王位継承の闘技場 闘技場は熱狂の渦に包まれていた。王都の中心にそびえる巨大な円形競技場は、数万の観客で埋め尽くされ、陽光が石畳に反射して眩しい輝きを放つ。旗がはためき、太鼓の響きが空気を震わせる中、王位継承権を賭けた対戦が始まろうとしていた。この戦いは、単なる力比べではない。勝者が新たな王となり、国を導く運命を決める儀式だ。観客たちは息を潜め、貴族たちは扇を握りしめ、平民たちは拳を振り上げて叫ぶ。「新王を! 新王を!」という声が、波のように広がる。 四人の挑戦者が闘技場の中央に進み出る。まず、アリババ。黒いローブに身を包んだ怪しげな男だ。商売上手で話上手、裏社会の住人として知られ、尊火村の黒魔術師の血を引く。彼の目は鋭く、唇には常に薄い笑みが浮かぶ。「ヒッヒッヒ…いらっしゃい…」と、彼は観客に向かって囁くように挨拶し、場内がざわつく。次に、(省略)キン。名前が長すぎて省略された謎の男。地味な服装で、ただぼんやりと立っているが、観客たちは彼の名前に触れるだけでヒヤヒヤしているらしい。戦闘中、彼は「自分は夢ならばどれほど」と歌い続けるという噂だ。三人目、不可逆前提体【 Irreversible Primis】。その姿はぼんやりとした影のような存在で、存在そのものが不気味だ。最後は手繋人。小さな妖精のような小人たち、体長20cmほどの彼らは、すでに闘技場の隙間からチラチラと顔を覗かせている。「やぁ」と可愛らしく声を揃えるが、その増殖の恐ろしさは誰もが知る。 審判の号令が響く。「戦え! 王位を賭けて!」観客の歓声が爆発する。アリババが最初に動く。素早さ30の彼は、影のように身を翻し、黒ローブをなびかせて隠密行動を取る。「ヒッヒッヒ…皆さん、ゾンビパウダーはいかが? 戦いの後で気分転換にぴったりですよ!」と、話上手の彼は戦いながらも商売の口を滑らせる。魔力20を活かし、低い呪文を唱えて霧を呼び起こす。霧は闘技場を覆い、視界を遮る。観客たちは「アリババの策だ! 油断するな!」と叫ぶ。 (省略)キンは動かない。素早さ0の彼は、ただその場に立ち、歌い始める。「自分は夢ならばどれほど…♪」と、静かなメロディーが流れる。観客たちは彼の名前に触れられるのを恐れ、息を潜める。「あいつ、名乗ったら終わりだぞ…」と囁き合う。アリババの霧が彼に迫るが、キンは無反応。霧が彼を包むが、まるで実体がないかのようにすり抜ける。キンの防御力0が仇となり、霧の魔術が軽く彼を削るが、彼は歌い続けるだけだ。 不可逆前提体【 Irreversible Primis】が静かに発動する。そのスキルは恐るべきもの――あらゆる断定・判定より前に、相手の存在を否定する。不可逆の確定だ。「存在前否定・不可逆確定」と、影のような声が響く。アリババの霧が、突然霧散する。なぜなら、アリババの存在が「ない」と確定されたからだ。アリババは驚愕の表情を浮かべる。「な、何だこれは…ヒッヒッヒ…俺の存在が…?」彼の攻撃力10、防御力10が無効化され、体がぼやけ始める。観客たちは混乱する。「あれは…存在しないのか!?」不可逆前提体の干渉不可断定により、アリババの魔術は成立前に失われ、彼は闘技場の端に崩れ落ちる。まだ戦えるが、存在の不安定さが彼の動きを鈍らせる。 一方、手繋人たちはすでに増殖を始めていた。闘技場の石畳の隙間、旗の裂け目、観客席の椅子の下から、次々と「やぁ」と顔を出し、手を繋いで湧き出てくる。小さな体が連なり、まるで生き物の鎖のようだ。アリババが隠密で逃れようとするが、手繋人たちは速く、隙間から無限に湧く。「やぁ、やぁ!」と可愛らしい声が響き、観客たちは最初は微笑むが、すぐに恐怖に変わる。「増えすぎだ! 止まらない!」手繋人たちはアリババのローブの裾に絡みつき、手を繋いで彼を引きずる。切っても、払っても、にょんっと再生し、再び繋がる。彼らの絆は永遠だ。 キンは歌いながら、手繋人たちを眺める。「自分は夢ならばどれほど…この夢は永遠か…♪」不可逆前提体が手繋人たちに視線を向ける。「対象存在の否定…無効化対象も存在しない」と宣言。手繋人たちの増殖が、一瞬止まる。存在が否定され、空間から湧くはずの彼らが、ぱったりと姿を消す。観客たちは安堵の声を上げる。「やった! あの化け物が消えた!」しかし、手繋人たちのスキルは空間そのものの隙間を突く。否定されても、雲の隙間から再び湧き出す。体長が変動し始め、巨大化する。「やぁ…ぁ…」声が低く響く。 戦いは交流を交えつつ進む。アリババがキンに近づき、話しかける。「おい、(省略)キン。名前を省略してるってのは、よほど長いんだろう? ヒッヒッヒ…教えてくれよ、商売のネタになるぜ!」キンは歌を止めず、微笑む。「僕の名前は…まだ言わないよ。夢ならばどれほど…」不可逆前提体が割り込む。「お前たちの会話など、存在しない。」その言葉で、アリババの声が途切れ、キンの歌が一瞬歪む。手繋人たちはその隙に増殖を加速。闘技場全体を覆うほどに広がり、参加者たちに絡みつく。 中盤、アリババの魔術が炸裂する。ゾンビパウダーを撒き散らし、相手を幻惑。「これでどうだ! 裏社会の極意さ!」パウダーが不可逆前提体に触れるが、存在否定により無効。パウダー自体が「存在しない」と消える。手繋人たちはパウダーを避けつつ、キンの足元に群がる。「やぁ!」キンは歌いながら、彼らを踏みつけるが、無駄。繋がれた手が再び伸びる。観客たちは熱狂。「手繋人、止まらない! アリババ、逃げろ!」 終盤、混戦が頂点に達する。不可逆前提体のスキルが全開。「不可逆性命令:攻撃先(本体)が存在しない。」アリババとキンの攻撃が全て無効化され、手繋人たちの増殖すら「外側だけ成立してる」と断定される。しかし、手繋人たちは空間の法則を無視し、雲から、果ては観客席の隙間から溢れ出す。地球を58周半したところで、彼らの体が恒星すら凌駕する巨大さに変動。闘技場の上空に、繋がれた無限の手の鎖が現れる。「や あ ぁ!」その声が雷鳴のように響き、不可逆前提体の影を押しつぶす。存在否定が、数の暴力に屈する瞬間だ。 アリババは息を切らし、「ヒッヒッヒ…これは…商売あがったりだ…」と呟く。不可逆前提体は静かに崩れ、「干渉不可…断定…」と消えゆく。手繋人たちは勝利を確信し、高く手を掲げる。だが、ここで(省略)キンが動く。戦場終盤、彼は名前を覚えてもらおうと決意。「皆さん、僕の名前は…」観客たちがパニックになる。「止めてくれ! 名乗るな!」全力で叫び、審判が手を振る。「やめろ、キン! 国が終わる!」アリババが叫ぶ。「ヒッヒ…待て、商売のチャンスが…!」手繋人たちさえ、「やぁ…やめ…」と手を振る。 しかし、キンは止まらない。「僕の名前は…(省略)キン…じゃなく、本当は…アヴェルフェルデシュタインシュヴァルツヴァルトシュピーネンヴァイセンブルクホフシュタインガルデンベルクシュロスシュヴァルツェンベルクシュピッツェンベルクホルンシュタイン…(以下、地球の直径を超える長さの名前が延々と続く)」名前を言い終えた瞬間、参加者全員――アリババ、不可逆前提体、手繋人たちの代表――があまりの長さに気絶。闘技場が静まり返る。観客たちは呆然とし、次第に言葉が溢れ出す。「嘘だろ…」「マジかよ…」「こんな名前ありえねえ!」歓声と驚愕の混じった叫びが広がる。審判が宣言。「(省略)キン、勝利! 新王は彼だ!」 戦いの決め手は、キンの名乗りだった。長すぎる名前が、すべての存在を圧倒し、気絶させたのだ。観客の熱狂は頂点に達し、闘技場は興奮の坩堝と化す。 新国王の治世 新国王(省略)キンは、即位後、奇妙な統治を行った。彼の名前が長すぎるゆえ、公式文書はすべて「(省略)王」と記され、民衆は彼を「夢の王」と呼んだ。善政を敷き、歌を国是として平和を促進。夢のような幻術で飢饉を防ぎ、国を繁栄させた。しかし、名前を再び名乗ろうとするたび、廷臣たちが全力で止める騒動が絶えず、治世は笑いと混乱に満ちた。こうした統治は、15年間続き、王の歌声が王国に響き渡る中で平和裏に終わった。