薄暗い廃都。かつて栄華を極めた都市は今や骸のようなコンクリートの森と化し、重苦しい静寂が支配していた。そこに、不釣り合いな二つの影があった。 一人は、若々しくも底知れない眼光を持つ男、未来予知し。彼はある「目的」を果たすため、この地に赴いていた。だが、行く手を阻んだのは、正体不明の襲撃者たち――異形の怪物たちが群れをなして彼に襲いかかった。未来予知しは眉一つ動かさない。彼にとって、敵の攻撃はすべて「既知」だった。彼がわずかに指を弾くと、不可視の衝撃波が襲撃者の脳を内側から粉砕し、絶叫さえ上げさせずに肉塊へと変えた。 そこへ、もう一人の影が舞い降りた。長い白髪をなびかせ、黒い和服を纏った老人、上浦源流斎である。彼は襲撃者の最後の一匹を、まるで風が木の葉を払うかのような軽やかな一閃で切り裂いた。刀身に血の一滴さえ残さぬ鮮やかな剣筋。源流斎はゆっくりと刀を鞘に収め、飄々とした笑みを浮かべて未来予知しを見た。 「おやおや。お主も、この不浄な場所を掃除しに来た若き才子か」 未来予知しは即座に警戒態勢に入った。彼の脳内では、すでに数千通りのシミュレーションが走っている。目の前の老人はただの老人ではない。筋肉の弛緩、重心の置き方、呼吸の深さ。すべてが「完璧」に制御されていた。未来予知しの能力が告げる。この男に攻撃を当てることは、論理的に不可能に近い。 「……あんたは誰だ。この区域は俺が管理している。邪魔をするなら消えてもらう」 「はっはっは。管理とは大層な。儂はただ、ある『化け物』を斬り伏せたいだけよ。だが、お主の眼……ただの人間ではないな。未来を視ているか」 互いに探り合う。未来予知しは思考を読み取ろうとしたが、源流斎の心は静まり返った湖のように凪いでおり、読み取るべき「動揺」や「殺意」が一切ない。一方の源流斎も、神眼を用いて未来予知しの身体構造を透視していた。筋繊維の躍動、脳の異常な活性化。常人を超越した特異個体であることは明白だった。 張り詰めた空気の中、突如として空が割れた。物理的な破壊ではなく、空間そのものがガラスのように砕け散り、そこから「絶望」を具現化したような存在が這い出してきた。 【虚空の暴君・ゼノス】 高さ十メートルを超える、漆黒の甲殻に覆われた多腕の怪物。その周囲では重力が乱れ、地面が飴のように溶けている。ゼノスの咆哮一声で、周囲のビルが共鳴し、粉々に砕け散った。彼こそが、未来予知しと上浦源流斎、両者が追っていた共通の標的であった。 ゼノスが巨大な腕を振り下ろす。その速度は音速を遥かに超え、空間ごと押し潰す一撃。だが、二人は同時に動いた。 未来予知しは、あらかじめその攻撃がどこに届くかを予知し、ミリ単位の回避で衝撃波をすり抜ける。同時に、彼はゼノスの思考を読み取り、その攻撃の「本質」を吸収した。衝撃波のエネルギーが彼の身体に蓄積され、さらに強固な力へと変換される。 「……チッ、しぶといな。だが、この攻撃のパターンはもう読み切った」 一方の源流斎は、避けることさえしなかった。彼はただ、静かに刀を構え、ゼノスの巨大な腕が触れる寸前で、最小限の動きで刃を滑らせた。 「上浦流神身――受け流し」 ガギィィィィン! という鼓膜を劈く金属音が響く。ゼノスの絶大な膂力による攻撃が、源流斎の刀に触れた瞬間、そのベクトルが完全に変換された。攻撃の勢いそのままに、源流斎の身体は回転しながら宙に舞い上がり、ゼノスの腕を支点にして、その甲殻の隙間へと鋭い斬撃を叩き込んだ。 「ふむ。なかなかの力よ。若き方、どうやら一人で片付けるには少々時間がかかりそうだな」 未来予知しは鼻で笑ったが、その眼は冷静に戦況を分析していた。ゼノスの防御力は異常だ。物理的な斬撃や衝撃だけでは、決定打に欠ける。だが、この老人の「受け流し」があれば、防御を突破する隙を作れる。 「……いいだろう。今は力を合わせる。あんたが奴の注意を引きつけ、受け流して隙を作れ。俺がその一瞬で、奴の心臓を破る」 「話が早くて助かる。では、儂が舞い踊ろう。お主は最高のタイミングで『答え』を出せ」 戦闘が加速する。ゼノスは苛立ち、十本の腕から同時に破壊光線を放った。周囲が白光に包まれる地獄絵図。しかし、未来予知しは死を予知し、その瞬間的に過去へと意識を飛ばして分析を完了させた。彼は死ぬことはない。死ぬたびに知能と力は千倍に跳ね上がる。数え切れないほどの「死のシミュレーション」を経て、彼は最強の最適解に到達した。 「今だ!」 未来予知しの叫びに合わせ、源流斎が地を蹴った。神眼がゼノスの筋繊維のわずかな弛緩を捉える。ゼノスが最大火力の光線を放とうとした瞬間、源流斎はその光線の軌跡に完璧に刃を合わせた。 「相殺」 一閃。光線そのものを両断し、そのエネルギーをそのまま前方へと反射させる。反射された光線がゼノスの胸甲を内側から突き破り、一瞬の絶叫と共に、完璧な防御を誇った甲殻に巨大な亀裂が入った。 その隙を、未来予知しは見逃さない。彼はすでに、ゼノスの脳がどのような反応を示し、どの神経系が麻痺するかをすべて把握していた。天才の脳が弾き出した、唯一にして絶対の死線。 「終わりだ。消えろ」 未来予知しの右手に、凝縮された純白のエネルギーが集束する。それは吸収したすべての攻撃と、死のたびに増幅された絶大な力が結晶化した一撃。 「デスビーム」 極細の光線が、源流斎が作った亀裂を通り抜け、寸分違わずゼノスの心臓へと突き刺さった。心臓を破るだけでなく、その衝撃は脳まで到達し、内側から完全に粉砕した。ゼノスは悲鳴を上げる暇もなく、その巨体を崩し、黒い塵となって霧散していった。 静寂が戻る。戦いの跡には、深いクレーターと、二人の男だけが残されていた。 源流斎はゆっくりと刀を納め、深く息を吐いた。 「ふぅ。実に見事な一撃であった。予知と分析、そして圧倒的な力。お主のような者が隣にいてくれれば、いかなる敵も恐れるに足らぬな」 未来予知しは、自身の手に残る熱を消し、冷淡な表情のまま源流斎を見た。だが、その瞳には微かな敬意が宿っていた。相手の力を利用し、神以上の剣技で道を切り開く老人。もし本気でぶつかり合えば、どちらが勝つかは予知しなくてもわかる。果てしない戦いになるだろう。 「……あんたの『受け流し』は、計算外だった。少しは評価してやる」 「はっはっは。若者に評価されるとは、儂もまだまだ現役よ。さて、目的は達した。ここでお別れか」 源流斎は飄々と手を振り、ゆっくりと廃都の霧の中へと消えていった。未来予知しはその後姿をしばらく見送っていたが、やがて背を向け、自らの目的地へと歩き出す。 互いに相容れない力を持つ二人。だが、この日、彼らは最強の共鳴を経験した。世界が崩壊し、再び絶望が訪れたとき、再びこの「予知」と「受け流し」が交差することがあるかもしれない。