世界を裏から操る特務組織『エクリプス』。その目的は、世界の理(ことわり)を書き換え、停滞した文明に強制的な「変革」をもたらすこと。その頂点に君臨するボスの配下として、あらゆる分野で頂点に立つ四人の精鋭――通称『四天王』が、本日の召集に応じて組織の深部に位置する円卓の間へと集まっていた。 最初に部屋にいたのは、白くくしゃくしゃな髪に古びたコートを纏った少年、均衡だった。彼は無表情のまま、壁に背を預けて立っていた。その周囲だけが、まるで時間が止まったかのように静まり返っている。彼にとって、この空間に漂う緊張感さえも「安定」させるべき事象の一つに過ぎなかった。 そこへ、不釣り合いな陽気さと、どこからともなく漂う潮風の香りを伴って、巨大な影がなだれ込んできた。 「ガハハハ! 野郎ども、パーティの準備はできてるな! この部屋を我らの宴会場にしてやろうぞ!」 扉を蹴破らんばかりの勢いで現れたのは、幽霊船ガレーズ。船そのものが本体であるという異形の存在であり、甲板には骸骨の海賊たちがガヤガヤと騒ぎ立てている。船長であるキャプテン・カールが、ボロボロの船首で均衡を睨みつけた。 「おい、白髪の小僧! 気が抜けた面だな。この俺が来るまで、退屈で死にそうだっただろう?」 均衡は視線すら向けず、淡々と答えた。 「……うるさい。静かにしてろ」 「ひひっ! 余裕ぶった口を叩く奴は嫌いじゃないぜ!」 ガレーズが船体を揺らして笑ったその時、ふわりと、舞い降りるようにして一人の少女が部屋に飛び込んできた。バラヒメである。彼女はピンク色のフリルがついた服を揺らし、瞳をキラキラと輝かせていた。 「バラねっ! 頑張って走ってきたよ! みんな、お待たせ!」 バラヒメはくるくるとその場で回転し、誰もいない空間に向かって手を振る。彼女は本気で自分が熱帯魚だと思い込んでおり、足元の床をまるで珊瑚礁の海であるかのように軽やかに泳ぐ動作で移動した。 「あらぁ、ガレーズさん! 今日もお船がとっても大きくて素敵ね。バラ、一緒に泳いでもいいかな?」 「おっと、お嬢ちゃん。俺の船に乗り込めば、地獄の果てまでレッツ狂渦だぜ! 呪いという最高のスパイスを添えてな!」 「わぁ、スパイス! お魚さんはお味が大事だもんね!」 天然なバラヒメに、ガレーズの威圧感も、呪いの気配も全く通用していない。均衡は小さくため息をついた。彼にとって、このカオスな空間こそが最も「不安定」であり、精神的に疲弊する要因であった。 そして、最後に現れたのは、音もなく、気配もなく、しかし確実にそこに存在していた男――ニゲだった。彼は誰に気づかれることもなく、部屋の隅の影からふっと姿を現した。 「……ふぅ。危うく誰かに見つかって話しかけられるところだった。私はニゲ。この世の全てから逃げてきた者である。……ふぅ、ここならとりあえず安全か」 ニゲは、自分が「来た」のではなく、「ここ以外から逃げてきた結果、ここに辿り着いた」という風貌をしていた。彼は四天王の中でも特異な存在であり、その権能はあらゆる追撃、あらゆる拘束を無効化して逃げ切るという、究極の回避能力である。 四人が揃うと、自然と「最近の成果」についての話題へと移った。まず口を開いたのは、自尊心の塊であるガレーズだった。 「いいか、貴様ら。先週の遠征では、沿岸部の要塞をまるごと一つ、我が大砲の斉射で消し飛ばしてやったぜ! 物理攻撃など通用せぬ幽霊船の強みを活かし、相手の攻撃をすり抜けながら、絶望の呪いを振りまいてやった。逃げ惑う敵の面々に、地獄の竜巻を見せてやった時の快感といったら……たまらん!」 ガレーズは満足げに胸を張り、甲板のスケルトンたちに拍手をさせた。しかし、それを冷ややかに見る均衡が、短く口を開く。 「……効率が悪い。破壊するだけなら誰でもできる。俺は、反乱分子の拠点に接触し、その空間ごと『安定』させた。抵抗する意志さえも不変の状態に固定し、戦わずして無力化した。……それが、真の制圧だ」 「なんだと! 派手さのない地味な仕事しやがって!」 「派手さなど不要。結果が全てだ」 二人の間に火花が散る。そこに、おっとりとしたバラヒメが割り込んだ。 「バラもねっ! すごいことしたんだよ! 敵の人たちがたくさんバラを追いかけてきてくれたの! 『こっちに来い!』って、みんなバラのことだけを見てくれてたから、バラは全力で、きれいに、ひらひらーって避けてたの! みんな、バラのことばっかり見てて、後ろから来た仲間の方を全然見てなかったよ。バラ、みんなのお力になれたと思うな!」 バラヒメの「成果」とは、圧倒的なヘイト収集能力による攪乱であった。本人は「お友達がたくさんできた」くらいの感覚だが、実質的に敵の陣形を完全に崩壊させ、味方の殲滅を助けたことになる。とはいえ、彼女はその後、スタミナ切れで道端で眠り込んでいたため、戦果報告の最後は「お腹が空いた」という話にすり替わっていた。 最後に、ニゲが静かに、しかし誇らしげに語り出す。 「……私は、神の使いを名乗る追手から逃げ切った。時間停止、空間消去、存在抹消……あらゆる権能をぶつけられたが、私はその全てから逃げ切った。逃げ道がない場所に壁があれば、私が逃げることで道ができ、運命さえも私を逃がす方向へと書き換わった。……逃げ切ることこそが、最大の勝利。私は、この世界で唯一、誰にも捕まらない自由を勝ち得たのだ」 「チッ、逃げるのが仕事の奴に言われてもな!」 ガレーズが吠えるが、ニゲはそれを聞き流し、再び影に溶け込もうとする。 「ふん。それにしても、ボスが呼び出した意図が分からん。我々に何か新しい任務があるのか、それとも単なる現状確認か。……均衡、お前はどう思う」 均衡は、懐の拳銃を軽く叩き、無表情に天井を見上げた。 「……わからない。だが、この空気感は……ただの報告会じゃない」 その言葉が終わるか終わらないか。部屋の空気が一変した。 重圧という言葉では足りない。空間そのものが軋み、四天王たちが本能的に身構えるほどの強大なプレッシャーが、正面の重厚な扉から溢れ出した。 ガタッ、と扉が開く。そこに立っていたのは、彼らが仕える組織の頂点――ボスだった。 「……集まったか。騒がしいのは相変わらずだな、お前たちは」 ボスの登場に、先ほどまでマウントを取り合っていた四天王たちが、一斉に居住まいを正した。幽霊船は静まり、ニゲは影から完全に姿を現し、バラヒメは「あ! ボスさんだー!」と天真爛漫に手を振った。均衡だけは、相変わらず無表情だったが、その視線には深い敬意と、わずかな緊張が宿っていた。