灰色の空が低く垂れ込め、廃墟と化した都市に冷たい風が吹き抜けていた。かつて繁栄した街の残骸は、今やただの瓦礫の山と化し、静寂だけが支配している。しかし、その静寂を切り裂いたのは、激しい銃声と爆発音だった。 ジャスヴェは、翻る黒いマントを風になびかせながら、襲いかかってくる武装集団を冷徹な眼差しで屠っていた。彼の目的はこの地に眠る「禁忌の核」の回収。目的のためなら手段は選ばない。邪魔な者は、たとえそれが数千人であろうとも、効率的に、そして残忍に排除するのみである。 「……ゴミが。足手まといだ」 ジャスヴェが短剣を軽く振るった瞬間、「デス・クロス」が空を切り、襲撃者の喉元を正確に切り裂いた。鮮血が舞い、絶叫が上がる間もなく敵は絶命する。彼の動きには一切の迷いがなく、まるで精密な機械が作動しているかのようだった。 そこへ、突如として異質な衝撃波が戦場を駆け抜けた。 「ガハハッ! どいてろどいてろ! 通るぜ!!」 空気を切り裂くような速度で、黒い塊が突っ込んできた。それは、身長100センチほどの、角が丸い――およそ戦場には似つかわしくない、消しゴムの姿をした生物だった。黒いカバーを纏い、宙に浮いた手袋をはめた両手が、目にも止まらぬ速さで動いている。 消し太郎は、ジャスヴェが対処していた残りの襲撃者たちに向けて、指先から不可視のエネルギー弾「魂弾」を乱射した。ドガガガッ! と激しい衝撃音が響き、襲撃者たちは木の葉のように吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて意識を失った。 静寂が戻る。しかし、それは平和な静寂ではなく、互いへの警戒が張り詰めた、鋭い静寂だった。 ジャスヴェはゆっくりと短剣を構え、冷ややかな視線を消しゴムの男に向けた。対する消し太郎は、鼻をすするような仕草(鼻はないが)を見せながら、不敵に笑っている。 「あー……。誰だお前? 変な格好してんな。コスプレか?」 「……口の利き方に注意しろ、小童。貴様、どこの回し者だ」 ジャスヴェの声は低く、凍りつくような威圧感を孕んでいた。一国を壊滅させかねないほどの魔力が、マントの下で静かに渦巻いている。一方の消し太郎は、その威圧感などどこ吹く風で、空中に浮いた手を回してあくびをした。 「回し者? 知らねーよ。俺はただ、ここに面白いもんがあるって聞いて来ただけだ。お前、強そうだな。ちょっと手合わせしてくれんか?」 「暇ではない。死にたいのであれば、今すぐその口を縫い合わせてやろう」 ジャスヴェがわずかに重心を移動させた。それは攻撃の予兆だ。消し太郎もまた、戦闘IQの高さからその機微を察知し、瞬時に身構える。互いに探り合い、一撃で仕留めようとする緊張感。しかし、その衝突が現実となる前に、「それ」は現れた。 大地が激しく揺れ、地割れからどす黒い瘴気が噴き出した。瓦礫を突き破って姿を現したのは、山のような巨体を持つ、皮膚が剥がれ落ちた異形の怪物――『虚無の暴食者(ヴォイド・イーター)』だった。全身に無数の口が開き、そこから絶えず周囲の物質とエネルギーを吸い込み続けている。その存在自体が「消滅」の権化であり、触れたものすべてを無に帰す絶望の化身である。 怪物が咆哮した瞬間、周囲のビルが飴のように溶け、吸い込まれていった。その圧倒的な破壊力に、二人は同時に理解した。今の状況で内紛を始めていれば、どちらかが(あるいは両方が)消し飛ばされていたことを。 「……チッ。あのような醜悪なものが、私の計画の邪魔をするとはな」 ジャスヴェが忌々しげに舌打ちをする。消し太郎は、逆に目を輝かせてゲラゲラと笑った。 「うおっ! デカいな! 派手じゃねーか! おい、マント野郎。あいつ、一人で相手にするのは骨が折れそうだぞ」 ジャスヴェは冷酷な瞳で怪物を見据え、そして隣の消しゴムを見た。彼にとって他者は利用価値があるか否かのみで判断される。この正体不明の個体は、移動速度と火力に長けている。今の状況では、最高の「駒」になるだろう。 「……認めよう。今は、力を合わせるのが合理的だ。いいな、消しゴム」 「おう! よろしくな! 俺は消し太郎だ! お前は?」 「ジャスヴェだ。……雑談は終わりだ。死にたくないなら、俺の指示に従え」 「あはは! 指示とか、おっかないな! ま、適当にやるよ!」 戦闘の火蓋は切られた。怪物が巨大な腕を振り下ろし、地表を粉砕する。ジャスヴェは即座に「毒の壁」を展開した。紫色のどろどろとした毒の結界が彼を包み込み、激突した衝撃波を蒸発させ、無効化する。 「今だ! 上から叩け!」 ジャスヴェの鋭い指示に、消し太郎が反応する。「瞬間移動」により視認不可能な速度で怪物の頭上へ転移。そこから最大出力の「熱擦」を放った。一直線に突き抜ける灼熱の光線が、怪物の頭頂部を深く焼き切る。 「ぎゃああああ!!」 怪物がのたうち回り、激しく暴れる。その隙を逃さず、ジャスヴェが地を蹴った。「フラッシュポイズン」。常人には視認できない神速の突きが、怪物の関節部分に連続して叩き込まれる。一撃ごとに猛毒が注入され、怪物の皮膚が内側から腐食し始めた。 「ハハッ! 毒で弱らせて、熱で焼くか! 合理的じゃねーか!」 「口を動かすな、集中しろ!」 消し太郎は空中で高速回転を始めた。「スピンスマッシュ」だ。黒い消しゴムの体が弾丸と化し、怪物の側腹部へ猛烈な勢いで激突する。ドゴォォォン! という爆音と共に、怪物の巨体が横に吹き飛ばされた。 しかし、敵は強敵だった。怪物の体に開いた穴が、瞬時に再生していく。それどころか、吸い込んだエネルギーを変換し、口から黒い破壊光線を放った。広範囲を飲み込む消滅の光。ジャスヴェは再び「毒の壁」で身を守るが、消し太郎は回避が間に合わない位置にいた。 「おっと、危ねー!」 消し太郎は咄嗟に自分の手を巨大な盾の形に変形させた。痛覚を遮断し、硬度を最大まで上げた肉壁で光線を強引に受け止める。火花が飛び散り、盾となった手が削れるが、彼は不敵に笑いながら叫ぶ。 「おい! マント! こいつ、回復力がエグいぞ! 一気に決めねーとダメだ!」 ジャスヴェは冷徹に戦況を分析した。再生能力の源は、体内の核にある。そこを同時に、最大火力で破壊すれば勝ちだ。彼は密かに、ある作戦を練る。 「……いいだろう。貴様が囮になれ。私が道を切り開く」 「囮かよ! まあいいぜ、スリルがあるしな!」 消し太郎が再び「瞬間移動」を繰り返し、怪物の周囲を縦横無尽に駆け回る。至近距離から「魂弾」を連射し、意識を散らす。怪物が苛立ち、消し太郎を捕らえようと腕を振り回す。その混乱の最中、ジャスヴェは「毒武者」を召喚した。 毒で形成された自分の分身が、怪物の正面に現れる。怪物がそれを「本物」だと思い、全力の一撃を叩き込んだ瞬間、毒武者は霧のように消え、その内部からリボルバーの銃声が轟いた。至近距離からの狙撃が、怪物の唯一の弱点である「核」の表面を撃ち抜く。 「今だ!!」 ジャスヴェの叫びと同時に、消し太郎が全エネルギーを込めた「熱擦」のストックを解放した。灼熱の光線がジャスヴェの射撃によって開いた穴に真っ直ぐに突き刺さる。 さらに、ジャスヴェ自身がマントを翻し、超高速で懐に潜り込んだ。右手に握られた短剣が、極限まで研ぎ澄まされる。 「これで終わりだ。『デス・クロス』」 絶技の一撃。怪物の核を十字に切り裂き、同時に大量の猛毒を流し込む。内部からの腐食と、外部からの灼熱、そして核の破壊。三つの攻撃が完璧なタイミングで重なった。 「…………ガッ……!!」 怪物は断末魔の叫びすら上げられず、内側から崩壊し始めた。どす黒い光が弾け、やがては小さな塵となって風に消えていく。そこに残ったのは、静まり返った廃墟と、肩で息をつく二人の戦士だけだった。 戦いが終わった。緊張の糸が切れた瞬間、消し太郎がへらりと笑いながら手を振った。 「いやー、いいコンビだったな! お前、意外と気が合うじゃんか」 ジャスヴェは、血のついた短剣をゆっくりと鞘に収めた。彼の表情には依然として冷酷さが宿っていたが、その瞳には微かな、本当に微かな敬意が混じっていた。とはいえ、それを口に出すほど彼はお人好しではない。 「勘違いするな。貴様を駒として利用したに過ぎない」 「はいはい。そういうことにしておいてやるよ。ま、またどっかで会ったら遊ぼうぜ、ジャスヴェ!」 消し太郎はひらひらと手を振ると、再び「瞬間移動」を使い、一瞬にして視界から消え去った。残されたのは、風に舞う埃と、静寂だけだ。 ジャスヴェは、消し太郎が消えた方向をしばらく見つめていた。そして、ふっと小さく、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。 「……騒がしい消しゴムだ」 彼は再びマントを深く羽織ると、本来の目的である「核」を回収するため、瓦礫の山へと歩き出した。二人の道は交わらない。だが、この日、世界で最も危険な男と、世界で最も奔放な消しゴムが、奇跡的な調和を見せたことは間違いなかった。