世界を裏から操る超国家統合体『エテルナ・オーキス』。その目的は、世界の均衡を保ちつつ、あらゆる文明の頂点に君臨し、究極の秩序を構築することにある。その頂点に立つ「主」に仕え、実務と武力を担うのが、性質も出自も異なる四人の「天蓋の代行者(四天王)」であった。 重厚な黒曜石の扉に囲まれた円卓の会議室。そこは静寂に包まれていたが、一人、また一人と「代行者」たちが集まるにつれ、空気は次第に濃密な緊張感と、互いへの牽制に満ちた傲慢な熱を帯びていった。 最初に現れたのは、【朽ちた絡繰騎士】メタロットであった。 ガリ、ガリ、と金属が擦れ合う不快な音が静寂を切り裂く。錆び付いた鎧を纏い、関節が軋むたびに火花が散るその姿は、見る者に「死」と「忘却」を想起させた。しかし、その背に背負われた[無彩の大剣]だけは、鏡のように冷徹な輝きを放っている。彼は無機質な動作で円卓の端に腰を下ろすと、静かに目を閉じた。 次に入室したのは、「とある大臣」であった。彼はふっくらとした腹を揺らし、高級な絹のローブを纏い、にこやかな笑みを浮かべていた。手には金縁の眼鏡と、分厚い報告書を抱えている。 「やあ、メタロット殿。相変わらず……なんというか、ヴィンテージな風情でいらっしゃることだ。油を差して差し上げましょうか? 私の知り合いに、極上の潤滑剤を扱う商人がいましてね」 メタロットは目を開けず、ガタつく声で答えた。 「……余計な……配慮は……不要だ。錆こそが……我が……記憶の……証……」 「おやおや、相変わらず頑固なことだ。まあいい、芸術的な錆というのも、権力者のコレクションには好まれる傾向にありますからな」 大臣はクスクスと笑いながら、自分の席についた。彼は武力こそ持たないが、この組織における「調整役」であり、金と舌で世界を塗り替える男だ。彼にとってこの会議は、いかにして自分の権益を拡大し、主の信頼を勝ち取るかという政治的なチェスゲームに過ぎない。 三番目に現れたのは、紅い模様が刻まれた魔合金の鎧を纏う集団――『ヘルツィズ帝国騎士団』であった。彼らは一人ではない。一人の代表者が歩む後方に、整列した精鋭たちが影のように付き従っている。彼らの鎧からは、常に熱を帯びた魔素が立ち昇り、部屋の中が急に熱を帯びた。 「遅れたな。国境付近での掃討作戦に手間取った。ゴミのような反乱分子どもが、我らが帝国の威光に抗おうとする不届き者がいたのでな」 騎士団の代表が、不遜な態度で椅子に深く腰掛けた。周囲に控える兵士たちの眼光は鋭く、いつでも《大侵攻魔法-ヴィスディカム》を放てるほどの魔力を練り上げている。 「掃討作戦、ですか。お疲れ様です。ですが、あまりに派手な破壊活動は、私の外交ルートに泥を塗ることになりますよ。後始末の予算を請求されるのは、私の部署ですからね」 大臣が皮肉げに肩をすくめると、騎士団の代表は鼻で笑った。 「予算などどうでもいい。我々に必要なのは、圧倒的な服従だ。貴殿のような口先だけの男に、戦場の血の匂いがわかるか? 我が騎士団は、今期だけで三つの小国を完全に組み伏せた。この紅き焔こそが、この組織の正義を体現しているのだよ」 そして最後に、部屋の空気が一変した。物理的な圧力、そして圧倒的な「量」の威圧感。 白銀の鎧に身を包み、それぞれの国旗を掲げた獣人型の魔物たち――『クレイドル中立連邦国家維持大隊』が姿を現した。 彼らは歩くたびに地響きのような重低音を鳴らし、その数こそ少なめに調整されていたが、それでも一隊が放つ威圧感は凄まじい。強襲歩兵、飛空歩兵……数以てに数えきれぬ軍勢の代弁者としての風格がそこにはあった。 「……騒がしいな。紅い鎧の連中は、相変わらず血の気が多い」 大隊の代表者が、淡々と、しかし絶対的な自信を持って言い放った。彼らは中立主義を掲げ、自ら攻撃は仕掛けない。しかし、それは「攻撃されるまで待つ」ということではなく、「攻撃した者が絶望するまで放置する」という傲慢なまでの強者の余裕であった。 「おやおや、白銀の皆様。本日はご機嫌麗しいようで」 大臣が媚びるような笑みを浮かべるが、大隊の代表はそれを無視し、ヘルツィズ帝国騎士団の方を向いた。 「成果報告か? くだらん。小国をいくつか潰したところで、地球上の塵に等しい。我々は今回、国境線上の魔素濃度を完全に制御し、中立地帯の絶対的静寂を維持した。戦わずして、戦う意欲すら奪う。これこそが真の力であり、我が大隊の誇りだ」 「戦わずしてなど、臆病者の言い訳に過ぎん!」 騎士団の代表が、腰の剣・ヘルメアに手をかけた。空気が火花を散らす。 「我らは紅き焔で焼き尽くし、支配を完遂させる。貴様らの『中立』など、単なる現状維持の停滞に過ぎない。真の進化は、侵攻と破壊の果てにのみ得られるのだ」 「停滞ではない。最適化だ」 大隊の代表が、静かに魔素稼働式銃のグリップに手を添えた。 「貴殿らがどれほど喚こうとも、我が大隊が本気で動けば、貴殿らの帝国など一夜にして白銀の静寂に飲み込まれるだろう。……まあ、我々がそれをしないのは、貴殿らの住む土地に、我々の欲する価値がないからに過ぎないがな」 「貴様……!」 一触即発の空気。紅い熱量と、白い静寂がぶつかり合い、部屋の中が歪む。そこに、メタロットがガリガリと錆びた腕を上げた。 「……やめろ……。主が……来る……。ここで……争うのは……効率が……悪い……」 絡繰騎士の、低く、錆びついた声が響く。彼は戦いの時代を生き抜いた者だ。目の前の若き力自慢たちが、どれほど大きな兵力を抱えていようとも、真の「死」と「破壊」の意味を知っているのは彼だった。その言葉には、奇妙な説得力があった。 「ふふ、メタロット殿の言う通りです。まあまあ、お二人とも。今はマウントを取り合う時間ではなく、主にどうアピールし、次の予算と権限を勝ち取るかを考える時間ですよ」 大臣が巧みに間に入り、場を宥める。騎士団の代表は不機嫌そうに腕を組み、大隊の代表は興味を失ったように視線を逸らした。 彼らは互いを認め合っているわけではない。ただ、互いの持つ「絶望的なまでの力」を理解し、それを共有する組織の一員であるという奇妙な連帯感だけがあった。 そして、その時。 重い黒曜石の扉が、音もなく左右に開いた。 廊下から流れ込んでくるのは、底知れない闇と、すべてを跪かせる絶対的な威圧感。足音一つしないはずなのに、彼ら四人の心臓は同時に激しく鼓動した。 「待たせたな、我が代行者たちよ」 低い、しかし芯まで響き渡る声と共に、組織の頂点に立つ「主」がゆっくりと姿を現した。その瞬間、先ほどまでの傲慢な喧嘩は霧散し、四天王たちは一斉に、深い敬意を込めて膝をついた。