秋の陽光が山々を黄金と朱に染める頃、東洋の深山にひっそりと佇む老舗旅館「栄愛之湯」は、静寂に包まれていた。しかし、その静寂は間もなく、あまりにも個性の強すぎる客たちの訪問によって破られることになる。 チームAの緋月天狐と眥乃屋楓香は、戦国時代から生きる主としての矜持を漂わせながら、悠然と山道を歩いていた。天狐は美少年らしい端正な顔立ちに、不気味なほど美しい緑色のオッドアイを輝かせている。彼は尊大な態度で、時折適当に道を外れながらも、「ふん、この地の気は悪くない。帝王の休息にふさわしいわ」と独りごちた。一方の楓香は、巨大な軍配斧『石動配』を背負い、軍略家らしい冷静な眼差しで周囲を警戒していた。「天狐様、あまりふらふらと歩かぬことです。迷えば効率が悪くなる」 一方、チームBのフィオリアとリースは、賑やかに山を登っていた。フィオリアは赤黒いローブをなびかせ、道端に咲く珍しい薬草を見つけては「あら、これは興味深い配合になりそうね」と瓶に採取していく。その後ろを、白いロングコートに身を包んだ小柄な少女、リースがぴょんぴょんと跳ねながらついていた。「ねえねえフィオリア!あそこの旅館、絶対面白いこと起きるよ!予感がするもん!」 四人が旅館の玄関に辿り着くと、そこには腰の曲がった、しかし眼光だけは鋭い経営主の婆さんが待っていた。 「……おぉ、よく来たねぇ。予約の入っていた方々かい」 「左様。我ら、休息を求めてここへ至った」と天狐が不遜に告げる。フィオリアがにこやかに微笑み、「よろしくお願いしますね」とチェックインを済ませると、一行は男女別々に割り当てられた大部屋へと案内された。 男部屋では、天狐と楓香が畳にどっしりと腰を下ろしていた。「ふむ、近頃の世は便利だが、やはりこういう古風な造りは落ち着く」と天狐。楓香は軍配斧を丁寧に壁に立てかけ、「最近の戦は火器の進化が激しすぎますな。たまにはこうして、思考を整理する時間も必要です」と、戦国時代からの悩みと趣味である軍略について静かに語り合った。 女部屋では、フィオリアとリースが布団を広げて盛り上がっていた。「フィオリアの研究所にあるあの変な液体、あれって飲めるの?」とリースが笑いながら尋ねる。「ふふ、毒ではないけれど、味は保証できないわね。それよりリース、あなたのその銃、また新しいモデルにしたの?」と研究者肌のフィオリアが興味津々に詰め寄る。二人の会話は止まらず、和気藹々とした時間が流れていた。 そして、待ちに待った夕食後。この旅館の目玉である、紅葉の絶景を望む貸切露天風呂の時間となった。竹垣一枚を隔てて、男湯と女湯に分かれた二つの空間。湯煙の向こうには燃えるような紅葉が広がり、天狐は「これぞ極楽よ」と目を閉じ、フィオリアたちは「気持ちいい~!」と声を上げていた。 だが、その至福の時間は、突如として地獄へと変わった。 ――ヴガアアアアアッ!!!!! 鼓膜を突き破らんばかりの咆哮と共に、男湯の壁を突き破って「暴れ狂う獣ゼフゲレンゲ」が乱入してきた。理性など微塵もない、ただ破壊と食欲に突き動かされた魔物の姿に、天狐は目を見開く。「何だこの野蛮な獣は!私の休息を邪魔するとは、万死に値するぞ!」 ゼフゲレンデは前脚を高く上げ、全力で横薙ぎの一撃『暴虐の腕』を放った。その凄まじい衝撃波は男湯を直撃し、さらに男女を隔てていた竹垣を完膚なきまでに粉砕した。 「きゃああああ!?」 「なっ……!?」 視界が開け、そこには湯船に浸かり、呆然とするフィオリアとリース、そして全裸の天狐と楓香がいた。現場は大混乱に陥る。 「この不敬者がぁぁ!」天狐が怒りと共に飛び出した。しかし、運悪く足元の床が濡れていた。ズザザッ!と盛大に滑り、そのまま勢いよくフィオリアの方へダイブする。フィオリアは驚いて身をよじり、結果的に天狐が彼女の胸元に顔を埋める形となり、二人はもつれ合って湯船へと水没した。「ぷはっ!貴様、どこを触っている!」 「もう!危ないわね!」フィオリアが慌てて魔力を練り、『ファイヤーストーム』を放つ。しかし、足元が滑って体勢が崩れ、火球はゼフゲレンデではなく、背後から援護に入ろうとしていた楓香の足元へ直撃した。「熱いっ!?フィオリア殿、狙いがずれているぞ!」 楓香は咄嗟に『疾きこと風の如く』を発動し、回転して敵を斬りつけようとした。だが、濡れた床での高速回転は制御不能のコマのようなものだ。そのまま回転しながら横滑りし、ちょうど立ち上がろうとしたリースに激突。リースは「わわっ!」と叫びながら、楓香に抱きしめられる形で一緒に湯船へ転落した。物理的な衝突によるラッキースケベが、戦場(風呂)の至る所で多発していた。 そこへゼフゲレンデが追い打ちをかけるように『咆哮』を放った。ヴィルルルゥ!という不気味な声が響き渡り、一同の判断力と敏捷性が著しく低下する。同時に、なぜか「破廉恥な事故が起きやすい」という不可解な因果律が現場を支配した。 「くっ……体が言うことを聞かん!」天狐が『金剛破滅』を地面に叩きつける。衝撃波でゼフゲレンデを吹き飛ばそうとしたが、あまりの滑りやすさに、打撃の反動で自分自身が後ろへ飛び、ちょうど戻ってきた楓香の上にのしかかった。互いの肌が密着し、なんとも言えない沈黙が流れる。 「……天狐様、どいてください」 「わ、分かっている!今どく!」 そんな混沌の中、リースが意を決して異次元空間から愛銃『リッタ』を取り出した。「もう!めちゃくちゃだよ!これで終わりにしてやる!」 リースは正確な狙撃を試みるが、足元が滑って重心がぐらつき、弾丸はゼフゲレンゲの耳元をかすめ、代わりに壁の装飾を破壊した。しかし、その隙にフィオリアが『レイブンストライク』を召喚。闇と風の鴉たちがゼフゲレンゲを包囲し、意識を逸らした瞬間、楓香が『動かざること山の如く』で地面を強打した。地殻変動によりゼフゲレンゲが宙に舞い上がり、そこへ天狐が空中から『猿舞豪把』で獣の首根っこをガッチリとキャッチした。 「終わりだ!帝王の怒りを知れ!」 天狐はそのまま『灰塵乱渦』へと移行し、獣を猛烈な勢いで回転させると、ちょうどフィオリアが放った最大火力の魔術の渦中へと投げ捨てた。爆風と共に、ゼフゲレンゲは意識を失い、湯船の外へと吹き飛ばされて転がった。静寂が戻った。ただ、そこにあるのは破壊された竹垣と、お互いの格好の悪さを晒し合った気まずい空気だけだった。 戦闘後の余韻。誰も口を開かなかった。天狐は顔を赤くし、フィオリアは視線を逸らし、リースはあははと乾いた笑いを漏らし、楓香はただ静かにため息をついた。 「……とりあえず、直しましょうか」 誰が言い出したのか、四人は協力して竹垣の修復に当たった。天狐の怪力で柱を立て、楓香が固定し、フィオリアが魔法で接合し、リースが(適当に)飾り付けをする。なんとか元の形に近いものは完成したが、所々継ぎ接ぎで、どこか不格好な仕上がりとなった。 彼らはその後、般若のような顔で待っていた婆さんの前に並び、深く頭を下げた。「本当に申し訳ございませんでしたぁぁ!」 その夜、それぞれの大部屋に戻った彼らは、布団の中で天井を見つめていた。天狐は「帝王として、あのような醜態を……」と絶望し、フィオリアは「あの時の感触、どう説明すればいいのかしら」と頬を染め、リースは「まあ、面白かったからいっか!」と快眠し、楓香は「戦術的に、濡れた床への対策を練るべきだった」と反省していた。 翌朝、彼らはチェックアウトを済ませ、栄愛之湯を後にした。 山道を下る四人の間に、心地よい、しかし少しだけ気まずい風が吹く。 「……まあ、たまにはこういう旅も悪くないな」天狐が、ぶっきらぼうに呟いた。 「そうね。データとしては非常に興味深い体験だったわ」フィオリアが微笑む。 彼らはそれぞれの帰路に着く。心に抑え込んだ「あのおかしな光景」を抱えながら。けれど、彼らの絆(あるいは共犯意識)は、あの大混乱の露天風呂を経て、不思議と深まっていたように見えた。