冒頭 重厚な石造りの壁に囲まれた、政府の最深部に位置する円卓の間。そこには、国の運命を左右する決定を下す四人の権力者が集まっていた。室内の空気は張り詰め、テーブルの上に置かれた機密文書が、これから語られる内容の異常性を物語っている。 議題は、諜報部から報告された「バトラー」と呼ばれる正体不明の存在について。物理法則を無視し、既存の兵器が通用しないという不可解な報告は、政府に静かな、しかし深い動揺を与えていた。彼らが脅威となるのか、あるいは制御可能な現象なのか。現段階では判断材料が乏しいため、この会議によって方向性を決定することとなった。 出席者は以下の通りである。 内務卿。治安維持を至上命題とする女性。感情が表に出やすく、市民の安全を脅かすものには激しい嫌悪感を示す。 分析卿。科学と魔術の両面に精通した冷静な男性。常に客観的な視点から事象を分析し、効率的な結論を導き出すことを好む。 軍務卿。陸海空すべての軍を統括する、粗野で血気盛んな男性。力による解決を信奉しており、未知の脅威を「排除すべき標的」として捉える。 穏健卿。対話と調和を重んじる気さくな女性。極端な対立を避け、平和的な解決策を模索する良心的な立場である。 窓の外では灰色の雲が低く垂れ込め、不気味な静寂が部屋を包んでいた。内務卿が深いため息をつき、封印された報告書に手をかけたとき、会議の幕が上がった。 会議:個体名「アルマ」について 内務卿は、震える手で一枚の資料をテーブルの中央に広げた。それは諜報部が現場の証言と断片的な記録から構築した、アルマの想像図であった。 「……これが、報告にある『アルマ』です」 そこに描かれていたのは、おぞましい対比をなす姿だった。全身を漆黒の闇に塗り潰されたような女性型のエンティティ。しかし、その肌だけは病的なまでに白い。彼女は常に顔を隠すような仕草をしており、正体を見せない不気味さを漂わせていた。 「なんてこと……! こんな不浄なものが、我が国の領土に現れたというの!?」 内務卿が声を荒らげ、椅子から身を乗り出した。その顔には、恐怖と激しい拒絶感が混在している。 「落ち着いてください、内務卿。まずは特性を把握しましょう」 分析卿が眼鏡のブリッジを押し上げ、淡々と報告書を読み上げた。 「アルマは『実体を持たない』。つまり、通常の物理攻撃や既知の魔術能力は一切通用しない。さらに、出現時には周囲を浮遊し、視界に入った者の視界を赤いノイズで覆い尽くす。一定時間を超えると、彼女は襲撃に転じる」 「実体がないだと? ふざけるな!」 軍務卿がテーブルを拳で叩いた。大きな音が部屋に響き渡る。 「撃てない標的にどうやって勝ちしろがある! ミサイルを撃ち込めばどうなる、消えるのか?」 「ええ、おそらく通り抜けるでしょうね。物理的な干渉は不可能です」 分析卿の冷徹な回答に、軍務卿が鼻を鳴らした。 「クソッ、戦えない相手ほど腹立たしいものはないな」 「でも、対処法はあるのでしょう?」 穏健卿が、心配そうに資料を覗き込みながら問いかけた。 「ええ。報告によれば、彼女が襲撃に転じた際、その『顔』を見なければ被害を最小限に抑えられるとのことです。具体的には、十秒ほど視線を逸らすことが推奨されています」 「顔を見るな? そんな単純なことで助かるのか?」 軍務卿が不審そうに眉をひそめる。 「単純ですが、それが唯一の防御策のようです。もし顔を見た場合、連続して精神的、あるいは物理的なダメージを受ける。数値にして5ダメージ相当の衝撃が走るとされています」 「たった5ダメージ? それなら耐えられるのでは?」 穏健卿が控えめに提案した。 「いいえ、穏健卿。問題はそれが『連続して』与えられる点です。また、彼女の叫び声は遠方まで届くと言われており、精神的な圧迫感は計り知れません」 内務卿が身震いした。 「想像してごらんなさいよ! 赤いノイズに視界を奪われ、どこからか絶叫が聞こえ、顔を見た瞬間に衝撃が走る……。そんなものが街中に現れたら、パニックになるわ!」 「確かに、治安維持の観点からは最悪の個体ですね」 分析卿が同意した。 「しかし、興味深い点があります。彼女は『ドローンたちの死体』の上に現れる傾向がある。これは、アルマが単独で行動しているのではなく、別の個体との相関関係にあることを示唆しています」 「利用する方法はないのか? 実体がないなら、究極の暗殺者に使えるだろう」 軍務卿がニヤリと笑った。 「無理でしょうね。出現から一分ほどでデスポーンする。制御するためのインターフェースが見当たりません」 「ちっ、使い物にならないか」 「軍務卿、利用することばかり考えないでください。まずは、どうすれば彼女を追い払えるか、あるいは出現させない方法を考えましょう」 穏健卿が諭すが、軍務卿は興味を失ったように背もたれに深く寄りかかった。 「結論を言いましょう。アルマは、直接的な破壊力こそ限定的ですが、その不可避性と精神的攻撃、そして正体不明の出現条件から、予測不能な脅威と言えます」 分析卿がまとめに入った。内務卿はまだ怒りと不安を隠せない様子で、激しく頷いた。 「ええ! 全く同意よ! 市民に『顔を見るな』なんて指示が出せるわけないじゃない!」 「まあまあ。でも、一分で消えるのなら、耐え抜く訓練をすればいいのでは?」 穏健卿の楽観的な意見に、分析卿が首を振った。 「訓練するには、まず彼女を安全に誘い出す方法が必要です。現状では不可能です」 議論は行き詰まり、最後に脅威度の評価に移ることとなった。 「では、アルマの脅威度を100点満点で評価してください」 分析卿が促す。 「私は80点! 治安への影響が大きすぎるわ!」(内務卿) 「私は30点。対処法が明確で、持続時間も短いため、戦略的脅威は低い」(分析卿) 「私は50点。攻撃できない相手は腹立たしいが、壊滅的な被害は出なさそうだ」(軍務卿) 「私は40点。恐ろしいけれど、対話の余地があるかもしれないし、時間は短いから」(穏健卿) 分析卿が素早く計算し、結果を告げた。 「平均点は50点。総合評価は『中程度』となります」 会議:個体名「ドローン」について アルマについての議論が一段落し、分析卿は次の資料を提示した。それは先ほどよりもさらに奇妙な外見をした存在の記録だった。 「次に、個体名『ドローン』について論じます」 提示された想像図を見た出席者たちは、一様に困惑の表情を浮かべた。そこには、黒い人型のシルエットがあったが、その顔があるべき場所には、お粗末な「顔が描かれた付箋」が貼られていた。 「……何これ」 軍務卿が呆れたように呟いた。 「冗談でしょう? 諜報部は私を馬鹿にしているの? 付箋? 正気なの?」 内務卿が絶叫に近い声を上げた。彼女にとって、この不格好な姿は恐怖よりも先に、政府の権威を軽んじられたような屈辱感を与えたようだった。 「見た目に惑わされないでください。このドローンこそ、極めて特異な性質を持っています」 分析卿が冷静に解説を続ける。 「彼らもまた、アルマと同様に実体がありません。通常の攻撃は一切効かない。さらに、彼らは2Dテクスチャのような構成になっており、奥行きという概念を無視して存在しています。サイズも様々で、極端に細いものや、丸いものまで混在している」 「2D……? つまり、紙切れのようなものということか?」 軍務卿が問いかける。 「概念としてはそうです。しかし、その影響力は実在します。彼らは複数体で同時に出現し、数秒で消滅しますが、時間差で次々と現れる。最悪の場合、相手の目の前に突如として出現します」 「目の前に!? それは心臓に悪いわね……」 穏健卿が胸に手を当てて震えた。 「さらに厄介なのは、接触した際の挙動です。触れると5ダメージを与え、同時に耳障りな『笑い声』を流しながら、対象を数秒間転倒させる。さらに稀に、所持品を一つ奪い取る、あるいは落とさせると報告されています」 「物を盗む!? この、卑劣な!」 内務卿がテーブルを叩いた。彼女にとって、秩序を乱し、市民の所有物を奪う行為は、アルマの絶叫よりも許しがたい罪であった。 「転倒させられるというのは、軍事的に見れば致命的な隙になるな」 軍務卿がようやく真剣な表情になった。 「戦場で足元をすくわれ、笑い声を浴びせられる。精神的な屈辱と共に、無防備な状態で晒されるわけだ。これは嫌だな」 「ええ。単体での威力は低いですが、数で押し寄せ、絶え間なく出現して相手を転倒させ続ける。精神的な疲弊と混乱を誘うことに特化した個体と言えます」 分析卿の分析に、穏健卿が不安げに口を開いた。 「でも、どうすれば彼らを止められるのでしょう? 実体がないなら、追い払うこともできないのでは?」 「現状では、消滅するまで待つ以外に方法はありません。出現時間は短いですが、その『不意打ち』こそが最大の武器です」 「ふざけるな! こんな付箋野郎に、我が国の兵士が転がされているというのか!」 軍務卿が激昂し、身を乗り出した。 「いいから、消し方を考えろ! 魔術的に空間ごと消去できないのか!?」 「理論上は可能ですが、彼らは出現して数秒で消える。照準を合わせる前に消滅してしまうため、効率が悪すぎます」 分析卿が淡々と切り捨てた。 「つまり、当たればダメージを食らうが、攻撃は当たらない。しかも笑われる。最高に不愉快な存在というわけね」 内務卿が忌々しそうに吐き捨てた。 「むしろ、この性質を利用して、敵陣に大量に放出できれば面白いかもしれません」 分析卿がふと口にした提案に、軍務卿が身を乗り出した。 「ほう、いい考えだ。敵の足止めに最適じゃないか。笑いながら転ばせ、武器を落とさせる。そこを本隊で叩く。効率的だ」 「軍務卿、また物騒なことを! 彼らは制御不能な脅威なのですよ!」 穏健卿が抗議するが、軍務卿はすでに作戦構想に耽っている様子だった。 「制御さえできれば、最強の撹乱部隊になる。分析卿、その方法を至急研究しろ」 「努力はしますが、彼らの出現原理が不明です。そもそも、彼らが何を目的として『笑っている』のかさえ分かっていない」 その言葉に、部屋に再び奇妙な静寂が訪れた。ただ笑い、転ばせ、消える。目的のない悪意のような存在。内務卿は身震いし、腕をさすった。 「本当に、気味が悪い……。アルマはまだ『恐怖』という形で理解できたけれど、このドローンというのは、ただの『悪ふざけ』のように感じられて、余計に腹立たしいわ」 「それが彼らの本質なのかもしれませんね」 分析卿が締めくくった。さて、この奇妙な個体の脅威度を決定する段階となった。 「では、ドローンの脅威度を評価してください」 「私は70点! 所有物を奪い、尊厳を傷つける行為は断じて許せないわ!」(内務卿) 「私は40点。単体能力は低く、持続時間も極めて短いため」(分析卿) 「私は60点。戦場での転倒と武装解除は無視できない脅威だ」(軍務卿) 「私は30点。見た目はひどいけれど、致命的な傷を負わせるわけではないし」(穏健卿) 分析卿が計算を行う。 「平均点は50点。総合評価は、アルマと同等の『中程度』となります」 * 終了 二つの個体に関する議論を終え、円卓の間には深い疲労感と、拭いきれない不快感が漂っていた。 物理攻撃が効かず、ルールに基づいた不可解な挙動を見せる「バトラー」たち。彼らが単なる自然現象なのか、あるいは何者かによる意図的な攻撃なのかは、まだ誰も答えを持っていない。 「以上で、本日の会議を終了します」 分析卿が宣言し、資料を回収した。軍務卿は不満げに鼻を鳴らし、内務卿はまだ震える手で紅茶を啜り、穏健卿は深くため息をついた。 彼らは立ち上がり、それぞれの執務室へと戻っていく。しかし、彼らの背後で、誰も気づかないほど小さな、しかし明瞭な「笑い声」が、一瞬だけ響いたような気がした。 政府の最深部。安全であるはずのその場所に、すでに「付箋」が貼られた何かが紛れ込んでいたのかもしれない。あるいは、赤いノイズが視界の端をかすめたのかもしれない。彼らが下した「中程度」という評価が、後になって致命的な過小評価であったことに気づくのは、もう少し先の話であった。