世界を裏側から支配し、あらゆる秩序を書き換えることを目的とする秘密結社『ゼノ・アビス』。その頂点に君臨する指導者のもとに、組織の最高戦力である四天王が召集された。 会議が行われるのは、次元の狭間に浮かぶ白亜の円卓の間。窓の外には星々が流れ、静寂が支配する空間に、一人、また一人と異質な個性が足を踏み入れていく。 最初に現れたのは、【サイボーグの少女】イヴであった。白い長袖のジャケットを羽織り、感情を読み取らせない赤い瞳が周囲を冷徹に射抜く。その腕には、漆黒のライフル型レーザー兵器『イーヴァ』が抱えられていた。 「……ここが召集場所ね」 イヴが呟くと同時に、ライフルから機械的な、しかし女性的な声音が響いた。 『マスター、到着しました。周囲に警戒すべきエネルギー反応は……あぁ、既に先客が一人いらっしゃいますね』 部屋の隅、豪華なベルベットのソファに深く腰掛け、一心不乱に何かを口に詰め込んでいる男がいた。山下五郎。「大食いの覇者」の名を冠しながら、見た目はどこにでもいる、いたって平凡な三十歳の男である。彼は山盛りの特大パフェと、なぜか隣に置かれた巨大なピザを、猛烈な勢いで胃袋へと流し込んでいた。 「もぐもぐ……ごくん。あ、どうも」 山下は口いっぱいにクリームを詰め込んだまま、気だるげに手を挙げた。彼はこの結社において、最も危険な存在の一人とされている。世界を、概念を、神すらも「食材」として処理する無限の胃袋を持つ男。だが、その思考の99%は常に「次は何を食べるか」に支配されていた。 「山下さん。相変わらず食欲だけは人並み外れていますね」 イヴが冷淡に言い放つ。イーヴァが追随して皮肉を付け加えた。 『データによれば、彼の消費カロリーは物理法則を無視しています。効率の悪い個体ですね』 「効率なんてどうでもいいんだよ。それより、この次元の果てのスイーツ、意外とコクがあっていいよね」 山下はそう言いながら、今度はテーブルの上に置かれていた装飾用のクリスタル(おそらく高純度の魔力結晶)を、ポテトチップスのようにバリバリと噛み砕いた。その音に、イヴはわずかに眉をひそめる。 そこへ、空間を切り裂くような鋭い風と共に、虹色の光を纏った男が現れた。REINBOである。背後には六本の刀が円を描くように浮遊し、神々しいまでのオーラを放っている。彼は不敵な笑みを浮かべ、自信に満ち溢れた足取りで円卓へと近づいた。 「やあ、揃っているね。相変わらず地味な面々だ」 REINBOはわざとらしく大きなため息をつき、自身の背後の刀を一振りさせた。空気が震え、微かな衝撃波が部屋を駆け抜ける。 「さて、私の近況を聞きたいだろう? 前回の任務では、反組織の聖騎士団を一人で壊滅させた。六つの刀による連撃に、奴らは絶望し、最後は虹色の弾幕で跡形もなく消し飛ばしてやったよ。復活の加護がある私に、太刀打ちできる者などこの世に存在しないな」 REINBOはわざとらしく肩をすくめ、イヴの方を見た。 「お嬢ちゃん、君の方はどうだ? まだ自分の記憶探しに時間を取られているのか? 組織への貢献度という点では、今の私は圧倒的にトップだろうね」 イヴの赤い瞳が鋭くなる。イーヴァの銃口がわずかにREINBOの方へ向けられた。 『失礼ですね、この傲慢な天使。マスターは記憶を辿る過程で、失われた古代兵器のコードを回収しました。これは戦略的に見て、あなたの単なる破壊活動よりも遥かに価値が高い成果です』 「ふん、価値などという曖昧なものより、目の前の敵をいかに効率よく屠るか。それが強さというものだ」 言い合いが激しくなりかけたその時、部屋の扉が静かに開き、最後の一人が入ってきた。 至って平凡。どこにでもいる、いかにも「山田さん」という風貌の男。おそらく山田界隈最強の山田である。 山田は無口だった。挨拶もなく、ただ淡々と自分の席に着く。しかし、四天王の他の三人は、彼が部屋に入ってきた瞬間に言い争いを止めた。彼が持つ「能力」の恐ろしさを知っているからだ。 山田が「認識」し、「そうである」と決めれば、相手は社会的に抹殺される。地位、名誉、人間関係、存在意義。あらゆる社会的繋がりを根こそぎ奪い去る絶望の権能。さらに、万が一彼を殺そうものなら、世界のあらゆる物質と生物から憎まれ、ミサイルの雨にさらされて死ぬまで攻撃され続けるという呪いのような特性を持っている。 山田は静かに座り、ただぼーっと天井を眺めていた。その無機質な佇まいこそが、彼が「最強」であることの証明であった。 「……山田さんも来たか」 山下が、ピザの最後の一片を口に放り込みながら言った。 「ねえ、山田さん。最近、何かいい店見つけた? 僕は最近、隣の次元の『概念的な焼きそば』にハマってるんだけど」 山田は答えなかった。ただ、わずかに視線を山下に向けただけである。山下にとって、社会的な死などはどうでもいいことだった。彼はただ食べたいだけなのだから。しかし、REINBOだけは、山田の視線にわずかな緊張を覚えたように、わざとらしく刀をカチャカチャと鳴らした。 「ふん、無口なのは美徳だが、会議の場では少しは発言したらどうだ。まあ、私のような華やかな成果を報告できる者がいれば、君のような地味な人間は黙っていればいいのかもしれないがね」 REINBOがマウントを取ろうと口にするが、山田の表情は変わらない。その静寂こそが、REINBOに「今の発言を認識されたら、明日から私は世界中で指名手配の詐欺師として扱われるかもしれない」という恐怖を植え付けていた。 「いいじゃない、静かで。それより、ボスの召集理由は何だと思う?」 イヴが問いかける。彼女にとって、この組織に属し、戦い続けることは記憶を取り戻すための唯一の手段であった。彼女は自分の腕にあるサイボーグの接合部に触れ、失われた過去に思いを馳せる。 『マスター、ボスの思考パターンから推測するに、次なる大規模な「書き換え」の計画があるのでしょう。あるいは、我々の内部抗争を煽って、より強い個体を選別しようとしている可能性もあります』 「あー、もう。何でもいいから、会議が終わったら豪華な食事が用意されててほしいな。ボスのもてなしはいつも最高だからね」 山下が空になった皿を積み上げ、満足げに腹をさすったその時だった。 重厚な扉が、ゆっくりと、しかし絶対的な威圧感を伴って開き始めた。部屋の中の空気が一変する。REINBOの不遜な笑みが消え、イヴが直立不動になり、山田がわずかに背筋を伸ばし、山下がようやく食べる手を止めた。 光の渦と共に、一人の人物が姿を現す。 「待たせたな、我が四天王よ」 結社『ゼノ・アビス』のリーダーが、そこに立っていた。