空がひび割れた。 物理法則が書き換えられ、次元の狭間に突き出た「特異点」と呼ばれる廃墟の街。そこは3056年の日本でも、あるいは別の時代の戦場でもない。あらゆる時空が混濁した混沌の地であった。 岸田は、仕立ての良いスーツに身を包み、知的で冷徹な光を宿した眼鏡を指先で押し上げた。彼の周囲には、鈍い銀色の光沢を放つ最新鋭の護衛ロボット群「チーム・ナイカク」が、完璧な陣形を組んで展開している。彼らは単なる機械ではない。岸田の思考と同調し、ミリ秒単位で最適解を執行する鋼の軍隊だ。 だが、その静寂は突如として破られた。次元の歪みから現れた正体不明の襲撃者たちが、岸田を包囲するように襲い掛かったのだ。 「……非効率的な乱入ですね」 岸田が小さく呟くと同時に、テレパシーによる指令が飛び、ナイカクのロボットたちが電光石火の動作で迎撃を開始した。超高精度レーザーと物理的な打撃が交錯し、襲撃者を粉砕していく。しかし、敵の数は予想以上に多く、物量で押し切られようとしたその瞬間――。 天から、絶望的なまでの「轟音」が降り注いだ。 ――ドォォォォォン!! 視界が白く染まり、衝撃波が地面を激しく揺らす。岸田の周囲に展開していた襲撃者たちが、一瞬にして肉片と瓦礫へと変わった。爆風に煽られながらも、岸田は微動だにせず、ただ眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。 爆煙の向こうから、一人の少女が歩み寄ってくる。 白銀の長い髪をなびかせ、軍帽を深く被った小柄な少女。肩に掛けられた外套が風に翻り、その鋭い眼差しは、目の前の「正体不明の男」を冷徹に分析していた。彼女こそ、【特別砲兵大隊指揮官】イヴ大佐である。 「……生き残りがいたか。貴様、どこの陣営だ」 イヴの声は冷たく、一切の妥協を許さない軍人のそれであった。彼女の背後には、次元の壁を越えて展開した自走砲と榴弾砲の砲身が、不気味に銃口をこちらへ向けている。 岸田はゆっくりと微笑んだ。相手が個人の武力ではなく、組織的な「火力」を操る指揮官であることを見抜き、瞬時に現状を分析する。 「初めまして、大佐。私は岸田。単なる……そうですね、国家の行く末を案じる一人の指導者です。貴女の砲撃、実に見事な精度だ。無駄がなく、合理的である」 「口で調べる必要はない。貴様の正体は後でゆっくり吐かせてもらう。今は、この地の『不浄』を排除することに集中させてもらうぞ」 互いに警戒を解かず、探り合う空気。だが、その緊張感は、さらに巨大な「異物」の出現によって塗り替えられた。 ――ズゥゥゥゥン……!! 空間が、物理的に「剥がれた」。 そこから現れたのは、山のような巨躯を持つ異形の怪物。全身を黒い結晶体で覆われ、背中からは数多の触手のような触肢が伸びている。その存在自体が次元の歪みを引き起こしており、周囲の物質を次々と分解・吸収していた。 「……あれが、目的の個体か」 イヴ大佐が低く呟く。同時に、岸田の脳内ではスーパーコンピュータ並みの知能がフル稼働し、一万年先の未来までをシミュレートし始めていた。 【スキル:加速する検討】 岸田の視界に、数億通りという膨大な「敗北」と、わずか数本の「勝利」へのルートが可視化される。その勝利の方程式には、不可欠な要素があった。 (……単独での攻略は、時間的に非効率だ。ならば、目の前のこの『火力』を最大限に利用するのが最善の結果を導き出すだろう) 「大佐。どうやら我々の目的は一致しているようだ。あのような化け物を相手にするなら、互いの不信感など後回しにして、一時的に協力体制を組むのが『合理的』だと思いませんか?」 イヴは岸田を睨みつけたが、怪物の放つ圧倒的なプレッシャーを冷静に計算し、鼻で笑った。 「ふん。貴様の面構えは信用できんが……戦術的な合理性は否定できん。いいだろう、一時的な共闘を許可する。ただし、足を引っ張れば即座に砲撃して消し飛ばすからな」 「期待しておりますよ。では……始めましょうか」 岸田が指を鳴らした瞬間、戦場に異変が起きた。 【スキル:加速する増税】 怪物が纏っていた結晶体の鎧、そして周囲に散らばっていた金属片が、不可視の力によって強引に「徴収」される。物質的な価値、エネルギーとしての資産が岸田の制御下に置かれ、それがそのまま「チーム・ナイカク」の出力へと変換された。 「出力、最大。全機、全力で支援せよ」 岸田のテレパシーが飛び、ロボットたちの装甲が黄金色に輝き、攻撃力と防御力が爆発的に上昇する。同時に、彼はイヴに向けて指示を送った。 「大佐、今です。先陣は貴女に任せましょう」 イヴ大佐は不敵に口角を上げた。彼女にとって、最高の舞台はここだ。 「特別砲兵大隊、展開! 全門、目標捕捉。――【攻撃準備破砕射撃】開始せよ!!」 号令とともに、地平線の彼方から絶叫のような咆哮が響いた。数十キロ先に配置された榴弾砲60門が一斉に火を噴く。空を埋め尽くしたのは、黒い雨のような榴弾の群れだった。 ドォォォォォォォォン!!!!! 超広範囲を更地にするほどの超高火力。怪物が咆哮を上げる間もなく、榴弾がその巨体を猛烈な勢いで叩く。地表が爆発し、土煙が舞い上がり、視界が完全に遮断される。生半可な敵であれば、この時点で塵に変わっていただろう。 だが、怪物はその強靭な結晶体で衝撃を吸収し、怒りの咆哮とともに触肢を振り回して反撃に出ようとした。 「甘いな。次だ」 イヴの冷静な命令が飛ぶ。彼女の戦術は、一度の攻撃で終わらない。 「【攻撃戦闘射撃】へ移行! 自走砲部隊、左右から側面突破。射撃しつつ移動せよ!」 30両の自走砲が、猛烈な速度で左右から走行しながら、正確に怪物の弱点を狙い撃ちにする。榴弾が降り注ぎ、自走砲が火を噴き、怪物は逃げ場のない「火力の檻」に閉じ込められた。 「今です、岸田さん!」 イヴが叫ぶ。彼女の観察眼が、怪物の結晶鎧に生じた一瞬の亀裂を見逃さなかった。 「承知いたしました。ナイカク、突入。最短ルートで心核を貫け」 岸田の指令を受けたロボットたちが、加速した機動性で爆煙の中を突き抜ける。彼らはもはや機械の域を超えていた。増税によって強化された出力により、彼らの一撃は山をも穿つ威力を持つ。 「加速する検討」によって導き出された、唯一の必勝ルート。ロボットたちは、イヴの砲撃が作り出した「隙間」をミリ単位の精度で通り抜け、怪物の胸部に一斉に高出力ブレードを突き立てた。 「グオォォォッ!!!」 怪物が絶叫し、触肢を振り回してロボットたちをなぎ倒そうとする。しかし、そこへ再び、天から猛烈な榴弾の雨が降り注いだ。イヴの砲兵大隊による、完璧なタイミングの掩護射撃だ。触肢が攻撃に転じる直前、その関節部分に正確に砲弾が命中し、動作を強制的に停止させる。 「連携としては及第点だな、スーツの男」 「お褒めに預かり光栄です、大佐。では……これでチェックメイトを」 岸田は静かに眼鏡を直した。彼の指先が空をなぞると、徴収していたすべてのエネルギーが一点に集約される。 「チーム・ナイカク、全エネルギー解放。最大出力射撃――執行」 ロボットたちが胸部のキャノンを最大展開し、黄金の閃光を放った。同時に、イヴ大佐が指揮する全砲兵部隊が、最後の一撃を叩き込む。 「全門、斉射!!」 光の奔流と、鋼鉄の雨。二つの異なる世界を象徴する「最高効率の暴力」が、一点で衝突し、怪物を飲み込んだ。 ――ズガァァァァァン!!!!! 巨大な爆発が起き、特異点の廃墟を白光が包み込む。爆風が止み、煙が晴れたときにそこにあったのは、跡形もなく消滅した怪物の残骸と、深く抉られたクレーターだけだった。 静寂が戻る。 岸田は乱れたスーツの裾を軽く払い、平静な面持ちでイヴに向き直った。イヴもまた、軍帽を正し、鋭い視線で彼を見据えている。 「ふむ。予想以上の戦力でした。貴女のような有能な指揮官が、私の国の管理下にあれば、どれほど効率的に国を豊かにできることか」 「……相変わらず不愉快な誘い方をする男だ。勘違いするな、これは単なる利害の一致だ」 イヴはそっぽを向いたが、その頬にはわずかに、少女らしい満足げな色が浮かんでいた。信頼して背中を預けられる相手がいたことへの、無意識の心地よさだったのかもしれない。 「まあ、次にお会いする時は、敵としてか、あるいは契約書を交わす相手としてか。楽しみにしておりますよ」 岸田は優雅に一礼し、ナイカクのロボットたちを率いて、再び次元の裂け目へと消えていった。 残されたイヴ大佐は、彼が去った方向をしばらく見つめていた後、ふっと小さく息を吐いた。 「……ふん。増税とは、ひどい冗談を言う男だ」 彼女は再び冷静な表情に戻り、部隊へ撤退の号令を下した。時空の混沌に、二人の異端なる指導者が交わった一時の記録。それは、歴史のどこにも記されない、奇妙で完璧な共闘であった。