王国が管理する冒険者ギルドの最深部。一般の冒険者が立ち入ることのできない職員専用会議室では、重苦しい沈黙と、紙が擦れる音だけが響いていた。 円卓を囲むのは、ギルドの査定を司る精鋭職員4名。彼らの前には、王国諜報部から極秘に届けられた4枚の手配書が並んでいる。諜報部からの伝言は簡潔だった。「これらは既存の枠組みでは測れない特異個体である。適切な懸賞金を付け、可能な限り迅速に排除、あるいは拘束せよ」と。 「さて……。今回の依頼は厄介だな。どれもどいつも、まともな人間じゃない」 口を開いたのは、進行役のゼノスである。彼は40代後半の男性で、ギルドの【査定主任】を務めている。口調は冷静沈着だが、経験に裏打ちされた皮肉屋な一面がある。元は宮廷魔導師だったが、政治的な権力争いに嫌気がさしてギルドへ転身した経歴を持つ。彼は眼鏡のブリッジを押し上げ、1枚目の手配書を指先で叩いた。 「まずはこの『ブリンコ』とかいう女だ。見た目は金髪の美少女だが、顔にイカスミを塗っているという奇行。武装が『便座カバー』。笑えない冗談だと思っていたが、諜報部の報告書を読むと戦慄するな」 「あはは! 便座カバーで戦うなんて、正気じゃないわね!」 快活に笑ったのは、若手職員のミア。20代前半の女性で、役職は【情報分析官】。元は没落貴族の娘だが、類まれなる記憶力と分析能力を買い上げられた。口調は軽いが、数字に強い現実主義者である。彼女が資料をめくる。 「でも、ここを見てください。彼女は10つ子。1人見つけたと思ったら、実はあと9人が潜んでいる。しかも連携が完璧。個々の能力は平均的ですが、10人が一体となって動くバーサーカー集団……これは街一つを混乱に陥れるのに十分な脅威ですよ」 「数による暴力か。最も質の悪い戦い方だな」 溜息をついたのは、屈強な体格の男、ガラム。30代の【現場統括責任者】。元は前線で戦っていたAランク冒険者で、現在は後進の指導と危険度判定の物理的側面を担当している。口調はぶっきらぼうだが、情に厚い。彼は腕を組み、唸った。 「1人でいいならCランクだが、10人で連携して襲ってくるなら話は別だ。しぶとさもゴキブリ並みだという。捕獲コストを考えれば、相当な額を積まないと誰も引き受けんぞ」 「同意する。危険度はB、懸賞金は相応に設定しよう」 ゼノスが手短にメモを書き込み、2枚目の手配書へ視線を移した瞬間、部屋の空気が凍りついた。そこには銀髪赤眼の男、『ミラガイア・晴天・サンライズ』の名が記されていた。 「……正気か? 諜報部はこれを本当に『個人』として出してきたのか」 ゼノスの声が低くなる。ミラガイア。5万人の精鋭を率いる『天廻革命団』の総団長。そのカリスマ性はもとより、記載されているスキル【革命-天廻-】の内容が絶望的だった。空間ごと斬り、亜光速で移動し、概念すら無効化する。 「5万人……! 組織としての脅威だけでも国家レベルですが、団長本人の戦闘力がこれでは、もはや『災害』です」 ミアが戦慄し、声を震わせる。ガラムも顔を強張らせた。 「概念無効に亜光速。こんな奴を誰が狩る? ギルドに所属している全Sランクを召集しても、一瞬で首を飛ばされるだろう。これはもはや『懸賞金』という概念が意味をなさないレベルだ。彼が本気で世界を獲りに行くなら、我々にできるのは祈ることだけだろうな」 「だが、貼らねばならん。これが王国の決定だ。危険度は最高ランク、ZZ。金額は……国家予算を削ってでも提示せねば、誰も名乗り出ない。天文学的な数字を書き込むしかないな」 ゼノスは苦い顔をしながら、震える手で極めて高額な数字を記入した。 続いて3枚目。黒いウインドブレーカーに身を包んだ少女、『セラ』の手配書である。 「黒化魔法少女か。所属組織『コラプス』というところだな」 ミアが分析を始める。「元は量産型の戦闘員だったようですが、努力と才能で幹部まで登り詰めた苦労人……という、意外と人間味のある経歴です。ですが、汚染された風の魔法と加速キック。遠近両方に対応できるため、攻略には相応の戦術が必要です」 「ポンコツ可愛いと書いてあるが、戦場ではその隙が罠になる。シゴデキな幹部ということだ。危険度はS、あるいはAの上限あたりか」 ガラムの判定に、ゼノスが頷く。「組織への忠誠心が強い。単独で動いているのではなく、背後に『コラプス』という組織があることを考慮し、危険度Sとしよう。捕らえれば組織の内部情報を得られるため、生け捕り推奨の懸賞金を付ける」 そして最後に、最も不可解な手配書が提示された。 「……大同 翳(だいどう かげる)。ステータス、すべてゼロ。攻撃力ゼロ、魔力ゼロ、素早さゼロ」 ゼノスが困惑したように眉をひそめる。そこに描かれているのは、褪せた白シャツに穴あきジーンズという、あまりに冴えない中年男性の姿だった。しかし、その横には橙色のバニーガール、『大同 夕子』という存在が記されていた。 「おい、この『自他全・諸行無常』ってスキルは何だ? 全能知に全攻防、さらに『作者』まで含まれているぞ。書き間違いじゃないのか?」 ガラムが呆然と呟く。ミアが必死に資料を読み込むが、顔色が変わっていく。 「……分かりません。数値上は完全な一般人、あるいはそれ以下。ですが、この『夕子』という存在が彼に付随している限り、理論上の防御力は無限、攻撃は概念的な消滅に近い。さらに愛銃『マイルド7』による脊髄抜きという凄惨な攻撃手法が報告されています。ステータスがゼロなのは、『測れない』からではなく、『必要ない』からではないでしょうか」 会議室に静寂が訪れる。ステータスがすべてゼロの男が、実は世界で最も不可解で、かつ危険な存在である可能性。正体不明の恐怖は、数値化された強さよりも遥かに底が知れない。 「……正体不明。判定不能。だが、諜報部の警告を信じるなら、この男に接触した者は全員消されている。危険度はZ。ミラガイアとは異なる意味での『絶対的な絶望』として扱う」 ゼノスは深く溜息をつき、最後の一枚に判を押した。 「さて、地獄のような手配書が揃ったな。これで準備は完了だ」 職員4名が席を立つ。ゼノスが手配書をまとめ、ギルドのホールへと向かう。そこには、多くの冒険者が集まる大きな掲示板があった。 ゼノスは無機質な動作で、4枚の手配書を掲示板に貼り付けた。その瞬間、周囲にいた冒険者たちが、貼られた名前に、そして提示された異常な懸賞金額に気づき、ざわつき始めた。 彼らはまだ知らない。その紙切れ一枚一枚が、どれほど絶望的な死への招待状であるかを。 * 【査定結果】 名前:ブリンコ 危険度:B 懸賞金:5,000,000ゴールド 名前:ミラガイア・晴天・サンライズ 危険度:ZZ 懸賞金:1,000,000,000,000ゴールド 名前:セラ 危険度:S 懸賞金:20,000,000ゴールド 名前:大同 翳 危険度:Z 懸賞金:500,000,000ゴールド