再会の匂い ユートピュアの研究施設は、いつも通り無機質な白い壁に囲まれていた。地下深くのラボでは、機械の低いうなり音が響き、化学薬品の匂いが空気を満たしている。バースはいつものように丸眼鏡をかけ、華奢な体を白衣に包んでデスクに向かっていた。手元にはコーヒーカップが置かれ、黒い液体が湯気を立てている。彼はキーボードを叩きながら、最新のエネルギー実験のデータを分析していた。 「ふむ、この反応率は予想以上だな。次は被験者の耐久性をもう少し上げてみるか。」 バースの声は独り言のように小さく、敬語の癖が混じっているが、そこに温かみはない。ただの計算だ。彼は人類の未来のため、今日も非道な実験に没頭する。窓のない部屋で、時間は溶けるように過ぎていく。 そんな静かな午後に、ドアが乱暴に開いた。バースは顔を上げ、眉を少し寄せる。入ってきたのは、オルファだった。オレンジ色の髪を無造作に揺らし、むっちりとした体躯を特殊部隊の黒い制服に包んだ犬の獣人。彼女の高身長は部屋を圧倒し、白い肌が蛍光灯の下で輝いている。アイマスクが目を覆い、視界を奪っているはずなのに、彼女の鼻がピクピクと動くのが見えた。 「バース! いるんでしょ? 匂いでわかったよ、コーヒーの臭いがプンプンしてる!」 オルファの声は荒々しく、短気さがにじみ出ている。彼女はドアをバタンと閉め、傲慢に部屋を横切り、バースのデスクに近づいた。足音が重く、床がわずかに震える。バースはため息をつき、椅子を少し引いて立ち上がる。 「オルファ君か。休暇を取ったと聞いていたが、早速来るとは。どうぞ、座ってください。」 彼の言葉は丁寧だが、敬意の欠片もない。ただの形式だ。オルファはそんな態度など気にせず、ニヤリと笑う。彼女の嗅覚は異常なほど鋭く、バースの存在を一瞬で捉えていた。実験の影響で視覚や聴覚は衰えているが、匂いと第六感がすべてを補っている。アイマスクの下で、彼女の目は見えないのに、世界は鮮明だ。 「座る? そんなの面倒くさいよ。バース、久しぶり! 研究所抜けてから、任務ばっかでさ。やっと休み取れたんだ。遊びにきたぜ!」 オルファはデスクにどっかりと腰を下ろし、足をぶらぶらさせる。頭が悪いせいか、彼女の言葉はストレートで、計算などない。ただの衝動だ。バースはコーヒーカップを手に取り、もう一口飲む。熱い液体が喉を滑り落ち、集中力を取り戻す。 「遊びに来た、ですか。君のような特殊部隊員が、こんな地下ラボに何の用でしょう? 任務の報告なら、上層部に連絡を。」 バースの目は冷たく、眼鏡のレンズが光を反射する。彼はオルファを被験者として見ているわけではないが、好意を寄せられても困惑するだけだ。なぜか実験体たちは彼に懐くが、バース自身はそんな感情を理解しない。研究のためなら、銃を抜くことさえ厭わない男だ。 オルファは鼻を鳴らし、アイマスクを少しずらして匂いを嗅ぐ仕草をする。彼女の第六感が、バースの微かな苛立ちを捉えていた。感がいいのは自慢だ。 「報告? バカ言ってんじゃないよ。任務なんか忘れたわ。あ、でも核撃の能力、最近使って爆発起こしたんだけど、計算間違えて味方巻き込んじゃった。へへ、しょうがないよね。頭悪いんだもん。」 彼女は自慢げに笑うが、バースは顔をしかめる。四則演算も怪しい彼女の能力は、確かに制御しにくい。核融合と分裂を操る力は強大だが、応用など夢のまた夢。オルファはただ、爆発を起こすだけだ。それがユートピュアの特殊部隊で重宝される理由でもある。 「それは問題だな。能力の乱用は企業の方針に反する。次はもっと慎重に、君。」 バースはデスクの引き出しから小さな装置を取り出し、オルファの腕に近づける。彼女はびくっと体を引くが、すぐにリラックスする。バースの匂いが、懐かしい研究所の記憶を呼び起こすからだ。あの頃、彼は担当研究員で、オルファにアイマスクをくれた。視界を失った彼女に、唯一の優しさだった。 「これ、何? また実験?」 「いや、単なる健康チェックだ。君の嗅覚が異常発達しているのは知っているが、最近の任務で負担がかかっていないか確認するだけさ。」 バースの指が器用に装置を操作し、オルファの腕にセンサーを当てる。彼女はむず痒そうに体をよじるが、逃げない。むしろ、嬉しそうだ。傲慢で凶暴な彼女だが、バースの前では少しだけ素直になる。 「ふん、負担なんかねえよ。匂いで敵の位置なんかすぐわかるんだから。バースの匂いも、昔から変わんねえ。コーヒーと薬品の混じった、変な臭い。」 オルファは笑い声を上げ、バースの肩を軽く叩く。力700の怪力で、普通なら骨が折れそうだが、バースは平然としている。華奢な体に似合わず、耐久力があるのか、それともただの無頓着か。 「変な臭い、ですか。失礼なことを言うものだな。コーヒーは僕の集中力を保つためのものだよ。君も飲んでみるかい?」 バースはカップを差し出すが、オルファは首を振る。忘れっぽい彼女は、以前飲んで吐きそうになったことを思い出せないが、なんとなく嫌だ。 「いらねえよ、そんな苦いもん。バース、もっと面白い話しようぜ。任務の話とかさ。こないだ、敵の基地に突っ込んで、核撃でドカーンってやったんだ。すげえ爆発で、みんな逃げ惑ってさ。俺、笑っちゃったよ。」 彼女の話は支離滅裂で、頭の悪さが露呈する。バースはデータを入力しながら、相槌を打つ。 「ほう、興味深いな。爆発の規模はどの程度だった? 核融合の比率は?」 「比率? わかんねえよ、そんなの。ドカーンって感じ! でも、味方がちょっと火傷したけど、生きてたし大丈夫だろ。」 オルファは肩をすくめ、傲慢に胸を張る。和解不可能な性格の彼女にとって、失敗は他人のせいだ。バースはため息を隠し、装置をしまう。 「まあ、君の能力は貴重だ。企業のためにも、もっと訓練を積むべきだな。ところで、アイマスクはまだ使っているようだ。僕からの贈り物が役立っているなら、嬉しいよ。」 彼の言葉に、珍しく誠意が混じる。オルファの耳がピンと立つ。犬の獣人らしい反応だ。 「当たり前だろ! これがないと、俺の目なんか役立たずなんだから。バースがくれたんだぜ、宝物だよ。研究所にいた時、毎日着けてた。バースの匂いが染みついてる気がするんだ。」 彼女はアイマスクに触れ、感傷的に呟く。短気で凶暴なオルファだが、バースへの好意は本物だ。第六感が、彼の孤独を嗅ぎ取っているのかもしれない。 バースは眼鏡を直し、コーヒーをもう一口。研究員として、感情は不要だ。 「宝物、ですか。過大評価だな。単なる機能的なアイテムさ。君の五感が衰弱したのは、僕の実験のせいでもある。責任は感じているよ。」 珍しく本音を漏らすバースに、オルファは目を細める。見えないはずの目が、笑っているようだ。 「責任? ふん、そんなのどうでもいいよ。俺は強くなったんだ。バースのおかげでさ。もっと遊ぼうぜ。ラボん中、案内してくれよ。新しい実験体とかいるの?」 オルファは立ち上がり、バースの腕を掴む。力の加減がわからず、少し痛いが、彼は耐える。 「案内、ですか。仕事中だよ、オルファ君。だが、休暇中の君の要望なら、仕方ないな。ついてきなさい。」 バースは仕方なく立ち上がり、ラボの奥へ向かう。オルファは嬉しそうに後を追う。彼女の鼻が、バースの背中を追いかける。 二人は廊下を歩く。ユートピュアの闇が深い施設だが、この瞬間は穏やかだ。オルファは任務の愚痴をこぼし、バースは淡々と答える。 「こないだの任務、計算ミスって爆発小さくなっちゃったんだ。悔しいぜ。次はもっとデカくするよ!」 「計算ミスとは、君らしいな。核分裂の制御は基礎だ。教えてあげようか?」 「教えて? いいね! でも、忘れちゃうかも。頭悪いんだよ、俺。」 オルファは笑い、バースは小さく微笑む。珍しい光景だ。彼は銃を腰に下げているが、今は必要ない。 ラボの奥で、新しい装置を見せるバース。オルファは匂いを嗅ぎながら、興奮する。 「これ、何の匂い? すげえエネルギーの臭いがする!」 「新エネルギー源だよ。君の能力に似ているかもしれない。試してみるかい?」 「試す? 面白そう! でも、爆発させたら怒られる?」 「ここでは許可しないよ。制御された実験だけさ。」 二人は装置を囲み、話し込む。オルファの凶暴さは影を潜め、バースの冷徹さも少し和らぐ。休暇の短い時間、互いの世界が交錯する。 時間が過ぎ、夕暮れの気配が施設に忍び寄る。オルファは名残惜しそうに立ち止まる。 「また来るよ、バース。次はもっと長く遊ぼうぜ。」 「待っているよ、オルファ君。任務に気をつけて。」 別れ際、オルファの鼻が最後にバースの匂いを記憶する。忘れっぽい彼女でも、これは忘れない。 (約2800文字) お互いに対する印象 オルファのバースに対する印象: バースは俺の担当だった研究員で、唯一優しかった奴。冷たい態度だけど、匂いが落ち着くし、好意が湧いちゃうんだ。頭いいし、頼りになる。もっと一緒にいたいぜ。 バースのオルファに対する印象: オルファ君は優秀な被験者だが、制御不能で扱いにくい。なぜか懐いてくるのが不思議だ。能力は有用だが、頭の悪さが惜しい。少しは可愛げがあるが、害悪なら容赦しないよ。