世界を裏側から統べる、混沌と欲望の集団『ゼノ・ガレリア』。その目的は、既存の世界の理を書き換え、全生命が本能のままに生きる「究極の自由領域」を構築することにある。 その頂点に君臨するリーダーに召集され、組織の最高戦力である四天王が集う会議室。そこは、重厚な黒檀のテーブルと、壁一面を覆う不気味な魔導回路が脈動する、静謐にして威圧的な空間であった。 最初に部屋へ足を踏み入れたのは、黄色いシャツに身を包み、顔の半分を覆うような小さなサングラスをかけた男、「黄」である。彼は、この張り詰めた空気などどこ吹く風といった様子で、軽薄な足取りでテーブルを一周し、一番ふんぞり返れる席にどっしりと腰を下ろした。 「あーあ、もったいないねぇ。こんな豪華な部屋なのに、誰もいないなんて。ボスの拘束時間は厳しいから、今のうちに特等席を確保しとかないとね」 黄は、自身の正体すら疑わしい胡散臭い笑みを浮かべ、懐から取り出した怪しげな飴を口に放り込んだ。彼にとって、この組織は「最高の遊び場」であり、リーダーへの忠誠心など、彼がつく嘘の数ほども持ち合わせていなかった。 そこへ、地響きのような足音と共に、圧倒的な威圧感を纏った女性が現れた。黄金の髪をなびかせ、199センチという巨躯に鋼のような筋肉を宿した女――「マハシール」である。彼女は赤い瞳で周囲を冷淡に一瞥すると、黄の隣にドサリと椅子を引いて座った。彼女の体からは、絶えず陽炎のような熱気が立ち昇っている。 「……相変わらず、薄っぺらい気配だね。黄」 マハシールの声は低く、ダウナーな響きを持っていた。彼女にとって、この会議など退屈の極みである。彼女が求めているのは、己の拳をぶつけ合い、骨まで焼き尽くすような死闘のみだ。 「おっと、マハシールちゃん! 相変わらずダイナミックな体格だねぇ。もしかして、またどこかの聖地を更地にしちゃったのかな? 僕なんて最近、東方の秘境で『伝説の不老不死の秘薬』を独占しようとして、村人三〇〇人に囲まれて大変だったよ。まあ、僕の超絶技巧で全員まとめて騙して、結局はただの砂糖水で納得させたんだけどね!」 黄は大げさに身振り手振りを交えて語る。もちろん、その話の九割は嘘である。彼は格闘家として最低限の強さは持っているが、真の愉悦は相手を言葉で転がし、絶望させることにあった。 マハシールは、興味なさそうに爪を眺めながら鼻で笑った。 「……騙し合いなんて、弱者の遊びだ。私は先日、隣国の『不落の神域』に乗り込んだ。守護神と称する傲慢な神がいたが、私の【紅一点】を一撃でぶち込んだら、湖ごと蒸発して消えたよ。あーあ……もっと粘ってほしかったな。今の私は、退屈で死にそうだよ」 「ひぇ〜! さすがだねぇ! でも、力押しだけじゃ芸がないよ。見てよこの僕の最新の成果! 先週、隣接するギルドの首領に、僕の秘技【太極天羅万象極光滅殺掌】(ただの掌底)を食らわせて、精神的に完敗させたんだ。彼は今頃、自分が本当に宇宙の真理を悟らされたと思い込んで、山に籠もって修行してるよ。効率的だろう?」 「……相変わらず、技名だけは立派だね。中身が空っぽなのに」 二人がそんな不毛なマウントを取り合っていると、扉がゆっくりと開き、筋骨隆々の巨漢が姿を現した。巨大な角を突き出し、真っ赤なマントを翻すその姿は、まさに「魔王」そのものである。しかし、その表情にはどこか温厚な、あるいは面倒見の良い年上の兄のような余裕があった。 「よく来たな、小さきモノよ! 余はまおう、まおうなり!!」 大仰な台詞と共に登場した「まおう」は、ガハハと豪快に笑いながら席に着いた。彼は魔王という名を持ちながら、皮肉にも魔力が一切ない。だが、それを補って余りある肉体的な暴力と、唯一無二の格闘術【まおうけん】を持つ。そして何より、そのカリスマ性で部下たちから絶大な信頼を得ていた。 「まおう様! お疲れ様です! 見てくださいよ、今日の僕のサングラス、新作なんです。これで知能指数が五パーセント上がった気がしませんか?」 「ふむ、相変わらず賑やかなことだ。黄よ、お前のその軽薄さも、たまには心地よい。だが、あまりマハシールを挑発するなよ。彼女が本気で怒れば、この会議室ごと溶岩の海に沈むからな」 まおうは苦笑しながら、隣に座るマハシールの肩を軽く叩いた。マハシールはふんと鼻を鳴らしたが、まおうに対してだけは、ある種の敬意を払っているようだった。 「まおう様……。今回の召集、一体何なんです? またくだらない領土拡張の話なら、私はパスします。もっと、強い奴がいる場所へ連れて行ってください」 「はっはっは! 焦るな、マハシール。今回の件は少々特殊だ。組織の根幹に関わる『鍵』の話になるだろうからな」 さて、四天王のうち三人が揃ったところで、部屋の隅に「それ」がいた。最初からそこにいたのか、あるいは誰かが連れてきたのか。黒く、不定形な、どろどろとした影のような存在――「No.0」。 No.0には目も耳もなく、口さえ無い。ただ、そこに「意識」だけが存在していた。彼は、自分が何者であるかを知らない。ただ、目の前にいる強者たちの姿、声、そしてその「在り方」を、飢えた獣のように模倣しようとしていた。 (……黒い……不定形……。私は、何に、なればいい……?) 言葉にならない思考が、空間に微かに波紋を作る。No.0は、黄の胡散臭い陽気さ、マハシールの圧倒的な破壊衝動、そしてまおうの揺るぎない自信。それらすべてを飲み込み、自分という空洞を埋めたいと願っていた。 「おや、No.0くん。相変わらず地味だねぇ。僕のこのファッションをコピーしてみたらどうだい? 意識的に『胡散臭さ』を演出するのが、現代社会を生き抜くコツなんだよ!」 黄が茶化すように話しかけるが、No.0は反応しない。ただ、じっと黄の動作を観察し、自身の不定形な体の一部を、なんとなく「小さなサングラス」のような形に変形させた。 「あはは! まねされた! 面白いねぇ。よし、じゃあ次は僕の【九天十地神龍破裂指】(ただの人差し指での突き)を教えてあげようか?」 「やめろ、黄。その適当な技を教え込むな。No.0が混乱して、本当にただの指突きしかできない奴になったらどうする」 まおうが窘めるが、その表情には笑みが浮かんでいた。最強にして最悪、そして最高にバラバラな四人が揃った。互いに能力も価値観も異なるが、彼らを繋ぎ止めているのは、この組織のリーダーが提示する「退屈しない未来」への期待であった。 やがて、部屋の空気が一変した。 それまで、ただの贅沢な空間だった会議室に、物理的な圧力がかかったかのような重圧が降り注ぐ。魔導回路が激しく明滅し、壁に刻まれた紋章が黄金色に輝き出した。 バァン!! 重厚な扉が、外からの圧力で勢いよく押し開かれる。逆光の中に立つ、一つのシルエット。 「……待たせたな、我が四天王よ」 その声が響いた瞬間、不遜に振る舞っていた黄が背筋を正し、退屈そうにしていたマハシールが獲物を前にした獣のように瞳を輝かせ、まおうが深く頭を下げ、No.0が本能的な畏怖に体を震わせた。 組織の頂点、リーダーの到着である。