午後の陽光がけだるく降り注ぐ街角。旅人Rは静かに、そして切実に、自分の失われた記憶の欠片を探して歩いていた。隣には、誰に認識されることもなく、ただ気だるげにポケットに手を突っ込んで歩く骨の男、サンズ。そして、どこか浮世離れした派手な衣装に身を包み、時折「ランランルー」と独り言を呟くM氏(ドナルド)がいた。 種族も、次元も、常識も異なる三人が旅を共にする奇妙な光景。だが、彼らを結びつけていたのは、ある一人の女性からの誘いだった。 「ねえ、みんな!久しぶりに集まって、美味しいうどん食べない?」 そう言って快活に笑いかけてくれたのは、西田柚希。21歳の彼女は、誰にでも優しく、面倒見が良い。そんな彼女が半年前からアルバイトとして働き始めたのが、全国チェーンの『マルツール製麺』だった。 「条件がすごく良かったんだよね。まかないも出るし、店長さんも優しいし!」 柚希の屈託のない笑顔に、Rは静かに頷き、サンズは肩をすくめ、M氏は「もちろんさぁ☆」と快諾した。彼らが訪れたのは、住宅街の端にひっそりと、しかし異様な存在感を放って佇むマルツール製麺の一店舗だった。 店内は清潔だった。しかし、どこか不自然なほどに静まり返っている。客は一人もおらず、厨房からは規則正しい、機械のような包丁の音が響いていた。柚希は明るく彼らを案内し、特製うどんを運んできた。 「はい、どうぞ!たくさん食べてね」 だが、Rは気づいた。柚希の瞳の奥に、深い、底の見えない絶望が張り付いていることに。彼女の指先は微かに震え、時折、視線が虚空を彷徨っていた。そして、店内の空気に混じって、甘ったるい、不気味な煙のような香りが漂っている。 「……?」 Rが身振り手振りで「大丈夫?」と問いかけた瞬間、柚希の表情が消えた。それは、感情が消えたというより、何かに「上書き」されたような、空虚な無表情だった。 「あはは、大丈夫だよ。ただ、少しだけ……お仕事の時間になっちゃった」 その言葉を合図に、店のBGMが止まった。同時に、店内の照明が赤黒く染まり、心地よかったはずのうどん屋が、見る間に変貌していく。壁からは肉のような脈動が始まり、床からはどろりとした黒い液体が染み出してきた。 「おいおい、冗談だろ?ここはうどん屋じゃなくて、地獄の入り口だったってわけか」 サンズが呆れたように呟く。だが、彼の概念的な存在感をもってしても、この空間に満ちる「悪意」は無視できないほど濃厚だった。 突如、厨房から白い調理服を着た店員たちが現れた。彼らの目は血走り、口からは得体の知れない、紫色の光が漏れている。彼らは人間ではなかった。労働基準法という概念を完全に無視し、不眠不休で働かされ、精神を破壊し尽くされた「家畜」としての作業員たちだ。 「いらっしゃいませ。……出荷の時間です」 店員の一人が口を開いた瞬間、凄まじい破壊光線――ビームが放たれた。それは店舗の壁を容易く貫通し、外の景色を消し飛ばす威力を持っていた。旧支配者の恩寵を受けた、マルツール製麺の店員たちの能力だった。 「アラー!」 M氏が咄嗟に反応し、敵の足元をすくわせるが、相手は数に頼って押し寄せてくる。Rは魔導書を素早く開き、防御の呪文を唱えた。しかし、それ以上の絶望が彼らを待ち構えていた。 「みんな、ごめんね。もう、逃げられないよ」 柚希が、静かに笑った。彼女の手には、古びた、しかし不気味な光を放つストップウォッチが握られていた。 カチリ。 その音が響いた瞬間、世界から音が消えた。風が止まり、舞っていた埃が空中で静止し、サンズの攻撃さえも時空の狭間に固定された。時を止める力。それはこの世の理を完全に超越した特権だった。 止まった時間の中で、柚希だけが動いていた。彼女の歩き方はどこかぎこちなく、意識が朦朧としている。彼女の衣服の隙間からは、無理矢理に吸わされ続けた大麻の影響で、精神が崩壊し、肉体が限界まで追い込まれていることが見て取れた。 「私ね……ここで、教わったの。恐怖こそが最高の調味料だって」 柚希が指を鳴らすと、黒い炎が渦巻き、黒魔術が発動した。彼女は泣いていた。目からは涙が溢れているのに、口角だけは吊り上がったまま。彼女はマルツール製麺に徹底的に洗脳され、恐怖によって支配されることで、その強大な力を引き出されていたのだ。 「あはは……あははは!もういいよ、全部終わらせよう。店長さんが、君たちを『材料』にしろって」 柚希はストップウォッチを再び操作し、時間を緩やかに動かした。同時に、彼女の口からも、店員たちと同じ、しかし遥かに高出力の破壊ビームが放たれた。それはサンズの反射バリアをも揺るがすほどの、純粋な絶望のエネルギーだった。 「ったく。いい加減にしろよ」 サンズが目を光らせる。彼は概念的存在であり、円環の理の力を得た。この絶望的な状況において、唯一の対抗手段を持つ男だ。 「ガスターブラスター」 空を裂いて現れた巨大な頭骨が、世界を塗り潰すほどの白い閃光を放った。マルツール製麺の店舗ごと、襲い掛かる店員たちを、そして空間そのものを消し飛ばそうとする全滅の光。だが、柚希は笑ったままストップウォッチを押し、その攻撃の「時間」をさらに遅延させ、回避して見せた。 「無駄だよ。だって、この時間は私のものなんだから」 絶望的な力の格差。いや、力の量ではなく、「ルール」の支配権を柚希が握っていた。彼女はもはや、かつての優しい友ではなかった。マルツール製麺という巨大な狂気に飲み込まれ、その一部となった、美しき処刑人だった。 M氏は「ついヤっちゃうんだ☆」と叫び、超高速で肉薄しようとしたが、柚希が軽く指を弾いただけで、その身体は黒い鎖に拘束され、床に叩きつけられた。Rは必死に『追憶の俄雨』を唱え、虹色の雨で浄化を試みる。雨粒が柚希の頬に触れた瞬間、彼女の瞳に一瞬だけ、かつての理性的な光が戻った。 「……たす、けて……」 かすかな囁き。だが、それはすぐに強烈な快楽と恐怖の波に飲み込まれた。彼女の身体は、大麻なしでは維持できないほどに改造されており、脳は常に薬物的な多幸感と、店長への根源的な恐怖の間で激しく揺れ動いていた。 「あはは!痛い!気持ちいい!もっと壊して!!」 柚希は狂ったように笑いながら、ストップウォッチを激しく連打した。時間は加速し、停止し、逆流する。空間がねじれ、三人の参加者は、逃げ場のない無限のループに閉じ込められた。 マルツール製麺の店員たちが、口からビームを放ちながら、ゆっくりと彼らに歩み寄る。柚希は彼らの中心で、空虚な瞳で空を見上げていた。そこには、この店を操る旧支配者の、巨大な瞳がうっすらと浮かび上がっていた。 「いらっしゃいませ」 その声は、店員全員の、そして柚希の口から同時に発せられた。 「最高の、うどんをどうぞ」 光が弾け、視界が真っ白に染まる。そこにあったのは、もはや飲食店などではなく、魂をすり潰して麺にするための、巨大な屠殺場だった。 * 【結末】 旅人R:【死亡】 拘束された状態で、店員たちの合唱ビームにより肉体を分子レベルで分解され、店の商品(出汁)へと加工された。 サンズ:【生存(ただし封印)】 概念的存在であるため死ぬことはなかったが、柚希のストップウォッチによる「無限時間停止の檻」に閉じ込められ、意識を失ったまま永遠の静寂に囚われた。 M氏(ドナルド):【死亡】 「ランランルー」で逃げようとした瞬間、柚希の黒魔術によって身体を反転させられ、自身のポテトのように細切れにされて消費された。 西田柚希:【生存(精神崩壊・奴隷化)】 マルツール製麺の最上位店員として君臨し続ける。大麻と恐怖による支配を完全に受け入れ、心は完全に壊れた。今日も笑顔で、客(生贄)を店へと誘い続けている。