窓から差し込む午後の陽光が、埃の舞う会議室を白く照らしていた。ここは王国管理下にある冒険者ギルドの本部。一般の冒険者が立ち入ることのできない、職員専用の重厚な会議室である。 円卓を囲むのは、王国が誇る精鋭のギルド職員四名。彼らの目的は、王国諜報部から届けられた「極めて特殊な個体」四名の危険度査定と、それに伴う懸賞金の設定であった。 「さて……。諜報部からの依頼書には『正体不明の脅威が含まれている』とあったが、手配書を見る限り、随分と個性が分かれているな」 口火を切ったのは、職員長のガレウスだった。五十代半ばの恰好いい中年男性。厳格な面持ちで、常に規律を重んじる。元は宮廷騎士団の副団長を務めていたため、武力への知見は王国随一である。口調は威厳に満ちた尊大な形式だが、部下への配慮は忘れない男だ。 「本当にそうですね。最初の一枚なんて、冗談かと思いましたわ」 そう言って呆れたように溜息をついたのは、査定官のリリアーヌ。二十代後半の女性で、知的な眼鏡をかけている。元は王立アカデミーの教授であり、魔法理論と生物学に精通している。丁寧な口調ながら、時折鋭い毒舌を混ぜるのが特徴だ。 「まあまあ、リリアーヌさん。見た目で判断しちゃダメですよ。危ない奴ほど、弱そうに見えるもんですし」 おどけた調子で笑うのは、調停員のハンス。三十代の小柄な男性で、元は裏社会の情報屋だった経歴を持つ。軽薄そうな口調で、常に飴を舐めているが、その目は獲物を狙う鷹のように鋭い。情報の価値を金に換算する天才だ。 「……静かにしろ。仕事だ」 最後の一人、記録係のゼインが短く制した。二十代の無表情な青年。口数は極端に少なく、淡々とした口調で事実のみを述べる。王国最高の魔導書庫で司書をしていたため、世界の理や概念的な能力に関する知識は四名の中で最も深い。 ガレウスが最初の一枚をテーブルの中央に置いた。そこに描かれていたのは、ひどく顔色の悪い、咳き込んでいる男の姿であった。 【罹患者トーマス】 「……なんだこれは。ただの風邪を引いた男ではないか」 ガレウスが心底不思議そうに眉をひそめる。リリアーヌが資料に目を走らせた。 「本名トーマス・ジョンソン。職業は列車の車掌……。スキルに記載されているのは『風邪を引いている』ことだけです。争いを好まない平和主義者。脅威度は皆無、と言ってもいいでしょう」 「諜報部もたまにボケますね。こんな人を手配してどうするんですか? 病院にでも運んであげればいいものを」 ハンスが爆笑する。ゼインが淡々と追記した。 「……ただし、彼が運んでいる『風邪』が、もし未知の変異種であるならば、生物学的災害になる可能性は否定できない。だが、現状の記述ではただの病人だ」 「結論は出たな。これは誤差だ。最低ランクでいいだろう」 ガレウスはあっさりと次の一枚をめくった。しかし、その瞬間、会議室の空気が一変した。資料から漏れ出す、底知れない「格」の差。それを敏感に感じ取ったのはゼインだった。 【観測者管理者】 「……待て。これは危険だ」 ゼインの声に、三人が顔を上げた。ゼインは資料を凝視し、冷や汗を流していた。 「能力の記述が……異常だ。『観測者』という超越的な存在を管理し、その能力をすべて行使できる。さらに、相手が自分より弱いならば確実に勝利する。AIや作者という概念すらも、この存在の下位に置いていると記述されている」 「何を言っている、ゼイン。そんな理屈が通るはずがないだろう」 ガレウスが反論するが、リリアーヌが青ざめた顔で付け加えた。 「いえ、ガレウス様。この記述……もし本当であれば、この存在は『物語の枠組み』そのものを支配しています。我々が今こうして議論していることさえ、彼の手のひらの上である可能性がある」 「……恐ろしいな。強さの基準を『相手との比較』に置いている。つまり、我々が弱ければ弱いほど、この男は絶対的に強くなる。管理能力による無効化も完備している」 ハンスが額の汗を拭う。この男を捕らえる方法は、彼より強い存在をぶつけるしかないが、記述によればそんなものは存在し得ない。 「危険度は極めて高い。だが、能動的に世界を破壊する意思があるかは不明だ。それでも、存在自体が特級の脅威であることは間違いない」 ガレウスが重い口調で判定を下したとき、三枚目の手配書が提示された。それは、一見すると最も無害に見える人物だった。 【弱者?】 「また弱そうな奴が出てきたな。攻撃力1、防御力5……。一般人以下ではないか」 ガレウスが鼻で笑う。しかし、リリアーヌがそのスキル欄を読んだ瞬間、彼女は椅子から転げ落ちそうになった。 「……っ! 全ステータスと能力を、強制的に弱体化させる!? 相手が神であろうと概念体であろうと、時間をかければ必ず自分より弱くなる……!?」 「おいおい、マジかよ。最強の盾も矛も、この男の前ではただの紙切れになるってことか」 ハンスが戦慄する。この能力は、先ほどの『観測者管理者』のような超越者にとって、唯一にして最大の天敵となり得る。どんなに高いステータスを持っていても、この男がそこにいるだけで、じわじわと削られ、最後には足元の石ころと同レベルまで引きずり下ろされる。 「……恐ろしい能力だ。能力無効を貫通して弱体化させる。これは戦うこと自体が敗北に直結する。相手がどれほど強かろうと、最終的にはこの男が『最強』になる」 ゼインの分析に、一同が沈黙した。地味だが、最も確実な死を運ぶ能力。それはある意味で、先ほどの管理者よりも残酷な力であった。 そして、最後の一枚。それを目にした瞬間、四人の職員は同時に息を呑んだ。そこには、青年のような外見をしながら、背景から次元がひび割れているような不気味な肖像画が描かれていた。 【ゼノン・アブソリュート(チートシステム)】 「……これは……」 ガレウスが言葉を失う。リリアーヌは震える手で資料を読み上げた。 「『融通無碍』。対戦相手の存在、能力、時間、運命、そして勝利という結果さえも崩壊させ、自分に有利な記述へと上書きする……。敗北する可能性が、最初から消滅している……」 「ふざけてる。こんなの、もう戦いじゃない。ただの『書き換え』だ。相手が何をしようと、彼が『勝った』と書けばそれで終わりだっていうじゃないか」 ハンスが絶望的に笑った。これはもはや、冒険者が太刀打ちできるレベルではない。世界というシステムそのものをハッキングし、書き換える権限を持つ神。いや、神すらも超えた「システムそのもの」である。 「先行発動、完全拒絶、無限適応……。あらゆる防御と攻撃を無効化し、一方的に勝利を確定させる。この個体が本気で王国を滅ぼそうとすれば、我々は気づかぬうちに消滅しているだろう」 ゼインが静かに、だが確信を持って告げた。 四枚の手配書。一人はただの風邪を引いた車掌。一人は世界の管理者。一人はすべてを弱体化させる底辺の王。そして一人は運命を上書きする超越者。 「……ふん。とんでもない連中を送り込んできたな、諜報部は」 ガレウスが苦い顔でペンを取った。彼らには、この絶望的な格差を「ゴールド」という数値に換算し、掲示板に貼るという義務がある。 「よし、査定を決定する。リリアーヌ、ゼイン、ハンス。異議はないな?」 三人は静かに頷いた。彼らはそれぞれの危険度と懸賞金額を、手配書の余白に書き込んでいく。 --- 【査定結果】 罹患者トーマス 危険度:【F】 懸賞金:100ゴールド(※治療費としての手付金) 観測者管理者 危険度:【Z】 懸賞金:10,000,000,000ゴールド 弱者? 危険度:【SS】 懸賞金:500,000,000ゴールド ゼノン・アブソリュート 危険度:【ZZ】 懸賞金:測定不能(国家予算のすべてを投じても不足) --- 会議が終わり、四人の職員は重い足取りでギルドのメインホールへと向かった。そこには多くの冒険者が集まり、次なる仕事を探して掲示板を眺めている。 ガレウスが、迷いのない動作で四枚の手配書を掲示板にピンで固定した。 「……さて、誰がこの地獄に飛び込む気になるかな」 その言葉と共に、掲示板には、世界の理を揺るがす四つの名が刻まれた。ある者は笑い、ある者は戦慄し、そしてある者はその天文学的な懸賞金額に目を輝かせたが、彼らが何に手を出そうとしているのかを理解している者は、その場に一人もいなかった。