東洋の深い山々に抱かれた、忘れ去られたような静寂が支配する地。そこに、古びているが手入れの行き届いた老舗旅館『栄愛之湯』はある。紅葉が燃えるように山を彩る季節、この隠れ家のような宿に、奇妙な客たちが訪れていた。 まずはチームA。もっさりしたマッシュヘアに狼の耳をぴょこぴょこと動かし、もふもふの尻尾を激しく振っている少年、連撃魔バンチが裸足で駆け上がってくる。「うひょー!ここが栄愛之湯か!すげー雰囲気じゃん!」と、軽い足取りで玄関へ飛び込んだ。その後ろから……というより、山の斜面を丸ごと飲み込むような圧倒的な存在感と共に、蒼い鱗を輝かせる海龍、海王オーシャンが静かに、しかし確実に天空から降臨し、宿の周囲を(物理的に)海のような湿気で包み込んだ。オーシャンは喋らないが、その深い瞳は静かに景色を堪能していた。 続いてチームB。現代的なギャル服に身を包み、生脚を惜しげもなく晒して気だるげに歩く海秋が、スマートフォンで紅葉を撮影しながら現れる。「あー、マジ山奥。電波弱くね? まじダルい……」と溜息をつくが、その視線はバンチの狼耳に釘付けだ。「(……ワンコ、可愛い。あいつ、絶対揉みしだきたい)」と、湿度高めの視線を送る。その後ろを、軍帽を深く被り、外套を肩にかけた小柄な少女、イヴ大佐が軍靴の音を響かせて歩く。「作戦行動の合間の休息など本来は不要だが、環境による精神的弛緩も戦略的価値がある。……ふむ、静謐な場所だ」と、鋭い眼光で周囲を警戒しつつも、どこか心地よさそうに目を細めていた。 「いらっしゃい。まあ、ゆっくりしていきな」 玄関で出迎えたのは、しわがれた声だが温かい笑みを浮かべる経営主の婆さんだった。バンチが「婆ちゃん!ここ、飯うまいのか!?」と馴れ馴れしく肩を叩こうとして、イヴ大佐に「貴様、礼儀を心得よ」と鋭く叱られ、「ひえっ!ごめん!」と即座に反省する。チェックインを済ませた一行は、男女別に分かれて大部屋へと案内された。 男部屋では、バンチが畳の上で跳ね回っていた。「なあなあオーシャン!あんた、海からここまでどうやって来たんだよ!オレは途中で熊に喧嘩売って追いかけられたけどさ!」オーシャンは答えず、ただ静かに天井を見上げ、時折鼻から小さな水泡を出してリラックスしていた。その圧倒的な静寂が、かえってバンチの陽気さを引き立てている。 女部屋では、海秋が畳に寝転び、SNSにアップするための自撮りをしていた。「見て見てイヴちゃん、この宿の雰囲気、エモくない? 映えすぎるし」イヴは軍服を脱ぎ、簡素な浴衣に身を包んで正座していた。「……エモいとはどのような戦術的意味がある。だが、この静寂は悪くない。貴様のその、だらしない格好には呆れるがな」海秋は「いいじゃん、これが正義なの~」と笑い、ふと「あ、そういえばさ、さっきの狼の子、マジで可愛かったよね。あんなのいたら、もう一日中撫でてられるわ」と、底なしの情欲を滲ませて呟いた。 そして、待ちに待った夕食後。今夜のメインイベントである貸切露天風呂の時間だ。男女別々の浴槽だが、その間は趣のある竹垣で仕切られていた。周囲は真っ赤に染まった紅葉に囲まれ、湯気と共に秋の夜風が心地よく通り抜ける。贅沢なひとときだった。 ……しかし、その静寂は、最悪の形で切り裂かれた。 「ヒャッハー!!見つけたぞ、獲物共があああ!!」 突然、男風呂側の壁を突き破って、パンツ一丁にゴーグルという正気を疑う格好の男が乱入してきた。悪名高い盗撮犯、タクティカルボーイである!彼は手に持った超高性能カメラを構え、卑猥な笑みを浮かべていた。 「この絶景、この湯気、そして無防備な肉体!最高にタクティカルな構図だ!!」 彼が「羞恥増幅器」のスイッチを入れた瞬間、強力な波動が露天風呂を襲った。同時に、彼が放った全力のタックルが、男女を隔てる竹垣を真っ向から粉砕した。ガシャーーーン!!という派手な音と共に、竹垣が完全に崩壊し、男風呂と女風呂が一つに繋がった。 「ひゃああああ!!?」バンチが絶叫し、海秋が「はぁ!? 何この変態!?」と目を剥いた。しかし、羞恥増幅器の効果で、全員が急激に「恥ずかしい」という感情に支配される。裸に近い状態で視線が交錯し、全員が真っ赤になって硬直した。 「今だ!!激写ーーー!!」 タクティカルボーイがシャッターを切ろうとした瞬間、イヴ大佐の冷静さが戻った。「……貴様。私のプライバシーを侵害し、さらに作戦行動中の休息を妨げた罪、万死に値する。全軍、撃て!!」 実際には軍隊はいないが、彼女の怒りは本物だった。しかし、ここは露天風呂である。濡れたタイル床は氷のように滑る。 「連撃魔、行っっっくぜ!!」 バンチが勢いよく踏み込んだが、床の藻と石鹸カスに足を滑らせた。「うわあああ!」と回転しながら滑走し、そのまま海秋の足元にダイブ。運悪く海秋の太ももを抱きしめる形となり、海秋が「ひゃんっ!? ちょっと、どこ触ってんのよこのワンコ!」と悲鳴を上げる。もつれ合った二人はそのまま湯船へドボンと水没した。 「ふんぬっ!!」と海秋が水中で雷を放とうとしたが、水の中だったため電撃が四方に拡散。「ぎゃああ! 俺まで感電した!!」とバンチが激しく痙攣し、暴れる拍子に近くにいたオーシャンの鱗に激突。オーシャンは無表情だったが、不意に体内の水分を制御し、激しい水流を発生させた。それが追い風となり、バンチは弾丸のように射出され、再びタクティカルボーイに向かって飛んでいった。 「レゾナンスブローーー!!」 しかし、空中でバランスを崩したバンチは、ちょうど攻撃に転じていたイヴ大佐の背中に激突。二人はそのまま物理的に衝突し、もつれ合いながらタクティカルボーイの上に重なり合った。 「ぐえっ!? 重い! どけええ!!」 タクティカルボーイがもがくが、そこへ海秋の【エクレアクラッシュ】が炸裂した。水から飛び出した彼女が、雷の速度で上空から急降下し、彼の顔面を正確に踏み抜いた。「この変態ーーー!! 踏み潰されて消えなさい!!」 ぐりぐりと足で踏みつけられ、精神的にも物理的にも完膚なきまで破壊されたタクティカルボーイは、「ああああ! 撮れなかったあああ!」と絶叫しながら、隙を見て煙のように姿を消して逃げ出した。敗北である。 ……静寂が戻った。 そこにあるのは、崩壊した竹垣と、お湯に浸かりながらお互いに絶妙な距離感で、なんとも言えない気まずい雰囲気で視線を合わせる男女だった。バンチは顔を真っ赤にして、海秋は呆然として、イヴは静かに軍帽(なぜか被り直していた)のつばを下げた。 「……とりあえず、直そうか」 誰からともなくそう言い出し、一行は協力して竹垣を修復し始めた。海龍オーシャンが水流で竹を固定し、イヴ大佐が構造的な補強を指示し、バンチと海秋が物理的に組み立てる。奇妙なチームワークだった。 その後、彼らは婆さんの元へ行き、深々と頭を下げた。「本当にすみませんでした!!」と叫ぶバンチに、婆さんは「まあいいさ。たまには賑やかな方がいいわい」と、呆れながらも笑っていた。 各自、大部屋に戻った夜。布団に入ったバンチは、天井を見つめていた。(……あいつ、意外といい匂いしたな。あ、ダメだ! 反省しろ俺!) 海秋はスマートフォンの画面を消し、小さく溜息をついた。「……まあ、たまにはこういうハプニングがあってもいいかも。あのワンコ、意外といい身体してたし」 イヴ大佐は、布団の中で軍服の襟を正すように体を丸めていた。「……不覚。あのような卑劣な輩に、あんな格好を見られるとは。……だが、あの連携は評価できるな」 翌朝。チェックアウトを済ませた一行は、朝日に照らされた山道を下り始めた。 「じゃあな! 婆ちゃん! また来るぜ!!」と元気に手を振るバンチ。海秋は「またねー。次は電波いいホテルにしよ」と軽く手を振る。イヴ大佐は「次回の作戦行動に、この経験を活かそう」とだけ言い、軍靴の音を響かせて歩き出した。 各自、心の中に抑え込んだ「なんとも言えない感情」を抱えながら、彼らはそれぞれの帰路に着いた。秋の風が、心地よく彼らの背中を押していた。