黄金の陽光が降り注ぐ、巨大な円形闘技場。数万人の観客が上げる歓声は地鳴りのように響き、熱狂が空気を震わせていた。ここは世界中の強者が集い、その技を競い合う聖地。ルールはただ一つ、「互いに敬意を払い、死に至らしめず、勝敗を決すること」。 東の門から現れたのは、白銀の鎧に身を包んだ騎士、グラミリアン・ハイコール。兜で顔を隠し、その佇まいは冷徹なまでに静まり返っている。腰に帯びた薄き剣「天翔」は、陽光を反射して鋭い輝きを放っていた。 対して西の門から現れたのは、色褪せた着物に身を包んだ老剣士、トージロー。白髪を適当に結い、口元にはどこか人を食ったような笑みを浮かべている。手には、刃こぼれした鈍い光を放つ「鈍刀」が一振り。 「いやぁ、参ったねぇ。相手はあんなにピカピカの鎧を着込んだお方だ。あーしみたいな年寄りが相手じゃ、退屈させてしまうんじゃないかなぁ?」 トージローがわざとらしく肩をすくめ、ふざけた口調で語りかける。対するグラミリアンは、兜の奥から低く、地底から響くような声を出した。 「……不敬な口ぶりだ。だが、その余裕がどこまで続くか。しかと見せてもらおう」 審判の手が下りた瞬間、静寂が訪れた。そして――次の瞬間、世界が加速した。 トージローが消えた。いや、消えたのではない。視覚が捉えきれないほどの速度で、彼は鈍刀を構えたままグラミリアンの懐へと飛び込んだのだ。 「おっとっと!」 鋭い斬撃がグラミリアンの喉元へ向けられる。しかし、グラミリアンの左目に宿る「義眼」が、大気の乱れを視覚化していた。彼は最小限の動きで首を傾け、鈍刀の切っ先を紙一枚の差でかわすと、同時に「天翔」を抜き放った。 銀閃が走る。神速の剣技「涼空」。 「ふむ」 トージローは軽やかに後ろへ跳んだ。自身の頬に、心地よい涼風のような感覚が走った。斬られた感覚がない。だが、意識すればそこには浅い切り傷が刻まれている。 「おやおや、恐ろしいねぇ。斬られたことに気づかせないとは。まさに神業だ」 「遊びは終わりだ」 グラミリアンの攻勢が激化する。天翔が空を裂き、目に見えない斬撃がトージローを追い詰める。グラミリアンは冷静に相手の重心と呼吸を読み、完璧な間合いから連続攻撃を繰り出した。しかし、トージローはひらりと舞い、鈍刀でそれらを全て「受け流して」いた。鈍刀でありながら、その剣筋は極めて正確だ。 「お前さんの剣は綺麗だねぇ。でも、綺麗すぎるよ」 トージローが不敵に笑い、構えを変えた。鈍刀を鞘に収め、もう一振りの刀――魔剣【次元斬】に手をかける。 「さて、ここからはあーしの時間だ」 刹那。空間が「割れた」。 【次元斬】の一閃。それは物理的な斬撃ではなく、空間そのものを断ち切る理外の攻撃だった。グラミリアンは義眼でその軌道を見た。だが、回避不能な速度と範囲。彼は咄嗟にスキル「霧絶」を発動させた。 「――霧絶」 グラミリアンが天翔を円形に振るい、空間に真空の渦を作り出す。次元斬の斬撃がその真空に吸い込まれ、激しい衝撃波と共に相殺された。観客席がどよめきに包まれる。防御不能と言われる次元斬を、正面から無効化したのだ。 「ほう! 空間を斬って無効化か。面白い、実に面白い!」 だが、トージローの狙いは斬撃そのものではなかった。斬撃によって開いた「空間の裂け目」。それが閉じる直前、トージローの姿がその闇の中へと吸い込まれた。姿が完全に消える。 静寂。グラミリアンは周囲を警戒し、義眼を最大出力で稼働させる。しかし、相手は次元の狭間に潜んでいる。視覚的に「見えない」のではなく、存在している「位相」が異なるのだ。 (……どこだ) その時、グラミリアンの背後から、冷ややかな声が響いた。 「あーしは見えてるよ、お前さんの背中」 次元の裂け目から、トージローの腕と魔剣が不意に突き出た。必中の次元斬。逃げ場のない至近距離からの奇襲。 だが、グラミリアンは動じなかった。彼はあえて背後を晒したまま、天翔を逆手に握り直し、精神を極限まで研ぎ澄ませた。彼が狙ったのは、相手が次元から現れる「一瞬の接点」である。 「気裂」 グラミリアンが空を斬った。斬撃は目に見えない。しかし、彼が斬ったのは空気であり、空間である。トージローが次元から飛び出した瞬間、彼が触れた空間には、すでに「破裂の種」が仕掛けられていた。 ドォォォン!! 激しい爆鳴と共に、トージローの身体が吹き飛ばされた。次元斬を放つ直前、その空間に触れたことで気裂の罠が発動したのだ。 「ぐはっ! ……あーあ、やられちゃったか」 トージローは後方に激しく転がり、地面に深く刻まれた溝の中で、血を吐きながらも笑っていた。しかし、勝負はまだついていない。彼は無理やり身体を起こし、再び次元斬を構えようとした。 だが、その視界に、白銀の騎士が静かに歩み寄る姿が映った。 グラミリアンの剣は、今や最大級の輝きを放っていた。彼がこれまでに見せた技を遥かに超える、静謐にして絶対的な殺気。 「敬意を込めて、全力で打つ」 「……へへ、いいぜ。あーしも本気で出せてよかったよ」 トージローは最期の抵抗として、全精神を集中させ、最大出力の【次元斬】を放った。空間を真っ二つに裂く、絶望的な一撃。 対するグラミリアンは、ただ一太刀を振り下ろした。 「――雲斬」 次元ごと斬る、本気の一太刀。それはトージローが切り開いた次元の裂け目さえも、まとめて両断した。白銀の閃光が闘技場全体を包み込み、次元斬の斬撃を完全に切り裂いて、そのままトージローの目の前の地面を深く抉った。 剣先が、トージローの喉元に、ミリ単位の精度で静止していた。 静寂が訪れる。観客は息を呑み、誰も声を上げられない。トージローは、自分の目の前にある銀色の刃を見つめ、ふっと肩の力を抜いた。 「……参った。完敗だ。あーしの次元斬が、あんな風に真っ二つにされるなんてねぇ」 グラミリアンは静かに剣を引くと、天翔を鞘に収めた。そして、ゆっくりと片膝をつき、相手への敬意を示す礼を捧げた。 「貴殿の技、底が見えなかった。私にとっても、最高の研鑽となった」 「いやいや、お前さんこそ。あんな技、あーしも後に勉強させてもらうよ」 トージローは愉快そうに笑い、グラミリアンに手を差し出した。騎士はその手を取り、彼を立たせた。 勝敗は明確であった。次元を操る老剣士を、さらなる高みの次元斬で圧倒した騎士、グラミリアン・ハイコール。彼の絶対的な勝利であった。 闘技場に、地鳴りのような拍手が巻き起こる。互いの誇りを認め合った二人の戦士は、観客の歓声の中、静かに拳を突き合わせていた。