冷蔵庫の奥、冷たい静寂の中にそれは鎮座していた。黄金色の輝きを放つ、たった一つのプリン。 「あら、プリンがあるわね」 真っ先に気づいたのは、紅魔館の主、レミリア・スカーレットであった。彼女は気高く胸を張り、当然のようにそのプリンに手を伸ばそうとした。 「待って! それは私の!」 弾かれたように飛び出したのは、妹のフラン・ドール・スカーレットである。彼女の瞳には、破壊衝動とは異なる、純粋な食欲への渇望が宿っていた。フランにとってプリンは至上の好物である。 「フラン、我儘よ。お姉様が先に見つけたのだから、私が食べるのが運命に決まっているわ」 レミリアが尊大に言い放つ。しかし、そこに場違いな笑みを浮かべた男が割り込んだ。放射能汚染コーラを啜るマッドサイエンティスト、アトミックコーラ竹中である。 「ククク……運命だの権利だの、そんな不確かなものより、栄養学的アプローチで決定すべきではないか? 脳への糖分供給が最も効率的に行われる個体が摂取すべきだ。つまり……この私のような、高度な知的活動に従事する者がな!」 四本の機械腕をガシャガシャと鳴らし、竹中は狂気的に主張する。そこに、ふわふわとした足取りで相舞もこが近づいてきた。 「あー……プリン。おいしそう。もこもこ、たべたいかも」 もこは特に強い主張こそしないが、その場の空気をなんとなく「いいかんじ」にふわふわと漂わせている。 「いいえ、譲れないわ! 私は吸血鬼として、この甘美な快楽を享受する権利がある!」 レミリアが声を張り上げる。するとフランが、不満げに頬を膨らませた。 「お姉ちゃんばっかりずるい! フランが食べる! 食べないなら、プリンごと破壊しちゃうよ!」 「待ちなさいフラン! 破壊するのは無しよ!」 混沌とする議論の中、竹中が冷徹に(しかし目は血走っている)条件を提示した。 「いいだろう。ならば『この場において、最もプリンを欲しており、かつ、それを失った時の精神的ダメージが最大となる者』に譲るべきだ。論理的に考えて、この中で最もプリンへの執着が強いのは誰だ?」 その問いに、三者の視線がフランに集まった。フランはプリンが大好きである。レミリアにとってもプリンは好きだが、彼女は紅茶と共に嗜む気品を重視する。もこは「おいしそう」程度であり、竹中はそもそもコーラで十分である。 「……フランちゃんが一番、プリンが好きだもんね」 もこがふわふわと同意した。レミリアはふっと溜息をつき、妹の頭を軽く撫でた。 「ふん、仕方ないわね。妹の願いを叶えるのも、寛大な姉としての務めよ。今回は貴方に譲ってあげるわ、フラン」 「本当!? やったー!」 竹中もまた、「結論が出たな」と納得してコーラを飲み干した。こうして、民主的な(あるいは妥協的な)議論の結果、プリンを食べる権利はフラン・ドール・スカーレットに決定した。 フランは歓喜に震えながら、大切にプリンを皿から持ち上げた。スプーンを深く差し込み、プルプルとした黄金色の塊を大きく一口、頬張る。 「……んんっ! おいしー!!」 口いっぱいに広がる濃厚なカスタードの甘み。舌の上でとろける滑らかな食感。フランは幸せそうに目を細め、結晶の羽をパタパタと揺らした。それはまさに、破壊の権能を持つ少女が唯一見せる、無垢な子供の顔であった。 「もぐもぐ……やっぱりプリンは最高! お姉ちゃんも竹中さんももこちゃんも、ありがとー!」 完食したフランは、満足げに口の端についたクリームをぺろりと舐めた。 それを見送るレミリアは、「まあ、次は私が注文させるわ」と余裕の笑みを浮かべていた。竹中は「糖分の摂取によるドーパミン放出……羨ましい限りだ」と呟きながら、寂しげにコーラの空き缶を握りつぶした。そしてもこは、「あー、いいかんじに食べたねー」と、お腹いっぱいのフランを見て、自分までお腹がいっぱいになったような気分になり、ふわふわとどこかへ歩いていった。