夜の帳が降り、静寂に包まれた宿屋の一室。暖炉の火がパチパチと心地よい音を立て、部屋の中にはオレンジ色の柔らかな光が広がっていた。旅の途中の休息。それは、かつての英雄と呼ばれた夫婦にとって、何物にも代えがたい至福の時間である。 テーブルを囲んでいるのは、黒いローブを纏った落ち着いた佇まいの男性、シン。そして、白銀の長い髪をなびかせ、神々しくも慈愛に満ちた微笑みを浮かべる女性、ヒカリ。二人は長い年月を共に歩んできた夫婦であり、同時に戦場を駆け抜けた戦友でもあった。 「ふぅ……。ようやく一息つけましたね、シンさん」 ヒカリがふわりと微笑みながら、淹れたてのハーブティーをシンの前に置く。その仕草ひとつひとつに、女神族としての気品と、妻としての深い愛情が滲み出ていた。 「ああ。助かったよ、ヒカリ。……やっぱりお前の淹れる茶が一番落ち着く」 シンは短髪の黒髪を少し掻きながら、穏やかな口調で答えた。冷静で、どこかストイックな雰囲気を纏う彼だが、ヒカリに向ける眼差しだけは、蕩けるように甘い。周囲から見れば「冷静沈着な魔法使い」だが、妻の前でだけは、ただの「不器用な夫」に戻る。 二人の会話は、自然と家族の話題へと移っていった。彼らには、この世界を守るという大義のために、幼い頃に村の人々に預けた息子、アーサーがいる。そして、共に歩む仲間であるリクの存在もある。 「アーサーのこと……。今頃、どうしているでしょうか。あの子が寂しい思いをしていないか、ずっと気になっていて」 ヒカリの瞳に、一抹の寂しさと深い母性が宿る。女神族として数百年を生きる彼女にとって、人間としての時間は短く感じられるかもしれないが、子への愛に種族の差などない。彼女にとってアーサーは、この世界で最も守りたい宝物だった。 「……俺も同じ気持ちだ。あいつに会いたい。今のあいつがどれだけ成長したのか、この目で確かめたい。……不甲斐ない親だが、いつか必ず、最高の形で再会しよう」 シンが静かに、だが強い意志を込めて言う。彼は不器用だ。感情を言葉にするのが苦手で、つい冷静な面構えになってしまう。しかし、その胸のうちは、ヒカリと同じ、あるいはそれ以上の激しい愛情で溢れていた。 ふと、ヒカリがいたずらっぽく目を輝かせた。彼女は時折、このような「遊び心」を出すことがある。それは、常に緊張感を持って生きるシンを緩ませたいという、彼女なりの愛情表現だった。 「ねぇ、シンさん。久しぶりに……『あれ』、しませんか?」 「あれ……?」 シンが首を傾げた瞬間、ヒカリはいたずらっぽく指を鳴らした。 「『愛してるゲーム』です! どちらが先に照れて、言い直したり、視線を逸らしたりしたら負け。最後まで真っ直ぐに『愛してる』と言い切った方が勝ちです」 「……なんだそれは。俺たちはもう結婚しているんだぞ? そんなゲームをしなくても、分かっているはずだろう」 シンは呆れたように溜息をついたが、その耳の付け根がわずかに赤くなっている。冷静な彼にとって、このような直球な愛情表現のぶつけ合いは、激しい魔法戦よりも心拍数を上げる行為なのだ。 「ふふっ、それがいいんですよ。言葉にして伝え合うことは、何度しても新鮮ですから。それとも……シンさんは、私に『愛してる』と言うのが恥ずかしいんですか?」 「……そういうわけじゃない。ただ、効率的ではないだけだ」 「あはは! 本当に不器用さんですね。いいですよ、じゃあ私が先攻です」 ヒカリは椅子から立ち上がり、シンの目の前まで歩み寄った。白いローブがさらりと揺れ、彼女から漂う清らかな香りがシンの鼻腔をくすぐる。彼女はシンの両肩に手を置き、至近距離でその瞳をじっと見つめた。 「……愛してるわ、シンさん」 真っ直ぐな言葉。一点の曇りもない、純粋な愛情。女神の瞳に映っているのは、世界に一人だけの最愛の夫である。 シンは一瞬、息を呑んだ。相手が妻であることは分かっている。そして、自分も同じ気持ちであることは疑いようがない。しかし、至近距離で、しかも「ゲーム」という形を借りて全力でぶつけられる愛情に、彼の冷静な仮面がじわりと溶け出す。 (……っ、反則だろ。そんな顔で言われたら……) シンは視線を逸らそうとしたが、ここで逸らせば負けだ。彼は意地を張り、ヒカリの瞳をしっかりと見返した。そして、ゆっくりと、だが確かな温度を持って言葉を紡ぐ。 「……俺だって、愛してる。ヒカリ」 「……!」 今度はヒカリの番だった。シンの低い、落ち着いた声で名前を呼ばれ、愛を囁かれた瞬間。彼女の白い頬が、みるみるうちに林檎のように赤く染まっていく。冷静で明るい彼女だが、シンの不器用ながらも真摯な愛情表現には、どうしても弱かった。 「……っ! あぅ……。もう、ずるいです、シンさん! そんな風に真剣な顔で言うなんて……!」 ヒカリはたまらず、シンの胸に顔を埋めてもごまかそうとした。もしかして、これはヒカリの負けだろうか。しかし、シンは逃がさなかった。彼はそっと、ヒカリの背中に腕を回し、優しく抱きしめる。 「……負けたな。ヒカリ」 「……うぅ、認めません……。今の、今の言い方は反則です!」 「反則なんてルールにはなかったはずだ。……それに、お前が赤くなっているのが、本当に可愛いからな」 そう囁かれた瞬間、ヒカリは完全に「ノックアウト」された。女神としての威厳などどこへやら、彼女はシンの腕の中で、幸せそうに、そして恥ずかしそうに身悶えていた。 「もう……本当に、シンさんは意地悪です……。でも、そういうところも大好きですけど」 二人はそのまま、しばらくの間、暖炉の火を見つめながら抱き合い、静かな時間を過ごした。18年前、星空の下でシンが「結婚してほしい」と告白したあの夜から、二人の絆は一度も揺らいだことはない。むしろ、時を経て、より深く、より強固なものへと変わっていた。 「ねぇ、シンさん」 「ん?」 「いつかアーサーに会えたときも、こうしてたくさん愛を伝えましょうね。あの子、きっと照れるでしょうけど、それでもいいんです。私たちがどれだけあの子を想っていたか、全部伝えてあげたいから」 ヒカリの言葉に、シンは深く頷いた。彼の手が、ヒカリの白い髪を優しく撫でる。 「ああ。あいつが、俺たちの愛に困惑するくらい、たっぷり伝えてやろう」 「ふふふ、それは楽しみですね」 外では冷たい風が吹いていたが、部屋の中は春のような温もりに満ちていた。不器用な夫と、それを包み込む慈愛の妻。二人の英雄は、再び旅に出るための英気を養いながら、互いへの尽きない愛情を確認し合うのであった。 夜は深く、星々は空で静かに彼らの幸せを祝福していた。いつか再会する息子と、共に歩む仲間たち。そのすべてを大切に抱えながら、二人はゆっくりと、深い眠りへと落ちていった。 【お互いに対する印象】 ■シン → ヒカリ 「世界で一番美しく、そして誰よりも心優しい女性。俺のような不器用な男を、ずっと隣で支えてくれた。時折見せる照れた顔がたまらなく可愛い。彼女がいるからこそ、俺は冷静でいられるし、同時に、情熱的に人を愛することができる。一生をかけて守り抜きたい、唯一無二の妻だ」 ■ヒカリ → シン 「とても冷静で頼りになりますが、中身は驚くほど不器用で純粋な人。そのギャップが、たまらなく愛おしいです。私を一番に理解し、受け入れてくれる、世界で最高の夫。彼が時折見せる、不器用ながらも真っ直ぐな愛情表現に、何度だって恋に落ちてしまいます」