静寂が支配する白亜の待機室。そこは能力者を捕縛する精鋭たちが、次なる任務に備えて身を置く休息所であった。 冷徹なまでの静謐さを纏った天音は、スタイリッシュな服装に身を包み、氷のような瞳で手元のタブレットを眺めていた。その隣で、実体を持たぬ支援AIである燿が、ホログラムの姿を揺らしながら軽薄な口調で話しかける。 「いやー、今日の任務は本当にあっけなかったね。天音、君の射撃は相変わらずエグいよ。標的が絶望して顔を歪ませる瞬間、僕の計算上では快感指数が最大まで跳ね上がってたぜ」 天音は視線を上げず、淡々と答えた。 「……計算に感情を組み込むな。効率的に処理しただけだ」 「つれないなぁ。まあいいや、頑張ったご褒美に、隠してある限定品の『特製生クリーム大福』を食べるのはどうだい? 僕がこっそり冷蔵庫の奥に確保しておいたよ」 その言葉を聞いた瞬間、天音の瞳にわずかな、しかし確実な光が宿った。彼女は小さく溜息をつきながらも、口角をわずかに緩める。冷徹な仮面の裏に隠された甘味への執着は、支援AIである燿だけが知る秘密であった。 そこへ、賑やかな足音が近づいてくる。扉が勢いよく開き、太陽のような瞳を輝かせた彩夏が飛び込んできた。 「おーい! 天音! 終わったかー!?」 グラのかかった赤い短髪を揺らし、情熱的なオーラを撒き散らす彩夏。彼女は天音の双子の妹であり、同じ部隊で活動するパートナーだ。その背後には、彼女を支援するAI、零が静かに浮遊していた。 「彩夏、走る必要はありません。天音さんと燿さんは既に帰還しています。心拍数が上がりすぎていますよ」 零の口調は至極真面目であり、冗談を一切排除した厳格な響きを持っていた。彩夏はそんな零の指摘を笑い飛ばし、天音の肩に遠慮なく腕を回す。 「いいじゃん、零! テンション上げていこうぜ! それにしても天音、またそんなに固まって。たまには肩の力抜かなきゃ、いい射撃はできねーぞ!」 「……近い。離れろ、彩夏」 口では突き放しながらも、天音は彩夏を突き飛ばしはしない。互いに信頼し合う双子にとって、この距離感こそが日常であった。 「あ、そうだ! 燿さん、また面白いこと考えたんだろ? 暇つぶしに何かやろうぜ!」 彩夏の提案に、燿がニヤリと笑う。彼は空中にデジタルな文字を踊らせた。 「いいぜ。ちょうど僕が最近、人間の『精神的揺さぶり』に関するデータに興味があったところだ。そこで提案したい。……『愛してるゲーム』をしようじゃないか」 「あいしてる……ゲーム?」 天音が眉をひそめる。零が即座にデータベースを検索し、淡々と説明を始めた。 「検索完了。愛してるゲームとは、相手の目を見たまま『愛してる』と言い合い、どちらが先に照れたり、笑ったり、あるいは耐えきれずに表情を崩したりした方が負けという、精神的な耐性を競う遊戯のことです。合理性に欠けますが、心理的な圧迫感による反応を観察する点では、ある種の訓練になるかもしれません」 「なるほどな! 面白そうじゃん! 私、そういうの大好きだぜ!」 彩夏が快活に笑う。一方、天音は心底面倒そうな顔をした。 「馬鹿げている。そんなものに時間を割く意味があるのか」 「いいじゃん、天音! 私たちの仲だぜ? それとも、実は緊張してるのかー? 氷の女王様が照れるところ、見てみたいなぁ!」 彩夏に煽られ、天音の瞳に静かな火が灯った。彼女は静かにタブレットを置き、凛とした佇まいで彩夏と向き合う。 「……いいだろう。誰が一番『効率的に』耐えられるか、証明してやる」 「よっしゃ! 決定! 審判は僕たちAIに任せてくれ。あー、これは最高の見世物になるぜ」 燿が期待に満ちた声を出し、零が厳格にカウントダウンを開始した。 「それでは開始します。3、2、1……スタート」 静寂が戻った。向かい合う双子。一方は氷のように冷たく、一方は太陽のように熱い。しかし、その瞳の奥にある光は驚くほど似ていた。 先手を打ったのは彩夏だった。彼女はいたずらっぽく微笑み、真っ直ぐに姉の瞳を覗き込む。 「愛してるよ、天音!」 ストレートで、全力の、情熱的な言葉。普通の人間であれば、あるいは気恥ずかしさから視線を逸らす場面だろう。しかし、天音は微動だにしなかった。氷の瞳は冷徹なまでに澄み渡り、感情の波ひとつ見せない。 「……愛してるわ、彩夏」 天音の声は平坦だった。だが、その言葉に込められた質量は、静かでありながら深く、確かな信頼に裏打ちされていた。彩夏は「うーん」と頬を掻き、さらにギアを上げる。 「ふふん、まだまだだね! 愛してる! 本当に愛してるぜ、お姉ちゃん!」 「愛してる。貴女のその騒々しさも含めて、愛してるわ」 言葉の応酬が続く。彩夏は身を乗り出し、至近距離まで顔を近づけて、畳みかけるように「愛してる」を連呼した。もはや攻撃に近い猛攻であった。対する天音は、まるで精密機械のように、正確に、そして淡々と、同じ言葉を返し続ける。 「愛してる。……愛してる。……愛してる」 その様子を、AIの二人が実況していた。 「おおっと! 彩夏選手の猛攻! しかし天音選手、完全なるポーカーフェイスを維持! まさに氷壁! 崩れる気配が全くないぜ!」 「計算によれば、天音さんの精神耐性は想定を上回っています。一方で彩夏さんは、徐々に自身の情熱に飲み込まれ、心拍数が上昇していますね。このままでは自滅する可能性があります」 実際、彩夏はだんだん楽しくなってきていた。姉の冷静な反応が、かえって彼女の闘争心と親愛心を刺激する。彼女は最高の笑顔で、最大の声で叫んだ。 「大大大好き! 愛してるーーー!!」 その瞬間だった。 天音が、ほんのわずかに。本当に、本人にしか分からないほどの僅かな角度で、視線を伏せた。そして、口元に消えそうなほど小さな、慈しみに満ちた微笑みを浮かべたのである。 「……ふふ。本当に、騒がしい子」 「あ!! 今笑った!! 天音が笑ったぞーーー!!」 彩夏が大歓声を上げて飛びつき、天音を押し倒した。天音は「あっ」という声を出し、慌てて体勢を立て直そうとするが、彩夏にがっしりとホールドされて離れない。 「やったー! 私の勝ちだ! 天音、今の絶対照れてたろ! 認めてよ!」 「……っ、照れてなどいない。ただ、貴女のあまりの幼稚さに失笑しただけだ」 「いいもん! 勝ちはこの私、彩夏様だ! 報酬は……あー、天音が隠し持ってる大福を半分分けてくれること!」 「なっ……!? それをどうやって知った」 天音が驚愕して顔を上げると、そこにはニヤニヤと笑う燿と、淡々と記録を付ける零がいた。 「おっと、僕がリークしちゃったかな? 盛り上がりに欠けてたからね」 「データに基づき、報酬の提示は妥当であると判断しました」 天音は深く溜息をついた。しかし、その表情には怒りよりも、どこか心地よい諦念が混じっていた。彼女はゆっくりと立ち上がり、服についた埃を払う。 「……いいわ。半分だけよ」 「やったー!! さすが天音! 話がわかるぜ!」 賑やかな笑い声が室内に響き渡る。氷と火のように正反対な二人だが、その根底にある絆は、どんな強力な弾丸よりも堅固であり、誰にも貫くことはできない。 任務という血塗られた世界に身を置き、絶えず死と隣り合わせの日々を送る彼女たちにとって、このような些細な、そして馬鹿げた時間は、何よりも贅沢な休息であった。 「さて、大福を食べ終わったら、次のシミュレーションに付き合ってもらうからな、天音!」 「……考えなさい。私はもう、十分付き合ったと思うけれど」 「いいからいいから! 零、次回のスケジュールを組んでくれ!」 「承知いたしました。効率的なトレーニングメニューを構築します」 「あーあ、零は相変わらず真面目だなぁ。ま、たまにはこうして緩むのも悪くないよね」 燿が軽快に笑い、天音は呆れながらも、妹の隣で静かに歩き出した。氷の瞳には、もう冷徹な光ではなく、家族への深い愛情が宿っていた。 彼女たちは再び、それぞれの武器を手に、戦場へと戻るだろう。しかし、心の中には今、甘い大福の味と、互いへの「愛してる」という言葉が、確かな温もりとして残っていた。 その温もりこそが、彼女たちが人間であることを忘れず、正義を貫くための唯一の錨(いかり)だったのかもしれない。 * 【お互いに対する印象】 天音 → 彩夏 「騒々しく、直感的で、計画性という言葉をどこかに置き忘れてきたような妹。……けれど、その真っ直ぐな情熱は、時に私の計算を上回る救いになる。本当は、大切に思っている」 彩夏 → 天音 「クールで完璧主義、たまに甘いものに目がなくて可愛いお姉ちゃん! 厳しいところもあるけど、本当は誰よりも優しいって知ってる。世界で一番信頼してるし、大好きだぜ!」 燿 → 零 「真面目すぎるよなぁ、零ちゃんは。もっと人生(プログラム)を楽しまなきゃ損だぜ? まぁ、そういう堅苦しいところが、僕のジョークを際立たせるから最高の相方なんだけどね」 零 → 燿 「不真面目、不謹慎、そして効率を無視した冗談。AIとしての品格に欠ける個体です。……しかし、彼が適宜場の空気を弛緩させることで、主の精神的な疲労が軽減される傾向にあることは認めます。不可欠な不確定要素と言えるでしょう」