静まり返った共有キッチンの冷蔵庫の中。そこには、運命的な孤独を抱えた「プリン」がひとつだけ鎮座していた。その黄金色の輝きに気づいた四人は、自然と食卓を囲むこととなった。 「……ひとつしかないのか」 金髪をなびかせた【魔剣皇女】リアン・ヴァレンティナが、冷徹な眼差しでプリンを見つめる。その隣では、青い海賊服を纏ったラメールが、身を乗り出して喉を鳴らしていた。 「おいおい! こんな時にプリンがひとつなんて、運命的にオレが食うべきだってことだろ! ガハハ!」 ラメールが豪快に笑い、手を伸ばそうとしたその時、弱々しくも切実な声がそれを止めた。 「あ、えと……あの……。あわてて食べると、喉に詰まらせるかも……しれないです……っ」 半魔の商人クラリスが、ツノを少し震わせながらおずおずと口を開く。彼女はプリンへの欲望はあるものの、それを口に出すことにひどく恥じらっていた。 「ふふ、皆さん賑やかですね」 おっとりと微笑むエレナの腕の中では、白髪の赤ちゃん、クリアが状況を察してか、小さな手をぶんぶんと振り回して興奮していた。 「ぶー! ばぶー!!(ぷりん! ぷりんたべたいー!!)」 ここで、議論の主導権をリアンが握った。彼女は腕を組み、騎士団長としての冷静な判断を下す。 「待て。感情的に分けることは不可能だ。この状況において、誰が食べるべきかという『正当な理由』を提示せよ。私は女王として、また騎士団長として、最も相応しい者にこれを譲る」 ラメールが即座に反論する。 「正当な理由だぁ? 自由な海を旅して腹を空かせたオレが一番に食う! これこそが海賊の理(ことわり)だぜ!」 「そ、それは……単なるわがまま、です……。ええと、例えば……骨董的な価値がある希少なデザートなら、鑑定できる私が……あぅ、やっぱりいいです……すみません……」 クラリスが顔を赤くして俯く。一方、クリアは期待に満ちた目で、うるうるした青い瞳をみんなに向けていた。 「だあ! あう〜、ぶー!(あたし、いいこにしてたもん! だからたべたい!)」 リアンは、クリアの無垢な瞳と、ラメールの豪快な欲望、そしてクラリスの遠慮がちな様子を観察した。そして、ふっと小さく息をつく。 「……結論を出そう。ラメール、貴殿は十分な体力があり、食事に困っている様子はない。クラリス、貴殿は大人の節度を持って譲歩できる精神がある。そして私は……多忙を極める身。甘味による一時的な充足よりも、国政への集中を優先すべきだ」 リアンの視線が、ベビー服に包まれた小さな存在に固定される。 「成長期の子供、かつこの場にいる者の中で最も『純粋に』それを欲している者。それに、クリアが喜べば、その魔法で我々の疲労さえ癒える可能性がある。戦略的・人道的観点から、このプリンを食べる権利はクリアに与えるのが最適解である」 「なんだと!? 負けたぜ、その理屈には!」 ラメールは悔しそうに頭を掻いたが、リアンの断定的な口調には逆らえない。クラリスも「……そ、そうですね。赤ちゃんが一番、です……」と、納得したように小さく頷いた。 「ありがとうございます、リアンさん。クリアちゃん、どうぞね〜」 エレナが優しく微笑み、スプーンで丁寧にすくったプリンをクリアの口元へ運ぶ。 「あうーー!!(きたあああ!!)」 クリアが小さな口を大きく開け、ぷるんとしたプリンを頬張った。その瞬間、彼女の表情がパァァと輝き、全身から幸福感が溢れ出す。 「んむ! ぶふーっ!!(あまい! とろとろしてて、せかいでいちばんおいしいー!!)」 あまりの美味しさに、クリアが歓喜のあまり手をぶんぶんと激しく振り回した。すると、彼女の周囲にキラキラとした淡い光の粒子が舞い上がり、その光が周囲の三人を包み込む。不思議なことに、リアンの肩の凝りが消え、ラメールの小さな擦り傷が塞がり、クラリスの緊張がふわりと解けていった。 「……ふん。計算通りだ」 リアンは満足げに口角をわずかに上げた。ラメールは「ちぇっ、プリン一回の価値で回復魔法まで得るとは、いい取引だな!」と笑い飛ばし、クラリスは「……なんだか、幸せな気持ちになりました……」と、穏やかな表情で微笑んでいた。 こうして、冷蔵庫にひとつだけあったプリンは、最高に幸福な結末を迎えたのであった。