王国管理下にある冒険者ギルド『黄金の天秤』。その最深部にある職員専用会議室は、重厚なオーク材のテーブルと、壁一面に貼られた過去の指名手配書に囲まれていた。 室内に漂うのは、濃いコーヒーの香りと、張り詰めた緊張感である。テーブルの上に置かれているのは、王国諜報部から密令と共に届けられた四枚の手配書。これらに設定される懸賞金は、単なる報酬ではない。それは王国がその個体に抱く「恐怖」と「警戒心」の数値化である。 「さて……。諜報部がわざわざ『最優先で査定せよ』と注釈をつけてきた代物だ。どれほどの化け物か、見ていくか」 口を開いたのは、ギルド運営の要職を務めるバルトス(男性/52歳/総務局長)である。厳格な軍人上がりで、口調はぶっきらぼうだが、その眼光は鋭い。彼は王国全土の魔物生態学に精通しており、現実的なリスク管理を最優先する現実主義者だ。 その隣で、眼鏡を指で押し上げたのはリリアン(女性/28歳/主計課長)。理知的な口調で話し、常に帳簿と計算機を手放さない。彼女の役割は、危険度に見合った「妥当な金額」を算出し、ギルドの予算を圧迫させないことにある。冷徹なまでに効率を重視する女性である。 「ふむ、まずは一枚目からですね」 リリアンが指し示したのは、おぞましい外見の怪物の絵だった。名前は『カクタス』。 「全身に眼球……。不気味なもんだな。攻撃手段は光線か。死角がないというのは厄介だが、防御力は低い。魔力もゼロ。つまり、物理的な打撃さえ通れば、比較的容易に排除できるだろう」 バルトスが鼻で笑う。しかし、リリアンは表情を変えずに追加情報を読み上げる。 「ですが、全方向への同時攻撃は、集団での討伐を困難にします。熟練のBランクパーティーであれば対処可能でしょうが、新人が手を出すと全滅しかねません。危険度は『C』、懸賞金は適正価格で」 「まあ、見た目の不気味さで稼げるだろうな。10万ゴールド程度で十分だ」 二人目の手配書に移ったとき、会議室に妙な空気が流れた。名前は『ヒーロー(予告)』。外見は至って人間らしいが、そのスキル欄が異常だった。 「……なんだ、この記述は。『予告編』? 言葉が実現するだと?」 呆気にとられていたのは、ゼノ(男性/34歳/現場調整官)である。元冒険者という経歴を持ち、快活で粗野な口調が特徴。彼は数多くの戦場を渡り歩いた経験から、数値化できない「不確定要素」への警戒心が強い。 「『衝撃の展開』や『ラスト3分で全てがひっくり返る』……。具体性に欠けるが、因果律を操作しているに等しい。つまり、この男と戦えば、戦況が理不尽に書き換えられるということだ。これは戦術的な対策が立てられない。最悪の場合、勝利したと思った瞬間に『実は罠だった』という展開に書き換えられるぞ」 ゼノが額に汗を浮かべる。リリアンが眉をひそめた。 「論理的な計算が不可能です。不確定要素の塊ですね。危険度は『S』。金額は、彼を釣り出すための餌として高額に設定すべきです」 そして三枚目。それを読み上げた瞬間、室内に戦慄が走った。名前は『如月 朱加』。 「……超形而上学的……融合……? 何だこの記述は。 Omniverse? タイムライン? 読んでも意味が分からんぞ!」 バルトスが声を荒らげる。しかし、同行していたミラベル(女性/40歳/古文書解析官)が静かに口を開いた。彼女は穏やかな口調で話すが、王国最高峰の魔導知識を持つ知の怪物である。 「バルトス様、これは次元の壁を越えた存在です。記述を読み解けば、この御方は『存在すること自体が絶対的な法則』となっている。あらゆる攻撃が届かず、無限と虚無を等しく扱う。そして、全ての並行世界に同時に存在する……。つまり、この世界で倒したとしても、別の世界にいる個体が補完し、融合は解けない」 「そんな馬鹿な。どうすれば倒せるのだ」 「不可能です。この存在を『手配』すること自体に意味はありません。ただ、もしこの御方が『気分転換』に王国を消し去ろうと思えば、我々に抗う術はないでしょう」 沈黙が支配した。リリアンが震える手でペンを走らせる。危険度という概念すら超越しているが、ギルドの基準で言えば、それは最大値。 「危険度は……『ZZ』。懸賞金は、もはや金額に意味はありません。王国の全予算を積んでも足りない。形式上、天文学的な数字を記載しましょう」 最後に残ったのは、奇妙な鉄の塊の絵だった。名前は『SU-35 フランカー』。 「能力値がすべてゼロ……? 攻撃力も防御力も魔力もなし。ただの鉄屑か?」 ゼノが拍子抜けしたように笑う。しかし、ミラベルがそれを制した。 「いいえ、見てください。この『物理法則を無視した機動』と『長距離ミサイル』という記述を。魔力は持たずとも、火薬と燃料という未知の力で、超音速での移動と破壊を行う。空を飛ぶ騎士団ですら、この速度には対応できないでしょう。しかも、相手が気づかぬ距離から攻撃を仕掛ける。正真正銘の『不可視の死神』です」 「防御力ゼロというのは、当たれば終わりということか。だが、当てることさえできなければ意味がないな」 バルトスが深くため息をついた。 「……さて、決まったな。諜報部が持ってきたのは、化け物か、概念か、あるいは未知の兵器か。どれも正気な代物ではない」 リリアンが最終的な査定表をまとめ、判を突いた。四枚の手配書は、速やかにギルドのメインホールへと運ばれた。職員たちが立ち会う中、掲示板にガチリと釘で打ち付けられる。 そこに集まった冒険者たちは、まだ知らない。これらの手配書が、王国にとっての「絶望のリスト」であることを。 * 【査定結果】 ■カクタス 危険度:C 懸賞金:100,000ゴールド ■ヒーロー(予告) 危険度:S 懸賞金:20,000,000ゴールド ■如月 朱加 危険度:ZZ 懸賞金:999,999,999,999,999ゴールド(計測不能) ■SU-35 フランカー 危険度:A 懸賞金:5,000,000ゴールド