天を裂くほどの静寂が、そこにはあった。 荒涼とした大地。風さえも呼吸を止めたかのような真空の空間に、対極の二つの存在が対峙していた。一方は、ボロ布のような和服を纏い、今にも風に吹かれれば消えてしまいそうなほど痩せ細った老剣士、【遙か頂へ】トージロー。もう一方は、見る者を圧する威厳と、絶対的な強者のオーラを纏った黒龍の姫、【龍姫】ロン・ドラーク。 ロン・ドラークは、その身を完全に【龍化】させていた。天を覆い尽くすほどの巨大な黒き翼、山脈をも容易に砕くであろう剛健な爪、そして深淵よりも深い闇を湛えた鱗。彼女がひとたび地を揺らせば、世界そのものが恐怖に震え、その周囲には神々しいまでの【極光】が渦巻き、あらゆる干渉を拒絶する不可侵の領域を形成していた。 対するトージローは、ひょろりと曲がった背中で、どこかふらふらと重心を揺らしていた。しかし、その瞳に宿る光だけは、鋭利な刃のように研ぎ澄まされていた。 「我が剣の境地をお見せしよう」 静かに、しかし深く、空気を震わせる言葉が漏れた。その瞬間、トージローの態度から「戯け」が消えた。彼は緩慢に、しかし正確な所作で腰の刀の柄に手を掛け、抜き放つ直前の「構え」に入った。その身は石像のように凝固し、呼吸すらも止まった。過集中。周囲の風景、風の音、そして目の前に君臨する龍の絶大な威圧感さえも、彼にとってはもはや意味をなさない背景へと成り果てた。彼に見えているのは、ただ一点。次元の裂け目と、そこへ到達するための「線」のみである。 一方のロン・ドラークもまた、その矜持を最大限に高めていた。彼女は自身の核にある絶大な魔力を、一点に凝縮させる。龍族の頂点として、不死の権能を持つ彼女にとって、この一撃は単なる攻撃ではない。世界の理を書き換え、敵の存在そのものを根こそぎ消し去る断罪の光である。 彼女が大きく口を開いた。喉の奥から、宇宙を震わせるほどの咆哮が鳴り響く。それは【龍穿ツ咆哮】であり、同時に【掻キ消ス吐息】としての破壊衝動を孕んでいた。光の奔流が、彼女の口端から凝縮され、やがて白銀に輝く究極の消滅ビームへと変貌する。それは触れるものすべてを貫通し、存在の核を抹消する絶対的な死の光。そして同時に、彼女の巨大な腕が振り上げられた。空間を断ち切る【世界断ツ龍】の斬撃が、吐息の光と共鳴し、一つの巨大な「消滅の奔流」となって前方へ向けられた。 「これがあーしの…【次元斬】」 永遠に続くかと思われた静止が、ついに破られた。トージローの身体が、物理的な速度を超越して加速する。それは「動いた」という認識を脳が処理するよりも早く、現象としてそこに「結果」が現れたことを意味していた。 鞘から放たれた一閃。それは単なる鋼の軌跡ではない。空間そのものを抉り、三次元という概念を切り裂き、因果さえも断ち切る究極の居合い。彼が長き修行の果てに辿り着いた「頂」の境地が、一本の白い線となって世界を二分した。 光と光が、次元と次元が、正面から激突する。 ロン・ドラークの放った【掻キ消ス吐息】と【世界断ツ龍】の複合攻撃は、あらゆる防御を無効化し、存在を抹消する絶大な破壊力を伴っていた。極光に包まれたその一撃は、世界の終わりを告げる終焉の鐘のように、すべてを呑み込もうと猛然と突き進む。しかし、そこに突き立てられたトージローの【次元斬】は、その「抹消」という概念すらも切り裂いた。 激突の瞬間、世界から音が消えた。白銀の光と、漆黒の斬撃が一点で交わり、凄まじい衝撃波が全方位に炸裂した。大地は同心円状に砕け散り、空は鏡のようにひび割れた。次元の壁が崩壊し、一瞬だけ別の世界が覗いたかと思われたが、それさえも激しいエネルギーの衝突によって塗りつぶされる。 「これぞあーしの悲願…あーしの…頂き」 トージローの声が、爆風の中で静かに響いた。彼の放った一閃は、龍の絶大な破壊力を真っ向から切り裂き、その核へと到達した。防御を捨て、回避を捨て、ただ「頂」へと至る一撃にすべてを懸けた老剣士の意思が、不死の龍の誇りを僅かに上回った。 光が収束し、爆煙が晴れる。そこには、激しく地面に叩きつけられ、意識を失った巨龍ロン・ドラークの姿があった。彼女の強靭な黒き鱗は、次元を切り裂いた一撃によって深く刻まれ、その絶対的な魔力は完全に枯渇していた。生存はしているが、その意識は深い闇へと沈んでいた。 そして、トージローもまた、刀を鞘に収めることなく、そのままゆっくりと、崩れるように地面へ倒れ込んだ。全生命力を使い切り、魂のすべてをあの一振りに込めた代償。彼は満足げな、どこか飄々とした微笑みを浮かべたまま、深い眠りに落ちていった。 静寂が戻った荒野に、ただ二人の戦士が、静かに横たわっていた。 勝者:【遙か頂へ】トージロー