薄暗い廃都の街並みに、火花と衝撃波が鳴り響いていた。 【自称天才】レクト・ファムは、白装束をなびかせながら、襲い掛かってくる武装集団を相手に不敵な笑みを浮かべていた。その手には、古ぼけたがどこか威厳を感じさせる『原初の魔導書レプリカ』が握られている。 「フゥン……。僕の計算によれば、君たちの生存確率は既にゼロに等しい。成程、絶望というものは心地よい色をしているな」 実際には、計算などしていない。ただ「そういう格好いい台詞を言う場面だ」という直感に従っただけだ。彼女は指に嵌めた魔力抑制器を意識しながら、粗末な自作魔道具――火花を散らすだけの使い捨て魔導弾――を乱射し、敵の足止めをしていた。正真正銘の天才ではないが、持ち前の勘とセンスだけは一流である。ギリギリのところで敵の攻撃を回避し、派手なエフェクトと共に敵を弾き飛ばす。その様は、傍から見れば熟練の魔導師に見えたかもしれない。 だが、その戦場に「不純物」が混じった。 「――えいっ」 短く、可憐な声。直後、レクトの背後から凄まじい光の奔流が放たれた。それは魔法というよりは、現象に近い。光に晒された襲撃者たちが、悲鳴を上げる間もなく白濁し、そのまま意識を喪失して崩れ落ちる。 レクトは飛び上がって振り返った。そこには、白のワンピースを纏った少女――加菜子が立っていた。長い黒髪に、吸い込まれるような碧い瞳。彼女はただ、そこに立って、ふわりと微笑んでいた。 「……ハァン? 何だ、君は。僕の独壇場に乱入するとは、実に不遜な。それにその笑顔……不自然なほど眩しいな」 レクトは警戒し、魔導書を構えた。相手が敵か味方かなど、この世界では不確定要素でしかない。特に、たった一度の微笑みで集団を無力化した少女など、正体不明の化け物か、あるいはそれ以上の何かだ。 加菜子は小首をかしげ、穏やかに笑う。その笑顔は、太陽のように眩い。レクトは咄嗟に目を細めた。直視すれば、視神経が焼き切れるような感覚がある。本能が警鐘を鳴らしていた。この少女の「笑顔」は、攻撃なのだと。 「こんにちは。あなたも、あの人を追いかけてきたの?」 「……フゥン。僕が追いかけているのは『真理』と『最強』という名の称号だ。ついてくるのは当然のこと。だが、君が誰であるか、まずは正体を明らしてもらうとしようか」 レクトはあえて尊大な態度を取る。内心では(この子、めちゃくちゃ危なっかしいオーラ出してるな!)と冷や汗をかいていたが、自称天才としてのプライドがそれを許さない。 互いに探り合い、静寂が流れたその時。街の中心部、崩落した時計塔の頂上から、どす黒い魔力の奔流が天を突き抜けた。 空が割れ、そこから這い出してきたのは、肉塊と機械が混ざり合ったような異形の怪物――『虚無の捕食者』だった。周囲の空間を歪ませ、ただ存在するだけで物質を風化させるその怪物は、この地に眠る禁忌の魔導遺物を食らい、完全な覚醒を遂げようとしていた。 「……チッ、出てきたか。僕の計算(適当)では、あと五分はかかると見ていたのだが」 「あ、いた。あいつを捕まえなきゃいけないんだ」 二人の視線が、同時に怪物へと向けられた。目的は異なるのかもしれないが、目の前の敵を排除しなければならない点では一致した。 レクトはガシガシと頭をかき、それから再び不敵に笑った。白装束を翻し、指のリング――魔力抑制器を軽く叩く。 「いいだろう。君の正体については後でじっくり聞かせてもらう。今は、力を合わせるだけだな。名乗っておこう、僕はレクト・ファム。未来の最大最強の魔法使いだ!」 「私は加菜子。よろしくお願いします、レクトさん」 こうして、奇妙な共闘関係が成立した。 戦闘は、怪物の圧倒的な暴力から始まった。怪物が咆哮し、真空の刃を周囲に撒き散らす。レクトは瞬時に反応し、魔導書からページを破り捨て、それを触媒にした防壁魔法を展開した。 「食らえ! 『天界を隔てる絶望の壁(アビス・ウォール)』!」 ドォォォォン! 派手な音と共に展開された壁は、実はただの強化された物理障壁だ。しかし、そのタイミングと配置だけは完璧だった。真空の刃を辛うじて防いだレクトだが、衝撃で後方に弾き飛ばされる。 「げふっ……! ま、まあ、想定内だ。相手の出力計量を完了したぞ」 「レクトさん、危ないよ!」 怪物がレクトを狙い、巨大な触手のような腕を振り下ろした。避けるのは不可能に近い速度。レクトが絶望的な顔をした瞬間、加菜子がすっと前に出た。 彼女はただ、最高の笑顔を見せた。 ――パァァァァァァッ!! 世界が白に染まる。直視した怪物の視覚器官が、物理的に焼き切れた。同時に、空間に亀裂が入り、怪物の意識の一部が「広く寂しい病室」へと強制的に転送される。 怪物は混乱し、もがいた。病室に引きずり込まれた意識は、そこに潜む「目に見えない手」に掴まれ、引きずり回される。物理攻撃も精神攻撃も通用しない絶対領域。そこで怪物は、内側から腐りゆく「ウィルス」に感染し、絶叫を上げた。 「……! 今だ! 相手の精神的な均衡が崩れている!」 レクトは好機を逃さなかった。彼女は懐から、怪しく光る小瓶を取り出した。自作の使い切り魔道具――『超圧縮魔力爆弾(自称)』である。 「見ていろ、これが天才の真骨頂だ! 『星屑の葬列(スターダスト・レクイエム)』!!」 レクトが小瓶を投げつけると、それは怪物の口内に吸い込まれ、内部で爆発した。ドゴォォォン! という激しい衝撃と共に、怪物の身体が内側から弾け飛ぶ。当然、名前だけ立派な低威力爆弾だったが、加菜子のスキルによって「内部から腐食していた」ため、致命的なダメージへと繋がった。 「ハハハ! 見たか! 僕の完璧な戦術をな!」 「すごいね、レクトさん!」 だが、敵はまだ死んでいなかった。肉体を再生させ、さらに巨大化した怪物が、怒りに任せて周囲のビルをなぎ倒しながら突撃してくる。その圧力だけで、地面が陥没する。 「……チッ、しぶといな。成程、再生能力に特化した個体か」 レクトの額から汗が流れる。魔導書のページはもう残り少ない。自作の道具も底を突きかけていた。このままでは、物量と再生力に押し切られる。 「……加菜子ちゃん。君の『笑顔』をもう一度、全力で出せるか?」 「うん、できるよ。でも、レクトさんも一緒にいないと、あいつを完全に病室に閉じ込められないかも」 「フゥン。僕を誰だと思っている。僕は天才だ。……たとえ、身を滅ぼすとしてもな」 レクトは、左手の指に嵌まった銀色のリング――魔力抑制器に手をかけた。彼女の身体には、制御不能なほど膨大な魔力が眠っている。それを解放すれば、一瞬だけ神に等しい力を得られるが、その後は魔力が枯渇し、気絶する。文字通り、身を滅ぼす賭けだ。 「……いいか、合図と共に、君の最大出力を出せ。僕はその光を『増幅』させ、相手の全存在を病室へ叩き込む!」 「わかった!」 レクトがリングを外した。その瞬間、白装束が激しく舞い上がり、周囲の空気が震えた。純白の、しかしあまりにも暴力的な魔力が彼女の身体から溢れ出す。レクトの瞳が黄金色に輝き、その表情からは余裕が消え、真剣な、そしてどこか悲壮な覚悟が宿った。 「今だ!!」 加菜子が、人生で一番眩しい笑顔を咲かせた。 同時に、レクトが両手を広げ、全魔力を一点に集中させる。 「僕の全てを、この一撃に凝縮する! 『終焉を告げる白銀の聖域(ジ・エンド・オブ・ホワイト)』!!!」 加菜子の放つ「光」に、レクトの「膨大な魔力」が燃料として注ぎ込まれた。光はもはや光ではなく、世界を塗り潰す白い津波となった。逃げ場はない。回避不能。直視した者は絶望し、視界を失い、そして――。 「アガギギギギ!!」 怪物の絶叫が響き渡り、その巨体はそのまま巨大な白い穴に飲み込まれた。転送先は、あの広く寂しい病室。そこには逃げ場などない。無数の手が怪物の四肢を掴み、底なしの闇へと引きずり込む。同時に、超高濃度のウィルスがその細胞一つ一つを分解し、消滅させた。 ……静寂が戻った。 光が消え、塵となった怪物の残骸が舞っている。 そして、ドサッ、という鈍い音がした。 「……っ、ふぅ……。見たか……僕の……完……勝……」 レクトは、そのまま地面に大の字に倒れ込んだ。顔は真っ白で、指一本動かせない。魔力を全て出し切った反動で、意識が急速に遠のいていく。 「あはは、本当にかっこよかったよ、レクトさん」 加菜子が、ゆっくりと歩み寄り、倒れているレクトの隣に座った。彼女の笑顔は、もう攻撃的な眩しさではなく、ただの優しい少女のものに戻っていた。 「……フゥン。……当然だ……。僕は……天才だからな……」 そう言い残して、レクトは深い眠りに落ちた。 空には、いつの間にか穏やかな青空が広がっていた。不器用な天才少女と、恐ろしい微笑みの少女。正反対の二人が出会い、一時的に交わった戦い。それは後日、レクトが目を覚ました時に「僕が一人で全部やった」と大口を叩くための、最高のネタになるはずだった。