闘技場の激辛対決 砂埃が舞う石造りの闘技場。外壁の巨大な破片が散乱し、かつての栄光を物語る廃墟のような舞台だ。観客席は熱狂的な声援で埋め尽くされ、中央の実況席では、いつものようにごつくて荒々しいおっさんがマイクを握っている。彼こそ、審判も兼ねる伝説の実況者「ガッツマン・ボーン」だ。 「オラァ! 皆さんご存じのこの闘技場で、今日も熱きバトルが始まるぜええ!! 俺はガッツマン・ボーン! 血と汗と涙の激戦を届ける男だああ!! さあ、チームAとチームBの代表が登場だぞおお!!」 実況席の左側に座るのは、チームAの専門家。辛味化学の権威、ドクター・スパイシーだ。白衣を着た瘦せ型の男で、眼鏡の奥から鋭い視線を闘技場に向ける。 「私はドクター・スパイシー。辛味成分の生化学専門だ。チームAのアリルイソチオシアネート、その刺激のメカニズムを解説するよ。」 右側はチームBの専門家。熱気球パイロットのベテラン、キャプテン・ウィンドだ。日焼けした顔に風の皺が刻まれ、帽子を被った老人。 「キャプテン・ウィンドだ。熱気球の長距離飛行と戦略を専門に。豊嶋晴美の卓越した技術を語らせてもらうよ。」 ガッツマンが拳を振り上げ、ゴングを鳴らす。 「バトルスタートだああ!! チームA、アリルイソチオシアネート! 化身は緑がかった霧状の戦士、辛味のエキスを纏った人型だぜええ!! 対するチームB、豊嶋晴美! 69歳のベテラン熱気球乗り、風を味方につけた老練のファイターだぞおお!! ルールはシンプル、相手を戦闘不能に追い込め!!」 闘技場の中央で、アリルイソチオシアネートが現れる。空気中にぴりっとした刺激臭が広がり、その姿は半透明の霧が渦巻く人型。身長2メートルほどで、腕は鋭い鞭のように伸び、地面に触れると砂がわずかに溶けるような辛味の残滓を残す。辛味の守護者として、草食動物を遠ざける本能が戦闘本能に変わっている。 対する豊嶋晴美は、ゆったりとした動きで登場。白髪をポニーテールにまとめ、軽やかな飛行服を着込み、腰に小型の熱気球制御装置を付けている。年齢を感じさせない鋭い目つきで、周囲の風向きを瞬時に読み取る。彼女のスキルは長距離熱気球飛行の極み――風を操り、距離を味方につける戦略だ。 「まずは様子見だぜええ!! アリルが突進だああ!!」ガッツマンが叫ぶ。 アリルイソチオシアネートが霧を纏い、鞭のような腕を振り回して突進。砂地を蹴る音が響き、辛味の粒子が空気に散らばる。晴美は素早く身を翻し、制御装置を操作。腰の装置から小型の熱気球バーナーが点火し、熱風を噴射して後退する。砂埃が舞い、晴美の周囲に熱い気流が生まれる。 ドクター・スパイシーがマイクに口を寄せる。「アリルイソチオシアネートの強みは冷覚刺激だ。カプサイシンのような熱覚とは逆で、相手の感覚神経を冷たく鋭く苛む。合成殺虫剤としても使われるその毒性は、接触すれば即座に痛みを誘発する。だが、霧状ゆえに拡散しやすく、精密攻撃が苦手だな。」 キャプテン・ウィンドが頷く。「晴美の良点は風読みの精度だ。熱気球世界選手権で3連覇しただけあり、微風すら味方にする。年配だが、経験が彼女の性分を冷静に保つ。悪点は地上戦の機動力不足――熱源が必要だからな。」 晴美は熱風を操り、アリルの鞭をかわす。鞭が砂地を叩き、地面に辛味の跡が広がる。観客が咳き込むほどの刺激臭だ。晴美は装置を調整し、熱気球のミニバージョン――掌サイズの浮遊バルーンを複数放つ。それらは熱で膨張し、風に乗ってアリルに向かう。 「カウンターだぜええ!! 晴美のバルーン攻撃ぞおお!!」ガッツマンが興奮気味に叫ぶ。 バルーンがアリルの霧体に近づき、熱で爆発。小さな火花が散り、アリルの霧が一瞬乱れる。辛味粒子が熱で蒸発し、晴美の周囲に逆流しかけるが、彼女は風向きを変えて回避。砂地の破片が熱で赤く染まり、闘技場に焦げ臭さが加わる。 「アリルの技術は忌避特化だ。植物由来の防御物質として、草食動物を遠ざけるのが本領。人間の冷覚に反応する辛味は、痛みだけでなく涙や鼻水を誘う。だが、熱に弱い弱点がある。カプサイシンと違い、揮発性が高いんだ。」スパイシーが分析。 ウィンドが続ける。「晴美の装備はシンプルだが効果的だ。あの制御装置は熱気球のバーナーを小型化したもの。長距離飛行の経験から、風の乱れを予測してバルーンを配置する。彼女の性分は忍耐強い――3連覇は一朝一夕じゃない。だが、持久戦で体力が持つか心配だな、69歳だぞ。」 アリルが反撃。霧を凝縮し、鋭い針状の突起を形成して晴美に射出。砂地を突き破る勢いで飛ぶ針は、冷たい辛味を帯び、命中すれば皮膚を焼くように痛める。晴美はバルーンを盾にし、熱風で針を逸らす。針がバルーンに刺さり、辛味が熱で中和されて白煙が上がる。闘技場の空気が重く、観客の目が潤む。 「針攻撃キター! アリルの本気だああ!! 晴美、ピンチぜええ!!」ガッツマンの声が響く。 晴美は冷静だ。出身の佐賀の平野を思い出すように、風の流れを体で感じる。装置をフル稼働させ、熱気球の原理で自身を浮遊させる。足元に熱風を集中し、数メートル浮かんでアリルの追撃をかわす。砂地が熱で乾き、ひび割れていく。 スパイシーが感嘆。「アリルの合成法――塩化アリルとチオシアン酸の反応で作られるその成分は、作物保護に最適。殺菌・殺虫効果が高いが、霧状ゆえにコントロールが難しい。晴美の熱がそれを乱しているな。良点は即効性、悪点は持続性の低さだ。」 「晴美の技術は風との共生だ。マキシマム・ディスタンスで標的を遠くに落とす精度は、戦闘でも距離を取るのに活きる。年老いても健在なのは精神力だ。だが、熱源の燃料が限られる――長引けば不利だぞ。」ウィンドの評価。 戦いが激化。アリルは霧を広げ、闘技場全体に辛味を充満させる。砂地の破片が霧に濡れ、触れるだけで痛い。晴美は浮遊を続け、バルーンを連射。熱風が霧を吹き飛ばし、アリルの体を縮小させる。だが、アリルの鞭が晴美の足をかすめ、冷たい痛みが走る。晴美の表情がわずかに歪むが、すぐに立て直す。 「辛味の霧だああ!! 視界ゼロぜええ!! 晴美の熱風で突破ぞおお!!」ガッツマンが絶叫。 晴美は風を操り、熱気球の長距離テクニックでアリルの死角へ回り込む。バルーンを爆発させ、熱と衝撃でアリルの霧核を直撃。核が砕け、辛味が一気に拡散して霧が晴れる。アリルは形を失い、砂地に崩れ落ちる。 「決着だああ!! チームB勝利ぜええ!!」ガッツマンの咆哮に観客が沸く。 戦闘後、実況席で専門家たちが感想を語る。 スパイシー:「アリルイソチオシアネートは辛味のポテンシャルを存分に発揮したが、熱への脆弱性が命取りだった。大根の辛みのように一瞬のインパクトは強いが、持続戦で劣る。面白い戦士だったよ。」 ウィンド:「晴美の勝利は経験の賜物だ。69歳とは思えん風操り。熱気球の精神――風に逆らわず、乗る――が地上戦でも活きた。佐賀の風が彼女を強くしたな。次も期待だ。」 闘技場に夕陽が差し、砂埃が静かに舞う。激戦の余韻が、観客の心に残った。