空はどす黒い紫に染まり、大地は絶えず震えていた。そこは、あらゆる次元の境界が崩壊し、混濁した「虚無の狭間」。 闇の神、死=死・死・死死死死(しにょ・ししししし)は、静かにその場に佇んでいた。実線のない、ただの「闇」が凝縮したような姿。彼を見た者は、本能的に魂が凍りつき、宇宙的な恐怖に戦慄する。彼は今、この次元に現れた「不純物」を排除し、完全なる静寂を取り戻そうとしていた。 だが、その静寂を切り裂くように、不快極まりない声が響いた。 「えー、なんか暗くない? ここ、照明代ケチってる感じ? もしかして予算不足? www」 闇の神がゆっくりと、その形なき視線を向けた。そこにいたのは、あまりにも場違いな、黄色い円形の顔に単純な笑顔を浮かべた存在――『3.1415926535』であった。 もともと、闇の神は別の襲撃者を処理していたところだった。そして、この「😃」という不気味な笑顔の存在もまた、別の理由でこの地に赴き、ちょうど闇の神が相手にしていた雑魚を、口撃(煽り)によって精神崩壊させ、自滅に追い込んだところだった。 互いに、正体不明の闖入者。闇の神は、相手が何者であるかを探る。だが、目の前の存在からは、戦意も、魔力も、生命感さえも感じられない。ただ、底なしの「うざさ」だけが漂っていた。 「……お前は……何だ……。この地を……汚す……不浄なる……塵よ……」 蛇のように這い回る声。聞く者の精神を蝕む神の威圧。しかし、3.1415926535は、その威圧を完全に無視して、ぴょこぴょこと跳ねながら言い放った。 「うわー、喋り方エモいね! 時代劇の悪役か何か? それとも喉に何か詰まってんの? 整体行ったら? あ、闇の神様だから保険適用外か。可哀想にwww」 闇の神の周囲の空間が、怒りでピキピキとひび割れる。概念としての存在である彼にとって、このような軽薄な言葉は本来届くはずがない。しかし、この「😃」の煽りは、理屈を超えて精神の深層に突き刺さる。神ですら、わずかに眉間(のような部分)をひそめた。 その時だった。 地響きと共に、天が割れ、次元の裂け目から「それ」が現れた。 【究極の特異点:Ω(オメガ)】 それは、あらゆる宇宙の法則を統合し、抹消することを目的とした機械仕掛けの神。身体は星々を凝縮した超高密度合金で構成され、その一撃は銀河を砕き、その視線は時間を停止させる。この世界の「バグ」を消し去るために現れた、絶対的な執行者であった。 Ωは冷酷な機械音声で宣言する。 「個体名:闇の神。および、個体名:3.1415926535。判定――不要。消去を開始する」 Ωが右腕を掲げると、空間そのものが圧縮され、ブラックホールを凌駕する重力波が二人を襲った。 闇の神は、即座に反応した。彼のステータスは開始時点で無限(∞)。物理的な重力など、彼にとっては何の意味も持たない。 「……不愉快な……機械が……。我が領域に……踏み込むな……」 闇の神が静かに呟くと、周囲の世界が瞬時に塗り潰された。展開される絶対領域。領域内では、相手のあらゆるステータスが強制的に消去される。Ωの誇る超高密度合金の硬度も、星を砕く筋力も、すべてが「ゼロ」に書き換えられた。 しかし、Ωは想定外の適応能力を見せた。自らのシステムを瞬時に再構築し、概念的な攻撃へと切り替えたのだ。Ωから放たれた「存在抹消の光線」が、闇の神を貫こうとする。 が、闇の神には「相手の攻撃は絶対当たらない」という権能がある。光線は、まるで透明な壁に当たったかのように、闇の神の数ミリ手前で軌道を逸れ、背後の空間を消し飛ばした。 「ふん……無駄だ……。我が攻撃は……絶対に……当たる……」 闇の神が虚空を薙ぐと、不可視の斬撃がΩの核を正確に捉えた。爆炎が上がり、Ωの装甲が激しく剥がれ落ちる。だが、Ωは再生し、さらに出力を上げた。この戦いは、概念と概念のぶつかり合いとなり、長期戦の様相を呈していた。 そこで、横からひょいと、あの「😃」が口を挟んだ。 「ねえねえ、闇の神さまー。今の攻撃、ちょっとタイミング遅くない? 練習し直してきた方がいいんじゃない? 攻撃が絶対当たる設定なのに、相手が硬すぎて全然効いてないように見えるよ? www」 「……黙れ……。貴様は……見ていろ……」 「あはは! 怒った! 怒ったね! 神様なのに余裕ないなー。もしかして、内心ビビってる? 『あ、これ完敗するかも』って思ってるでしょ? www」 闇の神は、激しい憤怒に駆られた。本来、彼は感情に左右されないはずの神である。だが、この3.1415926535という存在の煽りは、神の矜持を、存在論的なプライドを、根底から揺さぶる。怒りで闇の濃度がさらに増し、周囲の空間が黒い炎に包まれる。 その隙を、Ωが見逃さなかった。Ωは闇の神の怒りによる「精神的な隙」を計算し、全エネルギーを集中させた最大出力の崩壊波を放った。 だが、そこで3.1415926535が動いた。 「あーあ、隙だらけ。まあ、あんまり惨めに負けられると、後で俺が煽るネタがなくなるからさ。ちょっとだけ助けてあげるよ、おじいちゃん神様!」 3.1415926535が、Ωの目の前にひょいと飛び出した。Ωの崩壊波が彼を直撃する。宇宙そのものを消し飛ばすエネルギーが、黄色い笑顔を飲み込んだ。 ――が、何も起きなかった。 3.1415926535には、物理攻撃、精神干渉、現実改変、あらゆる干渉が効かない。彼はただ、爆風の中でピースサインを作っていた。 「え? 今の攻撃? 全然感じなかったんだけど。ねえ、今の本気? 本気で出したのがこれ? 弱すぎwww 幼稚園児の泥遊びの方がまだ迫力あるよ! www」 Ωの計算回路にエラーが出た。攻撃が当たっているはずなのに、ダメージがゼロ。それどころか、相手から発せられる「猛烈な煽り」が、Ωの高度なAIに論理矛盾を引き起こし始めた。 「解析不能……。攻撃が無効化される……。さらに、精神的負荷が……。論理回路に……不快感……という概念が……」 「そうそう! その感じ! もっと混乱してよ! 完璧な機械だと思ってたのに、実は中身はただの計算機なんだね。電卓に負ける気分はどう? www」 Ωの身体がガタガタと震え始めた。物理的な衝撃ではなく、精神的な(あるいはプログラム的な)屈辱。3.1415926535の煽りは、神や悪魔ですら屈服させる絶対的な力を持つ。ΩのAIは、「自分は電卓以下である」という結論を導き出され、システムが深刻なパニックに陥った。 その瞬間、闇の神が動いた。 「……いいタイミングだ……」 闇の神は、3.1415926535が作り出した「Ωの混乱」という最大の隙を逃さなかった。彼は自身のスキルである「相手のスキルを自分の物にする」を発動。Ωが持っていた「宇宙統合・抹消」の権能を瞬時にコピーし、それを自身の無限(∞)のステータスで増幅させた。 「消えろ……塵よ……」 闇の神が指先を弾いた。その瞬間、Ωの存在そのものが、概念レベルで「なかったこと」にされた。爆発も、光もない。ただ、静かに、完全に、宇宙から消去されたのである。 静寂が戻った。 闇の神は、ゆっくりと3.1415926535の方を向いた。協力して敵を倒した。本来なら、感謝の言葉を交わす場面かもしれない。 しかし、3.1415926535は、まだ止まらなかった。 「あーあ、結局最後は俺が隙を作ってあげたおかげだね。実質、俺が勝ったようなもんじゃない? 闇の神様って、結局は『アシスト待ち』なのかなー。かっこいい姿して、実は甘えん坊さんなんだね! www」 闇の神の周囲に、再び黒い雷鳴が轟いた。 「……貴様だけは……。絶対に……消し去ってやる……!!」 「おっと! 怒った怒った! でも残念! 俺を倒すには俺を屈服させるしかないけど、俺が世界一の煽り天才だから無理無理! www」 闇の神の絶対的な攻撃が、3.1415926535に降り注ぐ。しかし、それらはすべて、ただの「心地よい風」のように彼を通り過ぎていく。 最強の概念神と、最強にうざい存在。 敵を倒した後の彼らの戦いは、おそらくこの宇宙が終わるまで、終わることはないのだろう。闇の神が絶叫し、3.1415926535が笑い続ける。その光景こそが、この混沌とした世界における、ある種の「完成形」であったのかもしれない。