冷蔵庫の最上段、冷気の澱みにひとつだけ、黄金色に輝くプリンが鎮座していた。その発見から十分後、キッチンには異様な緊張感が漂っていた。 「いや、まず前提として、誰が食べるべきかって議論自体、時間の無駄だと思うんですよね」 ひろゆきが、例の小馬鹿にしたような笑みを浮かべて口を開いた。背中には不自然に巨大な四次元式リュックが鎮座している。 「だって、論理的に考えれば、一番『プリンを必要としている人間』が食べるのが正解じゃないですか。例えば、精神的に追い詰められているとか、低血糖で死にそうなとか。そういう客観的な指標がないままに、単に『食べたい』っていう感情で決めるのって、幼稚園児の喧嘩と同じだと思うんですけど」 「……っ、……そ、それは……」 ヨウカが、手元のUAR-10のボルトハンドルを無意識にいじりながら、どもりながら答える。 「……論理、的に……言うなら……。最も……生存能力が高く……。……この状況を……コントロールできる者が……管理すべき……。つまり……私のような、戦術的に……最適解を出せる人間が……食べるのが……効率的……」 「あはは、効率的にプリンを食べるって何ですか? 栄養摂取ならサプリメントでいいじゃないですか。わざわざプリンという不効率な形態で摂取することに、軍事的な意味があるんですか?」 ひろゆきが畳み掛ける。その横で、元メイドの女性が、おどおどとした様子で口を開いた。 「あ、あの……。私、王族に仕えていた頃に、お菓子の盛り付けだけは褒められていたんです。プリンの滑らかな質感は、まるで春に咲き誇る芍薬の……ああっ! また花の話を! すみません! でも、美しさを理解し、それを慈しむ心がある者が食べるべきだと思うんです。……つまり、私のような者が……っ」 「いや、花の話しすぎてクビになった人ですよね? その『集中力のなさ』でプリンを食べて、もしこぼしたりしたら取り返しがつかないじゃないですか。リスク管理の観点から見て、あなたに任せるのは危なすぎます」 「……ひどい……」 メイドがガックリと肩を落とす。そこへ、冷徹な圧力を纏った白髪の女性、ヌ・シロが静かに口を開いた。彼女はほうきを傍らに立てかけている。 「議論は不要。絶対王様の御前において、最強である私がこれを摂取する。それが秩序であり、この場の結論だ。異論がある者は、私の『排除』によって、存在ごと消し去る」 「うわー、出たよ『強いから俺のもの』っていう思考停止。それ、中世の蛮族がやってたことですよね? 現代的な議論を放棄して力で解決しようとするのって、頭悪い人の典型的なパターンだと思うんですけど」 ひろゆきの論破に、ヌ・シロの目がわずかに険しくなる。空気が張り詰め、今にも破壊光線が放たれそうな雰囲気になるが、ヨウカが冷静に口を挟んだ。 「……待って。……力で……解決したら……プリンが……爆発して……消える……。……それは……誰にとっても……損失……。……条件を……提示する……」 ヨウカが提案したのは、「この場にいる者の中で、最も『現状の不自由さ』を耐え忍んでいる者が食べる」という条件だった。しかし、ひろゆきはそれを鼻で笑う。 「それ、主観的すぎません? 誰が一番不自由か、どうやって測定するんですか? 測定不能な指標で決めるのは、議論じゃなくてただの運ゲーですよね」 議論は平行線を辿った。ひろゆきは論理(という名の屁理屈)で他者を否定し、メイドは情緒に訴え、ヌ・シロは権威を主張し、ヨウカは効率を説く。 だが、ふとひろゆきが自分の四次元式リュックを見た。 「あ、そういえば僕のリュックに、別の世界のめちゃくちゃ高いスイーツとか、回復アイテムの『金のリンゴ』とか入ってたわ。正直、このコンビニプリンにそこまで執着しなくていいかも」 一同が驚いて彼を見た瞬間、ひろゆきはニヤリと笑った。 「でも、あそこで絶望的な顔をしてたメイドさんが、一番『プリンというささやかな幸せ』を求めてるように見えましたし。まあ、僕が譲ってあげれば『いい人』っていう評価が手に入るし、それは論理的なメリットになりますよね」 「えっ……!? 私が……いいんですか?」 「いいですよ。その代わり、次から花の話を始めたら、僕がリュックから北朝鮮のミサイル出して、この家ごと飛ばしますからね」 「ひええっ! はい! 肝に銘じます!」 こうして、ひろゆきの(極めて打算的な)慈悲により、プリンを食べる権利はメイドに決定した。 メイドは震える手でスプーンを持ち、黄金色のプリンを一口、ゆっくりと口に運んだ。 「……っ!!」 滑らかな舌触りと、濃厚なバニラの香りが口いっぱいに広がる。王族に仕えていた頃に食べた最高級の菓子とは違う、どこか懐かしく、素朴で甘い味。彼女の目から、ぽろりと涙がこぼれた。 「おいし……いです……。なんだか、心の中まで、高恵の森に包まれたみたいに、あたたかくなります……」 完食し、至福の表情に浸るメイド。その様子を見て、参加者たちはそれぞれの反応を見せた。 ヌ・シロは「ふん、くだらぬ」と鼻を鳴らしながらも、どこか満足げにほうきを掃き始めた。ヨウカは「……まあ、妥当な……着地点……」と小さく呟き、諦めと共に肩の力を抜いた。 そしてひろゆきは、スマホをいじりながら、いつもの口調で締めくくった。 「まあ、結果的に平和に解決したし、これでいいんじゃないですかね。……あ、今の僕の譲歩、録画してSNSに上げていいっすか?」