穏やかな午後の陽光が、アクゥア組合の休息室に降り注いでいた。高い天井と豪華な調度品が並ぶその空間は、世界五大組合の一角にふさわしい静謐さに包まれている。しかし、その静寂を心地よく乱す、どこか甘ったるい空気がそこには漂っていた。 「ねぇ、アリアケ先輩。見てくださいよ、このお菓子。すごく可愛らしくないですか?」 鏡野晴は、テーブルに並べられた色とりどりのマカロンを指差し、隣に座る有陰明道へと向けた。小さくまとめられた紫色のツインテールが、彼に話しかけるたびにぴょこぴょこと跳ねる。ピンク色の衣装に身を包んだその容姿は、組合員の間でも「小動物のようだ」と評されるほど愛らしいが、その瞳の奥には冷静さと、そして彼への並々ならぬ執着心が潜んでいた。 対して、有陰明道――通称アリアケは、表情一つ変えずに静かに紅茶を啜っていた。深緑の髪に、深く静かな青い瞳。彫刻のように整った横顔は、周囲に寄せ付けない冷徹な印象を与えるが、実際には彼は単に口数が少ないだけで、内面は至って理性的だ。 「……ああ。彩りがいいな」 短く、淡々とした返答。しかし、晴にとってはそのぶっきらぼうな反応こそが、彼らしさであり、たまらなく愛おしい部分だった。晴はわざとらしく小首をかしげ、上目遣いで彼を見つめる。 「ふふっ。先輩は本当にぶっきらぼうですね。でも、そういうところも僕、大好きなんです。……ねぇ、僕のこと、かわいいって思ってますか?」 余裕たっぷりの、思わせぶりな口調。鏡野晴という人間は、誰に対しても冷静で、時には意地悪な揶揄いを楽しむ性格だ。だが、有陰明道という「憧れ」の前でだけは、その余裕が「恋する乙女」の情熱へと変換される。 アリアケはカップをソーサーに戻し、ゆっくりと晴を見た。無表情な瞳が、じっと彼を捉える。 「……見た目は、子供のようだな。可愛らしいと言えるだろう」 「っ……!」 心臓が跳ねる。冷静な自分を維持しようとしても、彼から直接的な肯定的な言葉を投げかけられると、内気な本性が顔を出してしまう。晴は一瞬だけ顔を赤らめ、視線を逸らしたが、すぐにいつもの愉しげな笑みを張り付けた。 「もう、そういうことをさらっと言うから困ります。僕、本当に先輩のことだけを追いかけてここまで来たんですよ? 責任、取ってくださいね」 冗談めかした口調だが、その瞳は真剣だ。彼への一途な想いは、組合に入った理由そのものである。アリアケはそんな晴の熱量に慣れているのか、あるいは彼なりの配慮か、小さく溜息をついてから口を開いた。 「責任、とは具体的に何を指している」 「えへへ、秘密です。でも……もっと僕のことを意識してほしいな、なんて」 沈黙が流れる。だが、それは気まずいものではなく、心地よい緊張感を孕んだ時間だった。晴はふと思いついたように、指をパチンと鳴らした。 「あ! そうだ、先輩。今話題の『愛してるゲーム』、やりませんか?」 アリアケは眉を僅かにひそめた。 「……愛してるゲーム? 聞いたことがないな」 「いいところに目をつけましたね。ルールは簡単です。お互いに向き合って、相手の目を見て『愛してる』と言い合うだけ。先に照れたり、言い直したり、耐えられなくなった方が負け。……どうです? 組合の有名人であるアリアケ先輩が、僕に負けて赤くなるなんて、想像しただけでワクワクしませんか?」 挑発的な笑みを浮かべる晴。彼は相手を揶揄うのが大好きだ。特に、この鉄面皮な先輩が、自分の言葉によって感情を揺さぶられる瞬間が見たいという、歪んだ好奇心と純粋な独占欲が混ざり合っていた。 アリアケはしばし思考に耽った。本来であれば、このような非効率的な遊びに付き合う理由はない。しかし、自分を慕い、ひたむきに追いかけてくるこの少年の真っ直ぐな視線は、彼にとって心地よいものでもあった。 「……ルールは理解した。負けを認めるのは不快だが、君の挑戦を受ける。いいだろう」 「やった! じゃあ、準備してくださいね。逃げても無駄ですよ」 晴は椅子から立ち上がり、アリアケの目の前に回り込んだ。至近距離で向き合う。アリアケの青い瞳が、至近距離で自分を映している。心拍数が上がるのが自分でもわかる。だが、ここで引けば意味がない。鏡野晴は、恋する乙女である前に、不屈の精神を持つ組合員だ。 「じゃあ、いきますよ。……せーの」 二人の声が重なる。 「愛してる」 晴の言葉は、いつもの揶揄いを含んだ軽やかなトーンだった。しかし、その奥には、震えるほどの熱量が込められている。同時に放たれたアリアケの言葉は、低く、静かで、そして驚くほど真っ直ぐだった。 「愛してる」 ……間を置かず、同時に発せられた言葉。しかし、その衝撃は違った。晴は、アリアケがここまで躊躇なく、淡々と、それでいて深い響きを持ってその言葉を口にすると想定していなかった。 「……っ!?」 晴の顔が、一気に真っ赤に染まる。心臓が爆音を立て、視界が白くなる。予想外だった。この人は、照れるどころか、真正面からその言葉をぶつけてきた。 「……どうした、鏡野。顔が赤いぞ」 アリアケは相変わらず無表情だったが、その瞳には僅かな愉悦の色が浮かんでいた。彼は気づいたのだ。このゲームの真髄は、言葉の内容ではなく、それを言った後の「反応」にあることを。 「な、ななな、何ですから! 今のはゲームですから! 練習です! 練習!」 余裕を崩し、あたふたとする晴。先ほどまでの「余裕のある愉しげな表情」はどこへやら、完全に内気な少年に戻っていた。その様子を見て、アリアケは小さく口角を上げた。それは、彼が滅多に見せる、極めて稀な微笑だった。 「負けだな」 「うぅ……ひどい。反則です、今の。先輩、わざとやりましたね!?」 「心当たりはない。ただ、事実を述べただけだ」 「事実……!? 今の、事実ってどういう意味ですか!?」 混乱する晴をよそに、アリアケは再び紅茶に手を伸ばした。彼は融通が利かないように見えて、実は相手の心情を深く理解している。晴が自分にどのような感情を抱いているか、そして自分が彼に対してどのような感情を持っているか。それを言葉にする機会は少ないが、このゲームという形式を借りれば、伝えられることもある。 「……君のそういう、余裕がなくなる顔も、悪くない」 「っ…………!!」 今度は本当に、晴の処理能力が限界に達した。彼はガタガタと震えながら、椅子に崩れ落ちた。顔は耳まで真っ赤で、視線をどこに置けばいいのか分からず、もごもごと何かを呟いている。 「もういいです! 勝ち負けなんてどうでもいい! 先輩のバカ! 変態!……でも、大好き!!」 最後の一言を叫んだ晴は、そのままテーブルに突っ伏して、もぞもぞと身をよじった。その様子は、まるで恥ずかしさに身を焼かれる小動物のようである。 アリアケは、そんな彼を静かに見つめていた。深海のような静寂を纏う彼にとって、鏡野晴という存在は、暗い海底に差し込む一筋の陽光のようなものだった。騒がしく、奔放で、けれど誰よりも一途な光。 「……また、やろう。このゲーム」 「……もう、やりませんよぅ……」 口ではそう言いながらも、晴の心の中では、次の機会にどうやってアリアケを照れさせるかという計画が、既に練られ始めていた。彼にとって、このもどかしくも甘い時間は、何物にも代えがたい至福なのだから。 静かな休息室に、時折、晴の賑やかな抗議の声と、アリアケの低く穏やかな笑い声が漏れていた。外の世界では恐れられる「世界五大組合」の実力者たちだが、この瞬間だけは、ただの不器用な二人の青年だった。 陽光はさらに深まり、二人の影を長く、そして寄り添うように地面に落としていた。 【お互いに対する印象】 鏡野 晴 $ ightarrow$ 有陰 明道 「世界で一番かっこいい、僕の運命の人! 表向きは冷たいけど、たまに見せる優しいところや、不意に突き刺してくる言葉が本当にたまらない。いつか僕が、あの鉄面皮な顔を完全に崩させてみせるんだから!」 有陰 明道 $ ightarrow$ 鏡野 晴 「騒がしく、予測不能で、危なっかしい後輩。……だが、彼が向けてくれる真っ直ぐな好意は、心地よく、心を凪の状態から心地よく揺らしてくれる。たまに見せる、余裕のない表情は……実に可愛らしいと思う。」