薄暗い廃工場地帯。錆びついた鉄骨が骸骨のように突き出し、冷たい風が吹き抜けるその場所に、少年はいた。 「あーあ、もー! ったく、いいところに来たってのに邪魔が入るなんて最悪だぜ!」 もっさりとしたマッシュヘアの間からぴょこんと突き出た狼耳が、苛立ちに合わせて激しく震えている。連撃魔を自称する少年、バンチは、足元の瓦礫を蹴飛ばした。彼の周囲には、彼を襲撃した正体不明の武装集団が、見るも無惨な姿で転がっていた。裸足の足裏で冷たいコンクリートを感じながら、バンチは拳を軽く打ち鳴らす。 だが、戦いは終わっていなかった。背後から忍び寄る殺気。バンチが反射的に身を翻し、鋭い蹴りを繰り出そうとしたその瞬間――。 「デェーーン!!!!!」 鼓膜を直接殴られたかのような、凄まじい爆音。衝撃波が周囲の空気を震わせ、襲撃者の残党たちが文字通り「吹き飛んだ」。バンチはあまりの音量に耳を塞ぎ、地面に転がる。 「いっっっっったあああああ!! なんだ今の!? 耳が、オレの自慢の耳が死ぬかと思ったぞ!!」 涙目で顔を上げたバンチの視線の先にいたのは、奇妙な存在だった。人間ではない。かといって獣人でもない。それは、赤地に黄金の鎌と槌が描かれた……丸い、球体のような生き物。いや、「国」そのものであると自称する存在、【伝説の連邦】ソ連であった。 ソ連は無表情(ボールなので表情はないが、漂う威圧感でわかる)にバンチを見下ろしている。バンチは警戒して飛び起き、拳を構えた。相手が何者か分からない。だが、今の攻撃は明らかに攻撃的だった。 「あんた、今の音、わざとだろ! 誰だ! オレの仕事の邪魔しに来た刺客か!?」 ソ連は低く、地響きのような声で応える。 「……私は国だ。ソ連である。貴様が誰かは知らんが、この地域の不浄なるものを排除しに来たまでだ。それにして、騒がしい獣人がいたものだな」 「なっ! 獣人って言うな! 半狼獣人の少年、連撃魔バンチ様だ! それに、騒がしいのはあんたの方だろ!」 バンチは憤慨して飛び跳ねる。しかし、ソ連は動じない。その静かな威圧感と、物理的に「巨大な質量」を感じさせる存在感に、バンチは本能的に「こいつは強い」と感じた。腕試しをしたい欲求が湧くが、今は目的がある。そして、ソ連の目(のように見える部分)もまた、この場所の奥にある「何か」を追っているようだった。 互いがにらみ合い、火花を散らしていたその時。工場の最深部、巨大な溶解炉の影から、「それ」が現れた。 ――【虚無の捕食者・ヴォイド・レヴィアサン】。 それは形を持たないどろどろとした黒い粘液の塊でありながら、無数の鋭い牙と、血走った巨大な眼球を全身に備えた、絶望的なまでの質量を持つ怪物だった。その周囲の空間は歪み、触れるものすべてを分解し、吸収していく。彼が一声咆哮しただけで、周囲の鉄骨が飴のように溶け落ちた。 「うげっ……! デカすぎだろ! あんなの、一人で相手にするのは骨が折れるぜ」 バンチがたじろぐ。一方で、ソ連は静かに戦闘態勢に入った。カントリーボールとしての密度が増し、周囲に冷徹な軍事的威圧感が漂い始める。 「……目的は同じようだな。あの化け物を消し去ること。貴様、戦えるか。獣人よ」 バンチは一瞬だけ呆気にとられたが、すぐにニカッと笑った。お調子者な彼にとって、強そうな相手との共闘は最高の娯楽だ。 「へへん、余裕! 連撃魔バンチをなめんなよ! いいぜ、今は力を合わせてやろうじゃないか。あいつをボコボコにした後で、どっちが強いか決めようぜ!」 「ふん、子供のような提案だ。だが、効率的であることは認める。作戦は単純だ。私が正面から圧力をかけ、貴様がその速度で隙を突け」 「了解! 指示されるのは嫌いだけど、あんたのそのデカい体はいい壁になりそうだからな!」 戦いの火蓋は切られた。 ヴォイド・レヴィアサンが、触手のような粘液の腕を猛烈な速度で振り下ろす。地面が砕け、衝撃波が走る。だが、そこにはすでにソ連が陣取っていた。 「Дин! Союз нерушимый республик свободных!(不滅の連邦、自由な共和国たちよ!)」 ソ連が叫ぶと共に、その周囲に目に見えない巨大な障壁が展開される。連邦の面積、約2240万平方キロメートルという圧倒的な「空間的概念」を圧縮して展開した防御壁だ。レヴィアサンの攻撃が壁に激突し、激しい火花が散る。しかし、その衝撃でソ連の体もわずかに押し戻される。 「今だ! 行け、バンチ!」 「おうっ!!」 バンチが弾丸のように飛び出した。裸足の足がコンクリートを蹴り、空気を切り裂く。彼の狙いは、レヴィアサンの中心にある巨大な眼球だ。 「リードブロー!!」 鋭い踏み込みから放たれた一撃が、怪物の眼球の端を正確に捉える。ガキィィィィ! という硬い音が響き、レヴィアサンが苦悶に顔を歪ませた。スキルの効果により、レヴィアサンの「回避行動」が一時的に封印される。 「ひゃっほう! 当たった! ここからがオレのターンだぜ!」 封印に成功したバンチは、そのまま空中で身を翻し、追撃を叩き込む。 「ワンツー!!」 さらに速度を増した連続突きが、眼球の周囲を激しく打撃する。二撃目がヒットした瞬間、さらなる封印が発動。今度は「防御行動」が封じられた。怪物はもはや、ただの肉塊としてバンチの攻撃に晒されることになる。 「いっけえええ! 怒涛四連!!」 バンチの拳が、目にも留まらぬ速さで四連続の衝撃を刻み込む。ドゴォ! バゴォ! ズゴォ! ドッッッ!! 凄まじい打撃音と共に、レヴィアサンの体の一部が弾け飛び、黒い粘液が四散した。 しかし、敵は強大だった。ダメージを受けたレヴィアサンが激昂し、全身から黒い針のような破片を全方位に射出した。 「げっ!?」 避けきれない。バンチの肩と脇腹に数本の針が突き刺さる。鮮血が舞い、バンチは地面に激しく叩きつけられた。 「あいたたた……! クソッ、やっぱりタフすぎるぜ……」 だが、バンチの瞳に絶望はなかった。むしろ、その瞳には怪しい光が宿っていた。彼のスキル【闘魂】。体力が減少すればするほど、彼の身体能力は跳ね上がる。傷ついたことで、バンチの筋肉が活性化し、全身から熱い蒸気が立ち昇り始めた。 「へへ……っ、いいぜ。もっと来いよ。痛い分だけ、パワーが溜まるんだ!」 「……無茶な戦い方をするな。だが、その蛮勇だけは評価してやろう」 ソ連が再び前進する。今度は防御ではない。ソ連の周囲に、赤き星の紋章が浮かび上がり、巨大な圧力となってレヴィアサンを押し潰そうとする。 「Сплотила навеки Великая Русь!(偉大なるルーシが永遠に結集せよ!)」 圧倒的な質量攻撃。ソ連が文字通り「国としての重み」を叩きつけることで、レヴィアサンの動きを完全に固定した。逃げ場を失い、地面にめり込む怪物。 「今だ! トドメを刺せ! 少年!」 「言われなくてもやってやるよ! 見てろよ、これがオレの最強の一撃だ!!」 バンチは地を蹴った。今までの攻撃とは比較にならない加速。【闘魂】による最大出力のパワーとスピードが、彼を光のような速さへと変える。彼は空中で高く舞い上がり、全身の力を右拳に集約させた。 これまでの戦いで繰り出した数えきれないほどの打撃。そのすべての衝撃が、彼の拳に共鳴し、蓄積されていく。 「レゾナンスブローーーーーッ!!!」 轟音と共に放たれた一撃は、もはや拳ではなく、巨大な衝撃波の塊だった。ソ連が固定したレヴィアサンの中心に、その一撃が真っ向から突き刺さる。 ドガアアアアアアアアアン!!!!! 工場全体が揺れるほどの爆発的な衝撃。レヴィアサンの巨体は内側から崩壊し、黒い粘液となって霧散していった。最後の一撃が通り抜けた後、そこには巨大なクレーターだけが残されていた。 静寂が訪れる。バンチは肩で息をしながら、ゆっくりと地面に降り立った。右拳からはまだ煙が上がっている。 「ふぅ……。あー、疲れた! けど、今の最高に気持ちよかったぜ!!」 バンチが満面の笑みで振り返ると、そこには相変わらず無表情(?)なソ連がいた。 「……ふむ。連撃魔と名乗るだけはあるな。貴様の攻撃精度と爆発力は、我が連邦の軍備に匹敵するかもしれん」 「へへん! だろ? あんたも結構いい壁だったぜ。ソ連さんって呼んでいいか?」 「……勝手にしろ。だが、次は礼儀を教え込まねばならんな。貴様の口の軽さは、外交上の致命的な欠陥となり得る」 「えーっ! せっかく仲良くなれたと思ったのに、また説教かよ!」 文句を言いながらも、バンチの尻尾はパタパタと嬉しそうに振れていた。正反対の種族、正反対の性格。しかし、死線を共に越えた二人の間には、奇妙な信頼関係のようなものが芽生えていた。 「ま、いいや! お腹空いたし、なんか美味いもんでも奢ってくれよ、ソ連さん!」 「……私は国だ。予算の申請に時間がかかる」 「えええええ! そんなの遅すぎるだろ!!」 廃工場の夕暮れ時。少年と国の賑やかな言い合いが、いつまでも響き渡っていた。