夜の帳が下りた古い神社の境内で、ふたりの少女は初めて顔を合わせた。 一人目は神崎雅。黒髪の長い髪を一つに結び、碧い瞳を静かに伏せている。細身の体に纏った巫女装束は、戦巫女として鍛えられた者だけが持つ凛とした気配を帯びていた。手には薙刀【破魔ノ薙刀】が携えられている。 二人目は七篠珠音。茶色の長い髪を風に揺らし、頭上には狐の耳がぴくりと動いていた。腰には火刀【燐火】と妖刀【紫炎】が二本、対照的な色合いで収まっている。 「わあ、こんな夜更けに人がおるなんて思わへんかったわ。あんた、ここの巫女さん?」 珠音が明るい声を上げると、雅は一礼して応えた。 「はい、神崎雅と申します。こちらは妖の気配がしたので参りました。失礼ですが、あなたは……」 「ウチは七篠珠音や! せやけど、なんでか自分の過去がさっぱり思い出せへんねん。気がついたら、ウチの中に狐がおった。笑えるやろ?」 軽く言ってのける珠音だったが、その瞳の奥にはわずかな翳りがあった。雅は表情を崩さずに、しかし柔らかく言葉を続ける。 「笑えることではありません。半人半妖となられたのですね。ご苦労があったでしょう」 「まぁ、せやな。『玉藻』っちゅう組織におったらしいんやけど、ある日いきなり襲われて、みんなおらんようになった。ウチだけ生き残ってしもうてな。瀕死のとこを妖狐が『魂ごと一緒に生きよう』て持ちかけてきて、今に至るってわけや」 雅の眉がわずかに寄る。玉藻という名は、彼女の所属する武装組織『神楽』でも耳にしたことがあった。 「……玉藻が壊滅したとは、聞いておりました。その襲撃の主が、今回の闘技場に関わる黒幕だと?」 「せや。ウチが参戦する理由はそれや。仲間の仇を取る。過去の記憶も、絶対取り戻したる。あんたは何で参戦するん?」 「私は、裏で暗躍する黒幕を倒すためです。妖怪退治を生業とする者として、このまま見過ごすわけにはまいりません」 珠音は目を丸くして、それから心底楽しそうに笑った。 「ほな、目的は一緒やな! ウチら、組んだらええんとちゃう?」 「共闘……ですか。私でよろしければ、喜んでお受けいたします。ただ、少し困ったことがありまして」 「なんや?」 「私、不幸体質なのです。先日も参道で転んで、お団子を三本分も台無しにしてしまいました。もし巻き込んでしまったら、申し訳ありません」 「あはは! ほんま真面目やなぁ、あんた。ウチも狐火が暴発して、よう髪焦がすんやで。お互い様や」 そう言うと、珠音は懐から小さな包みを取り出した。中身は麺料理の屋台でもらったらしい、まだ温かい焼きそばの包みだった。 「ほら、腹ごしらえしよ。あんた麺好きなんやろ? なんや顔に書いてあんで」 雅は一瞬きょとんとしたが、やがて小さく頬を染めて微笑んだ。 「まあ……ご存じでしたか。ありがとうございます。いただきます」 ふたりは社の縁側に並んで腰を下ろし、焼きそばを分け合った。夜風が心地よく、遠くで鈴虫が鳴いている。 「なあ、雅」 「はい、珠音さん」 「あんたみたいな真っ直ぐな人が傍におってくれると、ウチ、ちょっと安心するわ。ほんまに、ありがとうな」 「私こそ。あなたの明るさに、救われる思いです。共に、必ず黒幕を討ちましょう」 そうして二人は、互いの瞳を見つめ合い、静かに頷きあった。 ――後日、雅は手帳に珠音の印象をこう記した。『裏表がなく、底抜けに明るい。けれど、その笑顔の奥に深い痛みを抱えている。守りたいと思える人だ』 一方、珠音は屋台の帰り道に呟いた。 「雅は堅苦しいけど、ほんまええ子や。不幸体質言うてたけど、ウチが全部笑い飛ばしたるわ。背中、預けられる相手やな」 互いに抱く信頼の芽は、この夜、確かに育ち始めていた。