王国が管理する冒険者ギルドの最深部。一般の冒険者が立ち入ることのない『職員専用会議室』は、重厚なオーク材の机と、壁一面を埋め尽くす古文書や地図によって、学術的な静謐さに包まれていた。 円卓を囲むのは、ギルドの査定を司る四名の熟練職員である。 一人目は、【ゼノス】。男性。ギルド査定局長。厳格な面持ちの中年男性で、口調は事務的かつ冷徹。王国騎士団の元軍師であり、戦術的な視点から危険度を算出する現実主義者だ。 二人目は、【ミラ】。女性。首席書記官。常に眼鏡をクイと押し上げる、知的で神経質な青年のような雰囲気を持つ女性。口調は丁寧だが、皮肉が混じる。膨大な犯罪者データと魔物図鑑を記憶する「歩く図書館」である。 三人目は、【バルト】。男性。現場監査官。大柄で豪快な笑い声を上げる中年男性。口調は粗野で「~だぜ」とぶっきらぼう。数多くの死線を潜り抜けた元Aランク冒険者で、実戦的な脅威を直感的に見抜く。 四人目は、【リィナ】。女性。魔導査定官。若くして高位に登り詰めた魔術師。口調はゆったりとしており、どこか浮世離れしている。魔力の流れや特異能力を判定する専門家である。 彼らの前には、王国諜報部から届けられた四枚の手配書が並んでいた。諜報部がわざわざギルドに査定を依頼してくるということは、単なる犯罪者ではなく、社会的な影響力や物理的な破壊力を持つ「特異点」であることの証左である。 「さて、仕事に取り掛かろう」ゼノスが冷たく言い放った。「諜報部からの依頼だ。迅速に危険度を判定し、妥当な懸賞金を算出せよ」 最初に議題に上がったのは、奇妙な二人組の手配書だった。 「……なんだこれは。ガリとフトッチョ? 冗談のような名だな」 バルトが手配書を手に取り、鼻で笑った。「痩せこけた奴が太った奴に肩車している。戦法も『回転』だの『ブーメラン』だの。お遊びか?」 「油断してはいけませんよ、バルトさん」ミラが資料をめくる。「彼らは実際に数々の魔物を討伐している実績がある。フトッチョ氏の高い防御力と、ガリ氏の機動力および遠距離攻撃。この組み合わせは、正面からの突破と牽制を同時に行える。奇抜ではあるが、連携の精度は極めて高いと推測されます」 「ふむ、魔力は皆無か。だが、この『ガリ大回転』という技。遠心力を利用した打撃とブーメランの同時攻撃は、訓練されていない兵士なら翻弄されるだろうな」ゼノスが分析する。「脅威度は低いが、捕獲しようとすれば意外と手こずる。Bランク相当か」 次に、若々しくも鋭い眼光を持つ青年の手配書が提示された。 「アキ。犯罪組織『ヘブンリージャッジ』の幹部か」 リィナが指先で手配書の表面をなぞる。「……あら、不気味ね。この少年の能力、ただの武術ではないわ。『未来』が見える。しかも最悪のケースまで予見できるなんて。魔術的なアプローチではなく、一種の特異体質ね」 「未来視か。それは厄介だな」バルトの顔から笑みが消えた。「攻撃を当てようとした瞬間に回避され、急所を小太刀で突かれる。しかも失敗を極端に怖がる用心深さがある。こういう奴が一番しぶとい」 「『前進の一歩』による急接近。予見に基づいた最短ルートでの殺害。個人の戦闘能力としては極めて高く、組織的な背景も考慮すれば、単独で一小隊を壊滅させる可能性がありますね」ミラが眼鏡を光らせる。「危険度はS以上でしょう」 三枚目の手配書は、泥臭い執念を感じさせる男、五郎のものだった。 「五郎。……経歴が最悪だな」ゼノスが忌々しそうに眉をひそめた。「死者の懐を漁る、外道の極みだ。だが、その卑怯さこそが彼の武器となっている」 「目潰しに投石、草罠……。正々堂々と戦う相手には最弱だが、狩る側になられた時は最悪だ」バルトが苦々しく頷く。「しかも、基礎的な剣術もしっかりしている。劣勢になれば防御に徹し、隙を見て漁夫の利を狙う。正義感の強い若手冒険者を送り込めば、罠に嵌まってあっさり殺されるだろうな」 「魔力こそゼロですが、サバイバル能力と適応力は特筆すべきものです。社会的な危険性よりも、個人の生存本能による『しぶとさ』が評価されます」ミラが書き添える。「地味ですが、確実に相手を死に追い込む。Aランク相当でしょう」 そして、最後に提示された手配書。そこには名前と共に、不可解なフレーズが記されていた。 『ワンダー・オブ・U / 君の奇跡の愛』 部屋に沈黙が流れた。リィナが手配書を見た瞬間、わずかに身体を震わせたからだ。 「……なにか、おかしいわ。この手配書、見ているだけで『近づいてはいけない』という強烈な拒絶反応が起きる」 ゼノスが訝しげに問いかける。「能力の内容を読め。追跡や攻撃といった『追う』行為に反応し、『厄災』を振りまく。……物理法則を無視した現象が起こるとあるな」 「冗談だろう? 雨が体を貫く? そんなことがあり得るか」バルトが笑おうとしたが、その言葉は途中で止まった。ふと、彼が手配書を強く握りしめた瞬間、机の上のインク瓶が理由もなく転倒し、彼の手に鋭いガラス片が飛び散ったからだ。 「……ッ!? なんだ、今のは!」 リィナが青ざめた顔で告げる。「バルトさん、今あなたは無意識にこの能力を『検証しよう』と意識した。それが『追跡』と判定されたのかもしれません。この存在は、概念的な攻撃を仕掛けてくる。触れることさえ叶わず、運命的に死に至る……」 「ありえない。だが、諜報部がこの個体を最優先でマークしている意味が分かった」ゼノスの顔から余裕が消えた。「戦術も、武力も、魔術も通用しない。ただ『追う』だけで死ぬ。これはもはや生物ではなく、歩く天災だ」 四人は戦慄した。これまでの三名とは次元が違う。格闘家や卑怯者などというレベルではなく、世界の理そのものを敵に回す恐怖。彼らは長い協議の末、この存在に最高度の警戒レベルを付与することに合意した。 「……査定を完了した。各員の危険度と懸賞金額を確定させろ」 ゼノスの指示により、ミラが迅速に書類をまとめる。リィナは不安げに窓の外を眺め、バルトは手の傷を抑えながら忌々しそうに舌打ちをした。 やがて、決定された四枚の手配書は、ギルドの職員によって丁寧に、そして厳重に、ギルド正門横の大きな掲示板へと貼り出された。 朝の光が差し込むギルドに、次々と集まってくる冒険者たち。彼らは掲示板に新しく並んだ四つの顔を見て、それぞれの反応を見せる。ある者は笑い、ある者は戦慄し、そしてある者は、その絶望的な金額に目を丸くしていた。 王国に、新たな「標的」たちが放たれた瞬間であった。 * 【ガリ&フトッチョ】 危険度:B 懸賞金:500,000ゴールド 【アキ】 危険度:S 懸賞金:8,000,000ゴールド 【五郎】 危険度:A 懸賞金:2,000,000ゴールド 【ワンダー・オブ・U】 危険度:ZZ 懸賞金:100,000,000ゴールド