薄暗い照明が落とされた、組織『ヘブンリージャッジ』の最上階にあるプライベートラウンジ。そこには、贅沢な革張りのソファと、選び抜かれたヴィンテージワインが並ぶ棚がある。静寂に包まれた室内で、心地よいジャズが低く流れていた。 金髪を美しくなびかせ、紫の衣装に身を包んだ美女――最高幹部の一人であるカナタは、手にしたワイングラスを軽く揺らしていた。耳元で揺れる宝石のイヤリングが、照明を反射して鋭い光を放つ。彼女は退屈そうに、しかしどこか満足げな表情で、向かいに座る男を見つめていた。 「……ねえ、ドライ。最近の新入りの教育はどう? 私が担当した連中は、美意識が低すぎて見ていられないわ。剣筋に迷いがあるし、何より立ち振る舞いが不格好なのよ」 カナタが不満げに口を尖らせると、橙色のメッシュが入った髪をかき上げた中年男性――組織のボスであるドライが、ふっと小さく笑った。三色のクラブストライプのスーツを完璧に着こなした彼は、強面な外見に反して、その眼差しには穏やかな慈愛のようなものが宿っている。 「相変わらず厳しいな、カナタ。お前の基準は高すぎる。美しさよりもまずは生存術だ。泥に塗れてでも生き残る術を教えなければ、この世界ではすぐに消される」 「生存術なんて、美しさを追求した結果として付いてくるものよ。急所を正確に斬り、無駄のない動きで相手を制する。それが至高の美であり、最強の生存術でしょう?」 カナタはグラスをテーブルに置き、しなやかな動作で足を組み替えた。彼女の態度は不遜に見えるかもしれないが、そこにはドライに対する絶対的な信頼と、彼にだけは許される甘えがあった。 ドライは手元の書類に目を落としながら、静かに答える。 「ふん、理想論だな。だが、お前のような尖った才能が組織に一人いるのは悪くない。適度な緊張感を与えてくれるからな。……まあ、お前が部下を大切にしているのは分かっている。口では突き放しながらも、裏で特訓に付き合っているんだろう」 「っ……! 余計なことを言わないで。私はただ、私の視界に不格好なものが入り込むのが耐えられないだけよ」 頬をわずかに赤らめて言い返すカナタに対し、ドライは呆れたように肩をすくめた。彼はゆっくりと立ち上がり、棚から一本のボトルを取り出すと、カナタのグラスに再び深紅の液体を注いだ。 「いい年になって、まだそんな反応をするな。……だが、そういう真っ直ぐなところがあるからこそ、お前は『四審』の一人に相応しい。妥協せず、平等に美を求める。その矜持こそが、部下たちの指針にもなっているはずだ」 ドライの言葉は簡潔だったが、そこには深い肯定が含まれていた。カナタはふいと視線を逸らしながらも、注がれたワインを一口含み、満足そうに目を細めた。 「……あなたには、敵わないわね。いつもそうやって、私の正解を先に提示しちゃうんだから」 「全盛期を過ぎた人間には、見るべき景色が変わるからな。今はただ、お前たちが私を超える姿を見たいだけだ。それが今の私の、唯一の贅沢だよ」 ドライが穏やかに微笑む。その顔は確かに強面で、戦場に立てば相手を絶望させる鬼神のような圧力を放つ男だが、今この瞬間だけは、ただの面倒見の良い師であり、父親のような包容力を持っていた。 カナタはふと、自分の指先を見つめた。彼女が扱う【合鍵】や【マスターキー】は、あらゆる拘束を解き、位置を固定する。しかし、彼女が心の底から「ここにいていい」と感じ、固定されている場所は、このドライの傍らだけだったのかもしれない。 「ねえ、ドライ。今度の休日、新しいブティックに付き合ってくれない? あなたのスーツも、そろそろ新しいラインナップを取り入れていい頃よ。今のストライプも悪くないけれど、もう少し私の色に合わせたコーディネートを提案してあげるわ」 「断る。俺はこのスーツが気に入っている」 「冷たいわね! ボスとしての権威を維持したいなら、最高幹部の美意識に合わせるべきよ。平等に、美しくね」 「お前の言う『平等』は、常に自分基準なのが問題なんだよ」 軽口を叩き合いながら、二人は静かな時間を共有する。組織の頂点に立つ者同士、孤独を共有できる相手がいるということは、何物にも代えがたい贅沢だ。 「……まあ、いいだろう。たまには付き合ってやる。ただし、店選びは任せるぞ」 「! 本当に? やった。じゃあ、最高の店を予約しておくわね。期待してなさい」 少年のような歓喜を見せるカナタを、ドライは苦笑しながら見守っていた。最高幹部として恐れられる美女が、自分の前でだけは年相応の、あるいはそれ以上の純粋さを見せる。 「まったく……お前は、本当に手のかかる部下だ」 「最高の褒め言葉として受け取っておくわ」 カナタは勝ち誇ったように笑い、再びワイングラスを掲げた。紫の衣装と金髪、そして橙色のメッシュを持つ中年男性。色のコントラストが強い二人だったが、その精神的な結びつきは、どんな鎖よりも強固に、互いを繋ぎ止めていた。 窓の外には、彼らが統べる夜の街が広がっている。混沌とした世界の中で、このラウンジだけは、完璧な調和と静寂に満ちていた。 「さて、買い物 얘기は終わり。そろそろ明日の作戦会議の資料をまとめろ。美意識だけで仕事ができると思うなよ」 「もう! せっかくいい雰囲気だったのに! ……分かったわよ、やればいいんでしょ。その代わり、明日の会議が終わったら、美味しいケーキ屋に連れて行ってね」 「……ああ。約束しよう」 ドライが小さく頷き、カナタが満足げに微笑む。組織のボスと最高幹部。残酷な世界を生き抜く二人の、ごくありふれた、けれどかけがえのない日常の一幕であった。 --- 【互いに対する印象】 カナタ → ドライ: 「最高に信頼できる、私の人生の指針。強くて冷静で、それでいて私のわがままを全部受け止めてくれる。たまに頑固で融通が利かないけれど、そんな不器用なところも含めて、彼こそが私にとっての『正解』なのよ」 ドライ → カナタ: 「生意気で、美意識にこだわりすぎる厄介な女だ。だが、その純粋さと真っ直ぐな強さは誰にも真似できない。危なっかしいところもあるが、今の彼女なら十分に任せられる。……まあ、たまに見せる年相応の顔に、つい甘くなってしまうのが俺の弱点だな」