薄暗い廃都の街並みに、火花と衝撃音が鳴り響いていた。 晶色水景は、無機質な表情で目の前の襲撃者たちを薙ぎ払っていた。彼が手にするのは、瞬時に生成された水晶の長槍。鋭利な先端が空を切り、刺突の一撃が敵の急所を正確に貫く。黒い手袋に包まれた指先がわずかに動くたび、周囲の空間に結晶の破片が舞い、美しくも残酷な処刑場へと変貌していた。 「……しつこいな」 短く呟いたその時、横から赤い閃光が走り、水景が対処しきれていなかった背後の敵を消し飛ばした。爆風と共に、軽やかな足音が近づいてくる。 「あらあら、随分と物騒な格好をしてるのね。お兄さん、一人でこんなところに迷い込んだの?」 そこに立っていたのは、ルーズに結ったブロンドのツインテールを揺らす、赤い瞳の女だった。白いワイシャツに黒い手袋。一見すれば旅の町娘のような風貌だが、その周囲に漂う魔力はあまりに濃密で、常人の域を遥かに超えている。 水景は即座に槍を構え、彼女へと向けた。氷のように冷徹な水色の瞳が、女の正体を測るように細められる。 「……誰だ。お前も襲撃側の人間か」 「ひどい言い草! 助けてあげたのに。私はただの通りすがりよ。それより、その水晶の武器、素敵ね。あなた、もしかして……」 クロエは口角を吊り上げ、揶揄うように小首をかしげた。彼女にとって、この状況は心地よい「戯れ」に過ぎない。対する水景は、彼女の軽薄な態度に眉をひそめ、さらに槍の穂先を鋭く研ぎ澄ませた。 互いに警戒し、一触即発の空気が流れる。どちらが先に動くか。静寂が支配したその瞬間、大地が激しく震えた。 ――ズズズッ、ドォォォン!! 街の中央にある時計塔が、内側から弾け飛ぶ。瓦礫の山から現れたのは、異形なる巨獣であった。全身を黒い鱗で覆われ、背中からは腐った肉のような翼が生えている。高さ十メートルはあろうかというその怪物は、見る者の精神を削り取るような不快な咆哮を上げた。 「……来たか」 水景が低く呟く。彼の目的はこの怪物の核を破壊することだった。 「あら、あなたもあのお見苦しいのが目的だったの? 奇遇ね。私もあいつの頭を飾りにして、旅の思い出にしようと思ってたところよ」 クロエはくすくすと笑いながら、右手にどろりとした鮮血を凝固させ、巨大な血の斧を形作った。吸血鬼としての怪力を秘めたその武器が、地面を軽く叩く。 水景は、隣に立つ女をちらりと見た。信頼など微塵もない。だが、あの怪物を単独で仕留めるには、時間がかかりすぎる。効率を重視する彼にとって、答えは一つだった。 「……今は、力を合わせるだけだな」 「正解! 話が早くて助かるわ。じゃあ、どっちが先に弱らせるか競争しましょうか、銀髪のお兄さん?」 合図もなしに、二人は同時に地を蹴った。 先陣を切ったのは水景だ。彼は瞬時に地面に手を触れ、能力を発動させる。 「【水晶刺岩】」 咆哮と共に突進してくる巨獣の足元から、鋭利な巨大水晶の柱が次々と突き出した。地中から突き上げる不意打ちに、怪物はバランスを崩し、空中に跳ね上げられる。その隙を逃さず、水景は跳躍し、空中で槍を振るった。水晶の刃が怪物の側腹部を深く切り裂く。 「あははっ! 派手ねぇ!」 上空で水景の動きを見たクロエが、血の斧を携えて突撃する。彼女の速度は常人の視認能力を遥かに超えていた。赤い残像が空を舞い、そのまま斧をフルスイングで怪物の首筋に叩き込む。 ドゴォッ!! 凄まじい衝撃波が走り、怪物の巨体が地面に叩きつけられた。吸血鬼の怪力が乗った一撃は、鱗の装甲を強引に粉砕し、深い亀裂を刻む。 「ふぅ、いい運動になるわ。ねえ、次は私の番よ」 クロエは宙に浮いたまま、指先を怪物の眼前に向けた。彼女の瞳が紅く輝き、指先に凝縮された魔力が一点に集まる。 「【枢光(プライド)】」 放たれたのは、赤色に煌めく破壊光線。それは直線的に、かつ猛烈な速度で怪物の胸部を焼き抜いた。連射される光線が爆音と共に肉を焼き、血飛沫を散らす。圧倒的な火力による蹂躙に、怪物は苦痛に悶え、狂ったように暴れ出した。 その暴走に巻き込まれそうになったクロエを、水景が遮るように前に出る。彼は瞬時に自身の右腕を硬質な結晶へと変貌させた。 「【水晶身岩】」 ガキンッ!! 怪物の巨大な爪が水景の水晶化した腕に激突するが、びくともしない。衝撃で足元の石畳が砕けるが、水景は冷徹な眼差しを崩さず、至近距離から槍を突き出した。 「……隙だらけだ」 鋭い突きが怪物の喉元を貫く。しかし、怪物はそれを強引にねじ伏せ、水景を弾き飛ばした。後方へ飛び退いた水景は、着地と同時に地面に水晶の壁を構築し、防御を固める。 「おっと、危ないわね。お兄さん、ちょっとだけカッコつけすぎじゃない?」 クロエがクスクスと笑いながら、彼の隣に降り立つ。その態度は相変わらずだが、彼女の赤い瞳は真剣に怪物の弱点を見定めていた。 怪物は激昂し、全身の鱗を逆立たせると、口からどす黒い衝撃波を放とうと溜め始めた。周囲の空気が震え、大気が歪む。最大出力の一撃であることは明白だった。 「……あいつ、本気を出すみたいね。ちょっと面倒くさいわ」 「あぁ。ここで時間をかける分には、街の被害が増える。一撃で終わらせるぞ」 水景の声に、クロエは意外そうに目を丸くし、それから満足げに微笑んだ。 「いいわね、その効率主義なところ。気に入ったわ」 二人は視線を交わし、同時に最大の攻撃準備に入る。水景は両手を天に掲げ、周囲の魔力を結晶化させて巨大な質量を練り上げた。一方のクロエは、全身の魔力を右手に集束させ、今までとは比較にならないほどの濃密な赤光を纏わせる。 「【水晶天雷】!!」 水景が撃ち出した巨大な水晶が、空高く舞い上がり、そのまま雷鳴のような速度で怪物の頭上へ降り注いだ。空から降り注ぐ結晶の雨が怪物の動きを完全に封じ込め、その巨体を地面に縫い付ける。 逃げ場を失い、衝撃波を放とうとした怪物の目の前に、クロエが静かに、しかし絶対的な威圧感を持って現れた。 「これで終わりよ。……踊りなさい」 彼女が構えたのは、ただの一撃。だが、そこに込められたのは吸血鬼としての矜持と、全ての光を飲み込むほどの破壊衝動だった。 「【万星は枢光に霞む(プライド・オブ・ルージュ)】!!」 放たれたのは、もはや光線と呼べるものではなかった。それは極太の紅い奔流となり、世界を真っ赤に染め上げた。水景が固定した怪物の中心を、その光の柱が真正面から貫通する。 轟音さえも置き去りにするほどの爆発が起こり、中心にいた怪物は断末魔を上げる暇もなく、原子レベルで消滅した。巻き上がった土煙と光が晴れた後には、巨大なクレーターと、完全に沈黙した戦場だけが残っていた。 静寂が戻る。水景はゆっくりと水晶の武器を消し、黒い手袋を正した。隣では、クロエが大きく伸びをしながら、あくびを噛み殺している。 「あーあ、疲れちゃった。ねえ、お礼に何か美味しいものでも奢ってくれない? 助けてあげたんだし」 「……断る」 「つれないわねぇ! せっかく私が気を使って合わせてあげたのに」 クロエはぷくっと頬を膨らませ、水景の周りをひらひらと舞うように歩く。水景は彼女の言動を完全に無視し、目的の品を回収すると、背を向けて歩き出した。 「待ちなさいよ! まだ話は終わってないわよ、銀髪のお兄さん!」 「名もなき旅人と、馴れ合うつもりはない」 「ひどい! 私はクロエよ! あなたの名前は? 教えてくれたら、次会った時にわざわざ挨拶してあげるわ」 水景は足を止めず、ただ短く答えた。 「……水景だ」 「水景くんね。ふふっ、いい名前。またどこかで会いましょうね、私の『効率的な』相棒さん」 赤い瞳の吸血鬼は、愉快そうに笑いながら、陽炎のように街の路地へと消えていった。水景は一度だけ振り返り、彼女が消えた方向を見たが、すぐに視線を戻した。 最悪の相性だった。だが、最悪に効率的だった。そう結論づけて、彼は再び静寂の街を歩き始めた。