空は抜けるように青く、地上には静寂が広がっていた。……はずだった。今は、爆煙と土煙が舞い、耳をつんざくような衝撃音が絶え間なく響いている。 「ったく、しつこい連中だぜ! オレのリードブロー、効いてんのかよっ!」 もっさりとしたマッシュヘアを揺らし、少年――連撃魔バンチは、襲い掛かってくる武装集団を相手に快活に笑っていた。半狼獣人である彼は、その身体能力を最大限に活かし、裸足の足裏で地面を強く蹴る。鋭い踏み込みと共に放たれた拳が、敵の装甲を激しく叩いた。 バンチの攻撃は単なる打撃ではない。その一撃には、相手の動作を一瞬だけ封じる特殊な効果が宿っている。敵の一人が腕を動かせなくなった隙に、バンチはニヤリと笑った。 「はい、ワンツー! おっと、次は足が動かないみたいだな!」 追撃の拳が腹部を突き上げる。軽快、かつ苛烈。彼は戦いそのものを「遊び」のように楽しんでいた。しかし、その快楽に浸っていた彼にとって、不意に上空から降り注いだ「異物」は想定外だった。 ――キィィィィィィン!! 空気を切り裂く鋭い金属音と共に、正確無比なミサイルの雨がバンチの目の前に降り注いだ。爆風に飛ばされながらも、バンチはひらりと身を翻して着地する。 「うわっ!? なんだよ今の! 味方か? いや、あんな派手なやり方、味方じゃねーな!」 バンチが視線を上げた先。雲を突き抜けて急降下してきたのは、機械的な美しさと威圧感を兼ね備えた戦闘機型のパワードスーツであった。それは空中で鮮やかな反転機動を見せると、滑らかな動作で人型へと変形し、地面に静かに着地する。 そのコクピットから現れたのは、黒髪の若い青年――エリシオンだった。 「ふぅ……。目標の排除完了。ついでに邪魔な雑魚まで片付いたな。……おっと、生き残りが一人いたか」 エリシオンは、操縦していたパワードスーツ『アレサ』に寄りかかりながら、退屈そうにバンチを見た。その瞳には、周囲の惨状への関心はなく、ただ「空を飛ぶこと」以外への関心の薄さが滲み出ている。 「おいあんた! 今、オレに当たっただろ! 危ねーじゃねーか!」 バンチが憤慨して指をさす。対するエリシオンは、肩をすくめて淡々と答えた。 「悪いな。俺のスタイルは『効率』と『快楽』だ。そこに居たお前の責任だろ」 「なんだと!? このお調子者が! オレこそがこの界隈で一番の連撃魔、バンチ様だぞ!」 「連撃魔? なんだその古臭い二つ名は。俺はエリシオン。空の覇者、エースパイロット(元)だ」 互いに警戒心を抱いたまま、距離を取り合う二人。バンチは身構え、エリシオンはアレサのライフルを軽く構える。正体不明の相手に対する不信感と、同時に「こいつ、強そうだな」という格闘家としての好奇心とパイロットとしての挑戦心。火花が散るような緊張感が漂い始めた、その時だった。 ――ゴゴゴゴゴゴッ!! 大地が激しく揺れた。二人の足元の地面が、巨大なクレーターのように陥没する。土煙の中から現れたのは、高さ十メートルを超える鋼鉄の巨獣――『機甲破砕獣・ギガントス』であった。全身を黒い超硬質装甲で覆われ、右腕には巨大なドリル、左腕には高出力のプラズマ砲を装備した、まさに歩く要塞。その眼光は紅く光り、周囲のすべてを破壊せんとする殺意に満ちていた。 「……チッ。出てきたか」 エリシオンが低く呟く。同時に、バンチも顔つきを変えた。 「げっ、あいつか! オレの腕試し相手は、あんなデカブツじゃなくて、あんたみたいな人間だと思ってたんだけどな!」 「残念だったな。だが、あいつを落とさない限り、俺はここを離れられない。……おい、そこの狼少年」 エリシオンが不敵な笑みを浮かべ、アレサのブースターを点火させる。 「どうせどっちが強いか決めるなら、あいつを片付けた後だ。今は……力を合わせるだけだな」 バンチは一瞬呆気にとられたが、すぐにニカッと笑い、拳を突き出した。 「へへん、いいぜ! あんたの派手な援護に、オレの連撃を乗せてやるよ! 行くぜ、エリシオン!」 戦いの火蓋が切られた。ギガントスが咆哮を上げ、巨大なドリルを振り回して突進してくる。その一撃は、当たれば地形が変わるほどの威力だ。 「どけ! 足手まといになるなよ!」 エリシオンが叫ぶ。アレサが超高速で上昇し、空中で激しい旋回を行いながら、ミサイルポッドを全開にした。数十発の追尾ミサイルが、雨のようにギガントスの頭部へと降り注ぐ。 ドォォォォン!! 爆炎が巨獣を包み込む。しかし、超硬質装甲はほとんど傷ついていなかった。それでも、視覚センサーを一時的に失明させるには十分な攻撃だった。 「今だ! 隙あり!!」 爆煙の中を、一筋の閃光が駆け抜ける。バンチだ。彼は裸足のまま、爆風を蹴って跳躍し、ギガントスの装甲の隙間――関節部分へと肉薄した。 「リードブロー!!」 凄まじい速度の正拳突きが、巨獣の膝関節を正確に捉える。衝撃波が周囲に広がり、ギガントスの巨体がわずかによろめいた。スキルが発動し、巨獣の「回避」行動が封じられる。 「よしっ、ワンツー! さらに封じるぜ!」 間髪入れず、もう一撃。今度は横方向からの鋭い突き。これで巨獣の「防御」さえも一瞬だけ機能停止した。バンチはそのまま、空中へと舞い上がる。 「怒涛四連!!」 ドゴッ! バキィッ! ドシュッ! ガァァン!! 目にも留まらぬ速さで繰り出される四つの連撃。一撃ごとに衝撃が増し、鋼鉄の装甲にひび割れが生じる。しかし、相手はあまりにも巨大だ。決定打には至らない。 「おい! ここから先は、あんたの番だろ!」 バンチが空中で叫ぶ。エリシオンは完璧なタイミングで、人型に変形したアレサのライフルを構えていた。 「言われなくても分かってる。最高のタイミングで、最高の火力を叩き込むのが俺の流儀だ」 アレサのライフルの銃口が紅く発光する。最大出力のプラズマ弾が、バンチが作り出した装甲の亀裂へと正確に撃ち込まれた。 ズガァァァァァン!! 「ぐああああ!!」 機械的な絶叫を上げ、ギガントスが大きく後退する。装甲の一部が吹き飛び、内部の回路が剥き出しになっていた。二人の連携は、驚くほど噛み合っていた。自由奔放な操縦スタイルを持つエリシオンと、本能のままに動くバンチ。共通しているのは「型に嵌まらない」ということだった。 しかし、戦いはここからが本番だった。ダメージを負ったギガントスが、暴走状態に入った。全身の装甲から赤い蒸気が噴き出し、攻撃速度が跳ね上がる。猛烈なスピードで振り回されるドリルが、地面を抉り、土石を弾き飛ばす。 「うわっ!? 速い! 今の、避けるのが精一杯だぜ!」 バンチが地面を転がり、間一髪でドリルを回避する。その拍子に肩を強く打ち付け、血が滲んでいた。 「おい、大丈夫か!」 「へへん、余裕だって! むしろ……、これで気分が乗ってきたぜ!」 バンチの瞳に、野生の光が宿る。スキル『闘魂』。体力が減れば減るほど、彼のパワーとスピードは上昇する。傷を負ったことで、彼の身体能力は限界を突破し始めていた。 「エリシオン! 最後の一撃、仕込むぜ! あんたは上から、最大の衝撃を与えてくれ!」 「……フン。無茶な作戦だな。だが、そういう破天荒なのは嫌いじゃない」 エリシオンはアレサの全出力をブースターに回した。垂直上昇。雲を突き抜け、成層圏に近い高度まで一気に駆け上がる。そこから、重力さえも味方につけた超高速の急降下攻撃へと移行する。 一方、地上のバンチは、もはや目に見えない速度でギガントスの周囲を駆け巡っていた。残像を残しながら、あらゆる角度から打撃を叩き込む。 一撃、二撃、十撃、百撃……! 「溜まってきたぜ……! オレの、全部乗せだ!!」 バンチの拳に、それまでの全ての打撃エネルギーが凝縮される。青白いオーラが腕を包み込み、空気が震える。 「レゾナンスブロー!!!」 同時に、上空からエリシオンが、アレサの全武装を一点に集中させた最大出力のダイブ攻撃を敢行した。 「これで終わりだ! 墜ちろ!!」 下からの破壊的な連撃の衝撃波と、上からの超高速プラズマ弾。二つの異なるベクトルからの究極の力が、ギガントスの中心核で激突し、共鳴した。 ――ドゴォォォォォォォォォン!!!! 視界が白く染まるほどの巨大な爆発が巻き起こった。衝撃波で周囲の木々がなぎ倒され、大地が激しく震える。爆煙がゆっくりと晴れていくと、そこには、跡形もなく粉砕されたギガントスの残骸だけが転がっていた。 静寂が戻る。バンチは肩で息をしながら、地面に大の字に寝転んだ。 「はぁ……はぁ……。ったく、疲れたぜ……。けど、最高に気持ちよかった!」 上空から、アレサがゆっくりと降下し、再び人型になって着地する。エリシオンはコクピットから降りると、呆れたように、しかしどこか満足そうにバンチを見下ろした。 「ふん。まあ、合格点だ。お前のあの無茶苦茶な連撃がなきゃ、装甲を割るのに時間がかかった」 「へへん、でしょ! どうだ、オレのすごさが分かったか!」 バンチが起き上がり、得意げに胸を張る。そのもっふもふの尻尾が、嬉しそうに左右に振られていた。エリシオンはふっと口角を上げ、空を見上げた。 「まあいい。礼に、今度俺が一番いい空の景色を見せてやるよ。……ただし、お前のそのうるさい口を閉じていられるならな」 「なんだと! 失礼だなあんた! ……って、えっ!? 今、誘ったのか!? いいぜ、乗せてくれよ!」 「チッ、やっぱりうるさいな」 呆れるエリシオンと、陽気に笑うバンチ。正反対の二人は、奇妙な信頼感と共に、再び賑やかな喧嘩をしながら、戦場を後にした。空には変わらず、どこまでも広い青が広がっていた。