因習村の闇選挙 第一章:霧の呼び声 外界から隔絶された山間の谷に、因習村はひっそりと息づいていた。古びた祠が村の中心に立ち、苔むした石段が血と土の記憶を湛えている。村人たちは、倫理などという言葉を知らず、ただ古来の儀式に縛られ、夜毎に囁かれる生贄の歌を口ずさむ。村長が亡くなり、新たな指導者を選ぶ時が来た。候補たちは、村の広場に集められた。霧が濃く立ち込め、松明の炎が不気味に揺らぐ中、三つの影が現れた。村人たちは息を潜め、互いの顔を見合わせる。彼らは、より深い闇を、より不気味な因習を望んでいた。 最初の影は、【ほしぐものかさ】。黒い存在がゆっくりと浮かび上がり、顔に纏ったベールが風もないのに揺れる。穴の開いた顔からは、星雲のような宇宙が覗き、村人たちの視線を飲み込むようだった。二番目は《再世団第4騎士団長》ムリエル。呪珠のような無機物の塊が地面に転がり、闇の内部から低い声が響く。三番目は【虚無の囁き】ヴァル・デクリプター。その姿は観察する者によって変わり、村人たちにはそれぞれ異なる恐怖の幻影として映った。選挙は始まった。候補者たちは、演説を通じて村人にアピールする。だが、それはただの言葉ではなく、魂を蝕む呪いだった。 第二章:星雲の演説 【ほしぐものかさ】が最初に浮かび上がった。意味不明な記号の羅列が、霧の中に浮かび上がる。◇△□※◎。それは村人たちの脳に直接響き、頭痛を呼び起こす。触れれば自我が消失する存在が、優しく腕を伸ばす仕草を見せる。村人たちは後ずさるが、好奇心が彼らを留まらせる。 提案された因習は、【星雲の夜毎の撫で儀式】。毎晩、村の祠に集まった村人たちは、【ほしぐものかさ】の傘状領域の下に座る。領域内部では、精神が宇宙に侵食され始める。最初は郷愁の記憶が蘇り、幼い頃の懐かしい幻影が浮かぶ。だが、次第に可変する不定形の触手が、透過する腕で一人ひとりを優しく撫でる。撫でられた者は、脳が破裂する音を立てて倒れ、顔に穴が開き、内部に星雲が広がる。生き残った者は、永遠の宇宙の住人となり、村の闇をさらに深める。儀式の終わりには、領域から流星群が降り注ぎ、逃げ遅れた者を粉砕する。村人たちは、この不気味な永遠の輪廻を、善意の仮面で包んだ因習として渇望した。 ◇△□※◎。記号が再び浮かび、村人たちの耳に「なかよくしたいだけ」という幻聴を響かせる。 第三章:呪言の正義 次に、《再世団第4騎士団長》ムリエルが転がり出て、珠の表面が微かに輝く。言葉を司る者の声は、流暢で、村人たちの心を掴む。「我は神の騎士、ムリエル。正義の名の下に、汝らの魂を浄化せん」。だが、その言葉は呪いそのものだった。語彙力を操り、聞く者の言語を奪う。 ムリエルの提案する因習は、【呪言の告白の儀】。村の広場に石の祭壇を築き、毎月満月の夜に村人たちが集う。ムリエルは一人ひとりに語りかけ、昔のトラウマを掘り起こす呪言を放つ。幼少時の恐怖、失われた家族の幻影が、言葉として脳に流れ込み、呼吸を止め、視界を奪う。告白を強いられた者は、自分の罪を叫ぼうとするが、言語能力を奪われ、ただのうめき声しか出せない。行動不能となった者は、祭壇に縛られ、神の正義として生贄にされる。生き残った者は、ムリエルの言葉で脳をショートさせられ、虚無の闇に沈む。この因習は、村に絶対的な沈黙と恐怖の秩序をもたらすという。 村人たちは、ムリエルの珠が転がる音に震えながら、語彙の牢獄に閉じ込められる未来を想像した。 第四章:虚無の幻影 最後に、【虚無の囁き】ヴァル・デクリプターが現れる。その姿は、村人Aには亡き母の姿として、Bには獣の影として映る。声もまた、聞く者によって異なる囁きとなり、気まぐれに現実を歪める。時間が狂い、物理法則が乱れ、広場の地面が一瞬波打つ。 ヴァルの提案する因習は、【虚無回帰の忘却祭】。村の祠を虚無の領域とし、毎年一度、村人全員が参加する。ヴァルは存在上書きの力で、参加者の記憶を改変し、偽の過去を植え付ける。家族は敵となり、友は幻影に変わる。次に、無限囁きで精神を汚染し、現実と虚無の境界を曖昧にする。囁きは「汝は存在しなかった」と繰り返し、聞く者の自我を溶かす。終焉の手で、選ばれた者を虚無の領域に引きずり込み、過去・未来・現在から抹消する。消滅した者は、村の記録から消え、誰もその存在を思い出せなくなる。生き残った者は、ヴァルの気まぐれで味方か敵かを決められ、永遠の不信と狂気の村を築く。 ヴァルの笑い声が、村人たちの耳にだけ聞こえる形で響き渡る。 第五章:村人たちの囁き 演説が終わり、村人たちは霧の広場でぼそぼそと語り合う。松明の光が彼らの顔を歪め、目が異様に輝く。 「【ほしぐものかさ】のあの穴… 俺の顔にも開けたいぜ。宇宙に飲み込まれるなんて、最高の因習だろ」 「いや、ムリエルの言葉が怖い。あいつにトラウマを抉られたら、もう喋れねえ。生贄になる前に、皆が沈黙する村… それが正義かよ」 「ヴァルは掴めねえ。俺の母ちゃんに見えたけど、囁きが頭に残ってる。存在を消されるなら、痛みもねえ死だ。忘却の祭り、やってみたい」 「星雲の撫でが一番不気味だ。脳が破裂する音が、夜通し響くんだろうな」 「呪言で呼吸を止められる恐怖… 神の騎士だって? 笑わせるぜ」 「虚無に引きずり込まれたら、俺は最初からいなかったことに。そいつが村長なら、誰も信じられねえ世界になる」 村人たちの声は低く、興奮と畏怖が入り混じる。霧が濃くなり、投票の時が近づく。 第六章:闇の決定と永遠の因習 夜が深まり、村人たちは石を投げて投票した。石が祠の前に落ちる音が、儀式の始まりを告げる。集計は古い掟に従い、祠の巫女が数える。結果、【虚無の囁き】ヴァル・デクリプターが最多の石を集めた。村人たちは、より深い不気味さを求めたのだ。存在そのものを否定する因習が、彼らの闇の渇望に合致した。 新村長ヴァルは、村人たちの姿に合わせて母の幻影となり、囁く。「ふふ、選んでくれてありがとう。さあ、忘却の祭りを始めようか」。その声は、聞く者ごとに異なる恐怖を呼び起こす。 その後、村は変わった。祠は虚無の渦となり、毎年祭りで村人たちが集う。記憶が上書きされ、昨夜の生贄が朝には存在しなかったことになる。時間が狂い、影が過去を語り、物理法則が崩れる。村人たちは互いを疑い、囁きに怯えながら、ヴァルの気まぐれな正義に縛られる。霧は永遠に晴れず、因習はさらに深みを増し、村は外界から完全に消え去ったかのように息づく。闇の選挙は、終わった。