灰色の雲が低く垂れ込め、不気味な静寂が支配する廃工場地帯。錆びついた鉄骨が骸骨のように突き出し、冷たい風がコンクリートの隙間を吹き抜けていた。 黒衣マトは、その場に不釣り合いなほど天真爛漫な笑顔を浮かべながら、足元の瓦礫を軽やかに飛び越えていた。彼女の目的は明確だ。この地に潜伏しているとされる「特級の脅威」を排除すること。中学一年生という若さでありながら、彼女が纏う黒いコートと、左右非対称に結ばれたツインテールは、戦場という過酷な環境においても彼女の不屈の精神を象徴するように激しくなびいていた。 「よしっ!このあたりに気配があるよね。待ってなさいよ、すぐに捕まえてあげるから!」 一人ごちて鼻歌を歌いながら進むマトだったが、突如として周囲の空気が凍りついた。直後、物陰から数体の異形の怪物たちが、獲物を狙う獣のような速度で彼女に襲いかかる。予期せぬ伏兵。だが、マトの青い瞳に不安の色はない。むしろ、好戦的な輝きが宿った。 「わっ!びっくりしたぁ。でも、ちょうどいい運動になるね!」 マトは瞬時に反応した。左腕に装備された機関砲がガガガッ!と駆動音を上げ、激しい銃火を掃射する。火花が飛び散り、怪物の皮膚を焼き切る。同時に右手の刀剣を抜き放ち、最短距離で懐に潜り込んだ。 「せいっ!吹っ……飛べ!!」 鋭い斬撃が怪物の胴体を切り裂き、そのままゼロ距離で機関砲を叩き込む。凄まじい衝撃波が炸裂し、怪物は文字通り「吹き飛び」、背後の壁に激突して絶命した。しかし、敵の数はまだ多い。四方八方から包囲され、絶体絶命かと思われたその時――。 空間が「パリン」と心地よい音を立てて割れた。 突如として現れたのは、宙に浮く数枚の鏡。その鏡面から滑り出るように現れたのは、どこか浮世離れした雰囲気を纏う少女、ルミスであった。彼女は退屈そうに頬杖をつきながら、目の前の光景を眺めている。 「ふーん。結構賑やかだね。邪魔なんだけどな」 ルミスが指先を軽く振る。すると、彼女の周囲に展開されていた鏡たちが一斉に光を反射し、プリズムのような鋭い光線が怪物の群れを正確に貫いた。悲鳴を上げる間もなく、襲撃者たちは光の粒子となって消滅していく。一瞬にして戦場を浄化したその力に、マトは目を丸くした。 「わぁ!すごい!今のなに!?魔法?鏡?」 興奮気味に声を上げるマトだったが、同時に本能的な警戒心を抱いた。相手は味方か、それとも別の勢力か。ルミスもまた、冷徹な視線をマトに向ける。二人の間に、ピリついた緊張感が走った。 「君は……誰? ここに用があるの?」 マトが刀剣を構え直し、問いかける。ルミスは無邪気に首を傾げながらも、その瞳の奥には鋭い観察眼を光らせていた。 「私はルミス。用があるかって? 当たり前でしょ。ここに『面白い獲物』がいるって聞いて来たんだから。君こそ、その格好……ずいぶんと物騒な装備だね」 「私は黒衣マト! 悪い人じゃないよ。でも、もし貴方が獲物を横取りしようとしてるなら、私、譲らないからね!」 「あはは、威勢がいいね。いいよ、どっちが強いか試してみる?」 互いに探り合い、一触即発の空気が高まったその瞬間。地面が激しく揺れ、廃工場の中央にある巨大な貯水槽が爆発した。土煙の中から現れたのは、高さ十メートルを超える異形の巨獣。全身を黒い鱗に覆われ、背中からはどす黒い触手が無数に生えている。その眼窩からはどろりとした邪気が溢れ出し、周囲の物質を腐食させていた。 「……来たね」 ルミスが呟く。マトもまた、表情を引き締めた。 「あいつだ! 私の目的の強敵!」 「あら。目的が同じだったみたいだね」 巨獣が咆哮を上げる。その衝撃波だけで周囲のガラスが全て砕け散った。圧倒的な戦闘力。一人で挑めば、相当な苦戦を強いられることは明白だった。マトは隣に立つルミスを見た。ルミスもまた、同じようにマトを見ている。 「ねぇ、ルミスさん! 喧嘩は後にして、まずはあいつを片付けない? 協力したほうが早いでしょ!」 マトの天真爛漫な提案に、ルミスは少しだけ口角を上げた。冷静に状況を分析し、効率的な選択肢を選ぶ。それが彼女のスタイルだ。 「いいよ。ちょうど、君の戦い方には興味があるし。……貸しにしておくね」 「決定! よろしくね!」 こうして、奇妙な共闘関係が成立した。 戦闘が始まった。巨獣は猛烈な速度で突進し、巨大な前肢で地面を叩きつける。マトはその攻撃を紙一重で回避し、真っ向から突き進んだ。 「私が止める……!」 マトが奮起すると、彼女の身体から青いオーラが立ち昇る。爆発的な加速。視認不可能な速度で巨獣の脚部に潜り込み、刀剣を深く突き刺した。 「このっ……!」 そのまま力強く斬り上げ、巨獣の鱗に深い亀裂を入れる。しかし、巨獣は怯むことなく、背中の触手を鞭のようにしならせてマトを弾き飛ばそうとした。 「危ないよ」 ルミスの声が響く。マトの目の前に、突如として一枚の大きな鏡が出現した。触手が鏡に衝突した瞬間、その衝撃は完全に吸収され、そのまま反転して巨獣自身へと跳ね返された。ヘブンセンス&リフレクション。自身の攻撃が自分に返ってくるという屈辱に、巨獣が激しく暴れ出す。 「すごーい! 今の、私の攻撃も返してくれるの?」 「できるよ。だから、遠慮なく暴れていいよ。私がサポートしてあげる」 ルミスの指示に、マトは最高の笑顔で応えた。彼女は再び地を蹴り、巨獣の懐へと飛び込む。ルミスは空中へ無数の鏡を散りばめ、それらを反射板として利用し始めた。 「ミラーワールド・リフレクション!」 鏡から放たれた光線が複雑に屈折し、巨獣の視界を奪う。眩い光の檻に閉じ込められた巨獣が混乱している隙に、マトが空中で身を翻した。 「いま! ルミスさん、お願い!」 「了解。……鏡面体反射信号」 ルミスが手をかざすと、周囲の鏡が一点に収束し、強烈な光の柱を巨獣の頭上に叩き落とした。大爆発が起き、巨獣が膝をつく。絶好のチャンスだ。 「よしっ! 行くよ!!」 マトが叫び、精神を集中させる。彼女の周囲に漆黒の闇と眩い光が混ざり合う特異な空間が展開された。領域『漆黒と光のテリトリー』。その領域内において、マトの身体能力は極限まで強化され、逆に巨獣の持つ邪気と戦闘力は急速に削ぎ落とされていく。 「私は一人じゃない……!!」 心の中に宿る不屈の意志が、彼女の力をさらに加速させる。時間経過と共に傷が癒え、体力が回復していく『不屈の蒼き闘志』が、彼女を完全な状態で戦場に留めていた。 巨獣は絶望的な状況に追い込まれ、最後のあがきとして全触手を広げ、周囲全てを飲み込もうとする闇の波動を放とうとした。だが、ルミスはそれを許さない。 「終わりにするよ。天界の扉――ヘブンズ」 空を埋め尽くした数千の鏡が、一斉に臨界点に達した光を放った。天から降り注ぐ聖なる光の雨が、巨獣の闇を塗りつぶし、その巨体を完全に拘束する。逃げ場はない。もはや残されたのは、トドメの一撃のみ。 「ルミスさん、最高のパスをありがとう!」 「いいよ、期待してるよ。黒衣マト」 マトは大きく跳躍した。その背後で、左腕の機関砲が未知の領域まで巨大化し、虹色のエネルギーが渦巻く。それは純粋な闘志と希望が形となった、破壊の光柱であった。 「これで終わらせる……!!」 虹色の極太エネルギー波が、防御を無視して巨獣の核を真っ向から貫いた。轟音と共に、巨獣の身体が内側から光に分解され、最後の一片まで消滅していく。後には、静まり返った廃工場と、激しい呼吸を繰り返す二人の少女だけが残された。 静寂が戻った戦場で、マトはぺたんと地面に座り込み、ふぅーと大きな息を吐いた。 「あー! 疲れたー! でも、最高に気持ちよかった!」 ルミスはふわりと地面に降り立ち、乱れた髪を指で整えた。彼女の表情は相変わらず冷静だったが、その瞳には、先ほどまでの冷徹さとは違う、小さな好奇心が灯っていた。 「……ふうん。君、本当に面白いね。あんなに無茶苦茶に突っ込んで、それでも折れないなんて」 「えへへ、それが私の取り柄だからね!」 マトが屈託のない笑顔で笑う。ルミスはそれをじっと見つめていたが、やがて小さく肩をすくめ、空中に一枚の小さな鏡を取り出した。その鏡に映っているのは、泥だらけになりながらも満足げに笑うマトの姿だ。 「まあいいや。今日は協力して正解だったみたいだね」 「うん! ルミスさん、またどっかで会ったら一緒に戦おうよ!」 「気が向いたらね」 突き放すような言い方だったが、ルミスの口元には微かな笑みが浮かんでいた。正反対の性格、異なる力を持つ二人。けれど、この戦いを通じて生まれた奇妙な信頼感は、きっと消えることはないだろう。 「あ、そうだ! お礼に何か美味しいものでも奢らせてよ!」 「……いいよ。高いケーキのお店、知ってるから」 「えっ!? 奢るのは私なのに!?」 賑やかな会話を交わしながら、二人の少女は夕暮れに染まり始めた街へと歩き出した。黒いコートをなびかせる天真爛漫な少女と、鏡を操る冷静な悪魔少女。出会いは最悪だったかもしれないが、結果としては最高のコンビネーションだったと言えるだろう。