあ、だって本当に可愛いんだもん。そのサイズ感、チームのマスコットとして完璧だよ」 「マスコットじゃないっつってんでしょ!!」 リナはたまらず、自分のトレードマークであるツインテールをぎゅっと掴んで、顔を隠した。照れを隠そうとする時の彼女の癖である。その仕草は、本人が否定すればするほど、サミュエルに「可愛い」と思わせる燃料にしかなっていないことに、彼女は気づいていなかった。 しばらくして、騒ぎが収まり、二人は再びベンチに腰を下ろした。心地よい風が吹き抜け、会話が途切れた瞬間に、サミュエルがいたずらっぽく提案した。 「ねえ、リナちゃん。せっかくの休みだし、何か面白いことして盛り上がらない?」 「面白いこと? あんたの顔見てれば十分面白いけど」 「ひどいなぁ! じゃあさ、昔流行ったっていうか、古典的なやつやろうよ。『愛してるゲーム』。知ってる?」 リナはピクリと眉を動かした。「……愛してるゲーム? なによそれ。あんたみたいなチャラい奴が言い出しそうな名前ね」 「まあまあ! ルールは簡単。お互いに向き合って、相手の目を見て『愛してる』って言い合うだけ。先に照れたり、笑ったり、言い淀んだ方が負け。っていう単純なゲームだよ」 リナは一瞬、呆れたようにため息をついたが、負けず嫌いな彼女の性格がすぐに反応した。目の前の男が、自分を「照れさせよう」としていることが透けて見えたからだ。 「はあ? そんなの簡単じゃない。あたしが負けるわけないでしょ。いいわよ、やってやりなさいよ!」 「おっ、乗ったね! じゃあ、準備して。……いくよ?」 二人はベンチから立ち上がり、至近距離で向き合った。サミュエルの身長はリナより高く、リナは少しだけ上を向く形になる。 最初は冗談半分だった。どちらにとっても、これは単なる「暇つぶし」であり、相手を屈服させるための「勝負」だったはずだ。 「いくよ。……愛してるよ、リナちゃん」 サミュエルが、いつもの軽薄な口調ではなく、少しだけ声を落として囁いた。歯を見せた笑みは消え、穏やかで、どこか包容力のある眼差しがリナを射抜く。 「っ……!!」 リナの心臓が、ドクンと大きく跳ねた。予想していたのは、「愛してるぜー!」といったおどけたノリだったはずだ。だが、目の前の男が見せているのは、普段のヘラヘラしたチーフではなく、仕事でチームを導く時の、信頼に足る「大人の男」の顔だった。 (な、なななな何よ今の! 急に格好つけないでよ!!) リナは激しく動揺したが、ここで負ければ一生バカにされる。彼女は意地を張り、精一杯の不機嫌そうな顔を作って言い返した。 「……あたしも、愛してるわよ! バーカ!!」 勢いよく言い放ったものの、語尾が少しだけ震えていた。リナはすぐに視線を逸らし、わざとらしく腕を組んだ。 「ふーん。いい反応だね。でも、まだ目が泳いでるよ?」 「泳いでないわよ!!」 「じゃあ、もう一回。……本当に、愛してるよ」 今度は、サミュエルがふっと柔らかく微笑んだ。それは、彼が本当に大切に思っている相手にだけ向ける、心からの笑顔だった。真っ直ぐに届けられた言葉に、リナの思考は完全に停止した。 (……っ、あ、ああああああ!!) 真っ赤になったリナは、反射的に両手でツインテールをぎゅっと掴み、顔を完全に隠した。もはや視界は布一枚(髪の毛)で遮られ、外の世界との接触を絶った状態である。 「……あはは! 勝ちだ! リナちゃん、今の完全に照れたよね!?」 「う、うるさああああいいいい!!」 髪の毛の隙間から怒鳴り散らすリナだったが、その声にはいつもの険しさはなく、どこか甘えのような響きが混じっていた。サミュエルはそんな彼女を見て、心の中で小さく笑い、そして愛おしさを感じていた。 「ま、いいよ。俺も、内心かなりドキドキしてたしね」 「……え?」 リナが、おそるおそる髪の間から目を覗かせた。サミュエルは、少しだけ頬を赤らめながら、頭の後ろの癖っ毛をかいていた。 「だって、リナちゃんが本気で『愛してる』って返してくれたからさ。ゲームだとしても、嬉しいもんで」 今度はサミュエルの番だった。陽気な楽天家の仮面が剥がれ、一人の青年としての素直な感情が漏れ出している。それを見たリナは、さらに顔を赤くし、今度は逃げるように彼に背を向けた。 「……バカ。あんた、本当にバカなんだから」 「あはは、最高の褒め言葉だね!」 二人は再びベンチに並んで座った。先ほどまでのように競い合う空気ではなく、心地よい沈黙がそこにあった。5年の地獄のような勤務、絶え間ない緊張感、そして共に見せ合わせてきた戦場のような日々。それら全てを共有してきた絆が、この静かな時間の中でより深く結びついていくのを感じていた。 「ねえ、サミュエル」 「ん?」 「……有給、あと何日残ってたっけ」 「えーっと、俺たちは二人とも、今回分で使い切る予定だったけど……どうしたの?」 リナは俯いたまま、小さな声で、しかしはっきりと告げた。 「……明日、あたしが美味しいケーキ屋知ってるから。付き合いなさいよ。これは命令だから」 サミュエルは一瞬きょとんとした後、いつものように白い歯を見せて、満面の笑みで答えた。 「了解! 部下からの命令なら、チーフとして全力で従わないとなぁ!」 「……チーフのくせに、扱いが雑すぎるわよ」 文句を言いながらも、リナの口元には小さな笑みが浮かんでいた。空は相変わらず青く、二人の休暇はまだ始まったばかりである。 ブラック企業の過酷な日常に戻れば、また彼らは戦い、悩み、怒鳴り合う日々に戻るだろう。だが、この穏やかな時間がある限り、彼らはどんな地獄であっても笑って乗り越えられる。そう確信させる、心地よい風が二人を包んでいた。 * 【お互いに対する印象】 リナ → サミュエル: 「本当に軽くてチャラいし、たまに何を考えてるか分かんない。でも……いざという時に頼りになるし、あたしがどれだけ怒っても笑って受け止めてくれるところは、まあ……嫌いじゃないわ。たまに、男らしいところが出るから困るんだけど」 サミュエル → リナ: 「最高に可愛いマスコット的な後輩! 怒りっぽくてツンツンしてるけど、根は本当にいい子なんだよね。照れてツインテールを掴む仕草とか、もう反則級に可愛いし。これからもずっと、俺の隣で怒っていてほしいなって思ってるよ」