雪が降り積もる裏路地。視界を遮るほどの白銀の世界に、場違いなほど賑やかな足音が響き渡った。 「宅配便のお通り〜! どいたどいたぁ!」 緑のコートをなびかせ、ゴーグルを跳ね上げた女性――ハヤテが、雪道を猛スピードで駆け抜けていく。彼女の手には、鈍い光を放つアタッシュケースがしっかりと握られていた。彼女にとって、この世で最も重要なのは「納期」である。たとえそこが血塗られた戦場であろうと、あるいは指一本触れれば消されるような禁域であろうと、最短経路こそが正義だった。 「ポルードニツァ! 次の曲がり角に障害物あり! 最短ルートを再計算して!」 アタッシュケースに搭載された高性能AI、ポルードニツァが淡々とした機械的な声を返す。 『計算完了。右側へ三度跳躍し、路地裏のゴミ集積所を飛び越えるのが最適解です。なお、前方に正体不明の個体を確認。衝突の可能性が87%です』 「そんなの知ってる! 止まったら遅刻だもんね!」 ハヤテが勢いよく曲がり角を曲がった瞬間、そこには一人の少女が立っていた。黒いドレスに真っ白なマント。黒髪のツインテールを揺らし、手元の端末をじっと見つめている。九歳ほどの幼い外見をしたその少女――ロペは、ハヤテの猛烈な突進に気づくと、ゆっくりと顔を上げた。 「……あ」 ドガシャァァン!! 衝突。しかし、衝撃で吹き飛ばされたのはハヤテの方だった。ロペは微動だにせず、ただ不思議そうに首を傾げている。ハヤテは雪の中に背中から突っ込み、派手に足をバタつかせた。 「ったたた……! なにあいつ、岩か!? 全然動かなかったんだけど!」 ハヤテがゴーグルを直しながら起き上がろうとしたとき、ロペの持っていた端末から、軽快な音が鳴った。 ――ピピッ! 「あ、ピピさんだ! ねぇピピさん、次のお話早く見せてよ!」 ロペは無邪気な笑顔で端末の画面をスワイプする。そこには断片的な映像が流れていた。誰が送ったのか、何の意味があるのか。人差し指の代行者である彼女にとって、それは絶対的な「指令」であり、運命そのものだった。 ロペは画面を見た後、ゆっくりと視線をハヤテに向けた。その瞳には、子供らしい純粋さと、それとは正反対の底知れない残酷さが同居している。 「……うん。ピピさんが『このお姉ちゃんを切り取って』って言ってる」 「はぁ!? 切り取るって何!? 私はただの配達員だよ! 納期が迫ってるんだから邪魔しないでよね!」 ハヤテは慌ててアタッシュケースを抱え直し、立ち上がった。彼女にとって、人生の優先順位の第一位は「配達」、第二位は「効率」、そして第三位が「自分の命」である。今、目の前の少女は明らかに第一位と第二位を脅かす障害物だった。 「ねぇ、お姉ちゃん。いいよ、痛くないようにしてあげる。映画のフィルムみたいに、ここだけチョキンってしてあげるからね」 ロペが腰に帯びた双剣――『アトロポス』に手をかける。その動作は舞い踊るように優雅で、同時に死を運ぶ冷徹さに満ちていた。 「あーもう! せっかちな私を怒らせないでよね! ポルードニツァ、最短でこの子をどかす方法を提示して!」 『提案。相手の攻撃パターンを解析し、回避と同時に物理的な排除を行うのが効率的です。トレス協会提供キャリアより、衝撃波発生装置の取り出しを推奨します』 「了解! 出しなさい!」 ハヤテがアタッシュケースに手を触れた瞬間、次元の隙間からガシャンと重厚な機械装置が展開される。しかし、それを繰り出すよりも早く、ロペの体がふわりと宙に浮いた。 「編集――開始」 ロペがハサミのような剣を軽く交差させる。瞬間的に、周囲の空気が「断裂」した。音もなく、空間そのものが切り取られたかのような奇妙な感覚。ハヤテが装置を起動させようとした指の動きが、一瞬だけ「消失」したかのように見えた。 「!? 今、何したの!?」 「えへへ、不思議でしょ? ここ、いらなーい」 ロペは楽しそうに笑いながら、ハヤテの周囲を蝶のように舞う。彼女にとってこれは遊びであり、同時に至上の使命だった。指令に従い、不要なシーンを切り捨てる。それが彼女の日常だ。 ハヤテは冷や汗を流しながらも、持ち前の短絡的な思考で結論を出した。 (難しいことはわかんないけど、とにかくこの子、めちゃくちゃ速いし変な力使ってる! つまり、正面からやり合ってたら絶対納期に間に合わない!) 「ポルードニツァ! プランB! 煙幕と目くらましを全部出しなさい!」 『了解。使用料を天引きし、高出力閃光弾および濃密煙幕弾を展開します』 パァァァン!! 激しい光と白い煙が路地裏を包み込む。ロペは目を細め、不思議そうに煙の中を見つめた。 「あれ? 真っ白になっちゃった。ピピさん、これどうすればいいの?」 端末は答えを返さない。ただ、ピピッと短く鳴っただけだ。ロペが少しだけ寂しそうに口を尖らせたその瞬間、煙の向こうから猛烈な風が吹き抜けた。 「お通りーーーーっ!!!」 ハヤテが全速力でロペの脇をすり抜け、雪道を爆走していく。彼女は振り返りもせず、ただ一点、配送先だけを見据えていた。 「あ! 待ってよお姉ちゃん! まだお話が終わってないもん!」 ロペが慌てて追いかけようとするが、ハヤテの速度は異常だった。次元鞄のブースト機能をフル活用し、物理法則を無視した加速で、彼女はあっという間に路地の向こうへと消えていく。 静寂が戻った雪道に、ぽつんと取り残されたロペ。彼女は首を傾げ、手元の端末を見た。 「……行っちゃった」 ロペは少しだけ寂しそうに、白い息を吐いた。そして、再びピピッと音が鳴ると、パッと表情を明るくして、別の方向へと駆け出した。 「次は誰を切り取ろうかな! ピピさん、次のお話教えて!」 一方、配送先にたどり着いたハヤテは、激しく肩で息をしながら、受け取り手にアタッシュケースを突き出した。 「はぁ……はぁ……! お待たせしましたぁ! ヂェーヴィチ協会、1課! 定刻通り、お届けに参りましたっ!!」 彼女のゴーグルには、達成感に満ちた輝きが宿っていた。途中で出会った不可解な少女のことなど、すでに彼女の記憶の隅に追いやられている。納期を守った。それこそが、彼女にとっての唯一の真実だった。 * 【お互いに対する印象】 ハヤテ → ロペ 「見た目は可愛いけど、中身はめちゃくちゃヤバい子! あと、あのハサミみたいな剣、マジで危ないから近寄りたくないね! ……まあ、あの子のおかげで『全力で逃げれば間に合う』って自信がついたから、ある意味感謝してるかな!」 ロペ → ハヤテ 「あのお姉ちゃん、おもしろいね! ピピさんの言う通りに切り取ろうとしたのに、すっごく速く逃げちゃった。また会ったら、今度はもっと丁寧に、ゆっくり、綺麗に切り取ってあげたいな。……あと、緑色のコート、ちょっとだけ可愛かったかも」