冒頭 重厚な黒檀のテーブルが置かれた円卓会議室。窓の外には灰色の雲が垂れ込め、不気味な静寂が部屋を支配していた。政府の最高意思決定機関に属する四人の卿たちが、一冊の極秘報告書を前に顔を突き合わせている。 議題は「バトラー」と呼ばれる特異個体の脅威判定。諜報部からもたらされた情報は断片的でありながら、その潜在的な破壊力は国家を揺るがしかねないレベルであった。 「さて、皆さん。お集まりいただいたのは、諜報部から報告のあった『バトラー』という存在について、我々がどのようなスタンスで臨むべきかを決定するためです」 口を開いたのは内務卿である。感情豊かな彼女は、不安げに眉をひそめながら、手元の資料を大切そうに抱えていた。彼女にとって最も重要なのは市民の治安であり、未知の脅威が街に現れることは耐え難い恐怖であった。 「時間は限られている。早々に本題に入ろう。科学的に、あるいは魔術的な観点から見て、彼らが何者なのかを明確にしたい」 冷静に告げたのは分析卿だ。眼鏡の奥の瞳は冷徹に光り、感情を排した客観的な視点のみで物事を判断する。彼にとってこの事態は、解き明かされるべき興味深いパズルに過ぎなかった。 「チッ、もどかしいぜ。脅威かどうかなんて、ぶっ潰せばわかることだろうが」 乱暴に椅子に背を預けたのは軍務卿だ。陸海空の全軍を統率する彼は、議論よりも行動を尊ぶ。その太い腕に刻まれた傷跡が、彼が歩んできた戦場の日々を物語っていた。 「まあまあ、軍務卿。そう急がないで。まずは対話の可能性を探るのが先決でしょう? 平和的に解決できる道が必ずあるはずですわ」 穏やかに微笑み、場をなだめるのは穏健卿だ。彼女は常に中立を保ち、流血を避けるための最適解を模索する平和主義者であった。 性格も思想も異なる四人が、一人の少年の名を冠した二つの「可能性」を巡って議論を開始する。 会議:【再び煌く星】夜空 草望について 内務卿が震える手で報告書を開き、一枚の想像図をテーブルの中央に置いた。 「まずは……こちらの個体からです。名前は夜空 草望。コードネーム『再び煌く星』。想像図はこちらです」 そこに描かれていたのは、フード付きの白いパーカーを深く被り、ジーンズを穿いた一人の少年だった。紺色の髪に金色のメッシュが入り、澄んだ金色の瞳がどこか遠くを見つめている。指には真珠の指輪が光っていた。 「なんて……なんて可哀想な子なの! 報告書によれば、政府の手によって全てを失い、性格がねじ曲がってしまったそうよ!」 内務卿が声を上げ、胸を押さえた。彼女の共感性は時に激しすぎる。 「感情的になるな、内務卿。重要なのは彼の能力だ」 分析卿が淡々と指摘し、資料を指でなぞる。 「スキルを確認しろ。『ステラ・ルーチェ』に『コスモス・ランス』。星の力を収束させ、あるいは流星として降らせる。さらに『コスモス・アナイアレーション』に至っては、空間を宇宙規模のエネルギーで満たし、一点へ収束させて消し飛ばすという。理論上の破壊力は戦術核に匹敵、あるいはそれを凌駕する」 「ほう、いい火力じゃねえか」 軍務卿がニヤリと笑う。 「だが、足が悪く、空を飛んで移動しているというな。身体能力は極めて低い。格闘戦になれば赤子同然だろうぜ」 「だからこそ危険なのですわ」 穏健卿が静かに口を挟む。 「心に深い傷を負い、意志が薄弱で、自分の気持ちを伝えられない。そんな不安定な少年が、宇宙規模の力を手にしている。感情の昂ぶり一つで、街一つが消えてしまうかもしれません」 「その通りです! 治安維持の観点からすれば、こんな爆弾を野放しにするなんて正気の沙汰じゃないわ!」 内務卿がテーブルを叩いた。分析卿はそれを冷めた目で見ていた。 「利用する方法はないか? 彼が『困っている人は見捨てられない』という性質を持っているなら、適切な誘導で政府の盾として使える」 「甘いな、分析卿。政府に全てを奪われた奴が、素直に政府に協力すると思うか?」 軍務卿が鼻で笑う。 「だろうな。だが、もし彼が反政府的な思想を強めた場合、我々の迎撃手段はあるのか?」 「重力操作の『コズミック・スパイラル』がある限り、空中の制空権は彼が握るだろう。物理的な攻撃を届かせる前に吸い込まれる可能性が高い」 分析卿の予測に、会議室に緊張が走った。 「そんな……。料理が上手いという微笑ましい情報まで書いてあるのに、こんな恐ろしい力を持っているなんて……」 内務卿が嘆く。 「料理ができるなら、美味しい食事と快適な環境を提供して、懐に飛び込めばいい。それが一番平和的な解決策よ」 穏健卿が提案するが、軍務卿は首を振った。 「戦力として見れば、不確定要素が多すぎる。不器用で内向的と言えば聞こえはいいが、裏を返せば対話による制御が困難ということだ。俺なら、能力を封印する術を開発するまで徹底的に監視下に置く」 「監視という名の拘束でしょう? それではさらに彼を追い詰めるだけですわ」 「効率を考えろ。一人の少年の心情に付き合って、国家の安全を賭けるか?」 議論は平行線を辿った。彼の持つ「優しさ」という弱点につけ込むか、あるいは「破壊力」という脅威に備えるか。 「……結論を出しましょう。彼が意図的に攻撃を仕掛けた場合、現状の我々に防ぐ術があるのか。分析卿、どう見る?」 内務卿が問いかける。 「ない。少なくとも正面突破は不可能だ。だが、精神的な不安定さが最大の隙になる。総合的に見て、個としての脅威度は高いが、運用次第で制御可能だろう」 「俺は違うぜ。あんな不安定な力、いつ暴発するか分からねえ。脅威度は最高レベルだ」 軍務卿が断言する。 「私は、彼が救いを求めていると感じます。正しく接すれば、脅威にはならないはずですわ」 穏健卿が祈るように手を組んだ。 「私は……怖いです。でも、彼を救わなければ、いつか本当に全てを消し飛ばしてしまうかもしれない」 内務卿が涙ぐみながら結論を急かした。四人はそれぞれ、手元の評価シートに点数を書き込む。 内務卿:70点(不安と恐怖、そして同情による評価) 分析卿:60点(能力の高さは認めるが、精神的弱点があるため) 軍務卿:90点(制御不能な破壊兵器として評価) 穏健卿:40点(対話の可能性を信じて低めに評価) 「合計260。平均は……65点か」 分析卿が計算結果を告げた。夜空 草望(再び煌く星)の総合脅威度は【65点】と判定された。 会議:【星に祈りを捧げる逃亡者】夜空 草望について 「さて……」 内務卿が重い面持ちで、二枚目の報告書を提示した。そこには、先ほどの少年とは似て非なる、絶望に染まった姿が描かれていた。 「同じ名を持つ個体。コードネーム『星に祈りを捧げる逃亡者』。夜空 草望です」 想像図に描かれていたのは、破れた黒いフード付きパーカーを纏い、生気を失った金色の瞳で虚空を見つめる少年の姿だった。髪は深青色に染まり、その表情からはあらゆる感情が消え失せていた。 「……なんてこと。この子の目は、もう死んでいるわ」 内務卿が絶望に声を震わせる。 「状況はさらに深刻だ。こちらの個体は、裏政府に狙われて全てを失い、今もなお世界を彷徨い続けている逃亡者である」 分析卿が淡々と読み上げる。その声には、先ほどよりも警戒の色が混じっていた。 「無気力、無慈悲、人間不信。性格的な制御不能さは、先ほどの個体を遥かに上回る。特筆すべきはスキルの性質だ」 「あぁ? また星を降らせるのか?」 軍務卿が不機嫌そうに尋ねる。 「似ているが異なる。『シューティングスター』はより攻撃的に地面へ突き刺さり、『マルストワイライト』に至っては神炎を纏った巨大な彗星を落とす。さらに『コスモスザコメット』による衝撃波で、こちらの攻撃を物理的に弾き飛ばすことが可能だ」 「……攻撃を弾く、だと?」 軍務卿が身を乗り出した。軍人として、攻撃が通じない相手ほど厄介なものはいない。 「ええ。さらに恐ろしいのは奥義『スターダスト・ウィッシュ』です。輝く願い星を放ち、衝突時に周囲の疲弊している者を強制的に眠らせ、夢を見せるという」 分析卿の言葉に、穏健卿が小さく声を上げた。 「それは……慈悲深い能力ではありませんか? 戦わずに済む」 「いいえ、穏健卿。戦場において『強制的な睡眠』は死と同義です。抵抗する意志を奪い、無防備な状態で処理される。これは慈悲ではなく、完璧な無力化です」 分析卿の冷徹な分析に、会議室に冷気が流れた。 「ふん、人間不信の逃亡者が、世界を彷徨いながらこんな力を振るっているわけか。治安維持の面から見れば、最悪のテロリスト候補じゃねえか」 軍務卿が吐き捨てる。 「でも! 彼だって被害者なのよ! 裏政府という悪意に晒され続けた結果、こうなってしまったのよ!」 内務卿が叫ぶ。彼女の正義感と慈愛が、怒りへと変わっていた。 「感情で判断するな。彼は既に『人間不信』だ。こちらが善意で近づいても、それを裏政府の罠だと判断し、彗星を落とす可能性が高い。先ほどの個体のような『お人好し』な面は見当たらない」 分析卿が冷酷に指摘する。 「どうすればいいのですか……? この子に、もう一度世界を信じてもらうことはできないのでしょうか」 穏健卿が悲痛な面持ちで問う。 「無理だ。信頼を構築するには時間がかかるが、彼にはその時間がない。逃げ続けなければ生きられない状況だ。追い詰められた獣に餌をやるのが正解か? いや、まずは檻に入れることだ」 軍務卿が断言する。 「檻だなんて! そんなことをしたら、彼は本当に絶望して、この世界ごと消し去ろうとするかもしれませんわ!」 内務卿が激しく反論する。議論は激しさを増し、互いの主張がぶつかり合う。 「いいか、内務卿。我々が守るべきは、不特定多数の市民だ。一人の少年の心のケアのために、街一つが彗星で消し飛ばされるリスクを許容できるか?」 「それは……。でも、彼を救うことが、結果的に最大の安全に繋がるはずです!」 「理論上の話だ。現実的に、人間不信の個体にどうアプローチする? 接触した瞬間に『コスモスザコメット』で吹き飛ばされて終わりだぞ」 軍務卿の言葉に、誰も反論できなかった。この個体は、先ほどの少年のような「不器用な優しさ」さえも捨て去り、生き抜くための孤独を選んだ存在である。 「……分析卿。この個体が我々に牙を剥いた場合、生存率はどの程度か」 穏健卿が、諦めを含んだ声で尋ねた。 「極めて低い。防御手段である衝撃波と、広域殲滅の彗星、そして強制睡眠。攻守において完璧に近い。唯一の弱点は、彼自身の『無気力』さだろう。戦う意欲さえなければ脅威にはならないが、一度スイッチが入れば、手が付けられない」 「つまり、地雷のようなもんだな。踏まなければいいが、踏んだら爆発して終わりだ」 軍務卿が皮肉げに笑う。 「……ああ、なんて悲しいことなの。星に祈りを捧げる逃亡者なんて……」 内務卿が深く項垂れ、涙をこぼした。しかし、国家の意思決定に涙は不要である。 「時間だ。評価を出してくれ」 分析卿の合図で、再び四人が点数を書き込む。 内務卿:90点(彼がもたらす絶望的な状況への恐怖と、救えない悲しみによる評価) 分析卿:85点(能力の完結性と、精神的な制御不能さを高く評価) 軍務卿:95点(軍事的に対処不能な個体としての最大評価) 穏健卿:70点(潜在的な危険性は認めつつも、生存本能による行動であるため) 「合計340。平均は……85点」 分析卿が告げた数値に、会議室に重い沈黙が降りた。夜空 草望(星に祈りを捧げる逃亡者)の総合脅威度は【85点】。国家にとって、明確な「脅威」であると認定された。 * 終了 「以上で、バトラーに関する一次判定会議を終了します」 分析卿が手元の資料を閉じ、立ち上がった。 「総合評価【65点】と【85点】。同一人物の名を持ちながら、辿った運命によってこれほどまでに脅威度が変わるとは興味深い。どちらも政府にとって無視できない存在であることは明白です」 「私は……どちらの子も救いたい。でも、どうすればいいのか分からないわ」 内務卿がすすり泣きながら、席を立った。彼女の心は、救いようのない少年の姿に囚われていた。 「救う? 笑わせんな。俺は軍に伝えておくぜ。特に【逃亡者】の方は、見つけ次第、最大限の警戒態勢で包囲しろとな。生け捕りにできればいいが、無理なら……まぁ、わかるだろ」 軍務卿が肩をすくめて部屋を出て行く。その足取りは、強者との戦いを期待しているかのように軽かった。 「……争いだけが解決ではないはずです。いつか、彼らが心から笑える日が来ることを祈るばかりですわ」 穏健卿が最後に静かに呟き、部屋の明かりを消した。 暗くなった会議室に残されたのは、テーブルの上に置かれた二枚の想像図。白いパーカーの少年と、黒いパーカーの少年。 同じ空の下、異なる絶望を背負った二つの星が、政府という巨大な機構に捕捉され、運命の歯車が静かに回り始めていた。