灰色の雲が低く垂れ込める、名前もなき廃都。かつては文明の頂点を誇ったであろう高層ビル群は、今や骨組みだけを晒して、絶望的な静寂に包まれていた。 その静寂を切り裂いたのは、重厚なエンジンの咆哮と、金属が激しくぶつかり合う衝撃音だった。 「……しつこいな。掃討が終わったと思ったが、どこから湧いてくる」 鈍い金属音と共に、重戦車T29が主砲を旋回させ、目の前の残骸を粉砕する。車体には無数の弾痕がありながらも、その装甲は依然として堅牢だった。操縦席の男は、不快そうに眉をひそめる。彼はある目的を持ってこの地に赴いていたが、道中で正体不明の武装集団に襲撃されていた。 彼が次なる攻撃に備え、M41軽戦車を周囲に走らせて警戒させていた、その時だった。 空を裂く鋭い電子音と共に、上空から降り注いだ無数の小型ドローンが、T29を包囲していた襲撃者たちを瞬時に、そして正確に消し飛ばした。レーザーの閃光が走り、爆発音が連鎖的に響き渡る。襲撃者たちは反撃の隙すら与えられず、一瞬にして沈黙した。 T29の砲口が、即座にその「救い主」へと向けられる。同時に、後方に控えていた対戦車自走砲M56が、鋭い狙いを定めた。 「……誰だ。味方か、それとも別の獲物を狙うハイエナか」 煙の向こうから歩み寄ってきたのは、軍服を纏った一人の男だった。【最高司令官】レギオン司令官。その表情には感情の色がなく、ただ冷徹な合理性だけが宿っている。彼の周囲には、幾つもの浮遊ドローンが護衛のように展開していた。 司令官は、向けられた大口径砲の群れを見ても眉ひとつ動かさない。ただ静かに、手元の端末に視線を落とし、短く応じた。 「目的が合致しているなら、敵ではない。……だが、私の進路を塞ぐなら、排除する」 互いの間に、張り詰めた緊張感が走る。T29の乗員は、相手が放つ底知れない圧迫感に気づいた。この男は単なる兵士ではない。軍隊そのものを背負った「システム」なのだと。 しかし、その均衡を破ったのは、地鳴りのような咆哮だった。 ――ズズズ、ズゥゥゥン!! 街の中心部から、巨大な質量が地表を突き破って現れた。それは、この地域の生態系や物理法則を無視した「特異点」とも呼ぶべき、超巨大な機械生命体だった。全長数百メートルに及ぶその巨躯は、黒い結晶のような装甲で覆われ、無数の触手のような砲塔が全方位を睨んでいる。 その個体がひとたび咆哮すると、周囲のビルが共鳴して砕け散った。正体不明の強敵。この地に潜む、真の主。 「……あれが目的か」 T29の男が、低く呟く。司令官もまた、無機質な瞳でその怪物を凝視していた。 「肯定。ターゲットを確認。単独での排除は効率が悪い。想定損害率、40%以上」 「ふん、効率の話か。いいだろう。今は、力を合わせるだけだな」 言葉が交わされる。それは信頼ではなく、生存と目的達成のための「契約」だった。 「作戦を開始する。私は後方から兵力を召集し、面での制圧を行う。貴殿は前線で壁となり、火力を集中させろ」 司令官が淡々と指示を出す。T29の男は鼻で笑ったが、その行動は迅速だった。 「命令されるのは性に合わないが……いいぜ。道は開けてもらう!」 戦闘の火蓋が切られた。 「【召集】」 司令官が端末を操作した瞬間、空間が歪んだ。青白い光の渦から、次々と武装兵力が転送されてくる。重装甲の歩兵、高速で展開する無人戦車、そして空を覆う対空ドローンの群れ。彼らは完璧な連携で、巨獣の足元へと展開し、飽和攻撃を開始した。 一方、T29は[装甲強化]を発動。もともと強固な装甲に、さらに不可視の防御層を重ね、巨獣の触手による打撃を真っ向から受け止める。 ガキィィィィィン!! 凄まじい衝撃が走るが、T29は一歩も引かない。その背後から、M56対戦車自走砲が[火力強化]を乗せた一撃を放つ。超高圧の砲弾が巨獣の結晶装甲に直撃し、激しい火花と共に装甲の一部を削り取った。 「M41! 弱点を探せ!」 「了解! 偵察警戒、最大出力!」 M41軽戦車が、戦場を縦横無尽に駆け抜ける。高速移動しながらセンサーをフル稼働させ、巨獣の装甲の隙間、エネルギーが集中している核を特定した。 「見つけたぞ! 胸部の第3セグメント、装甲が薄い!」 その情報を得た瞬間、司令官の瞳に鋭い光が宿った。 「戦術変更。全火力を一点に集中させろ。レールガン部隊、転送。照準、第3セグメント」 空間から現れた巨大なレールガン車両が、電磁加速のチャージを開始する。キィィィィィィィンという高周波音が周囲の空気を震わせる。 だが、巨獣も黙ってはいない。触手状の砲塔から、極太のプラズマビームが放射された。地表を溶かし、全てを蒸発させる絶望的な一撃。それがT29とレールガン部隊を飲み込もうとしたその時――。 「上を向け!」 T29の男が叫ぶ。高度一万メートル。雲を突き抜けた成層圏から、一機の機影が急降下してきていた。B-29A-BN。戦略爆撃機が、その巨体を傾け、大量の爆弾を投下する。 [爆撃要請]、通常爆弾による絨毯爆撃だ。 空から降り注ぐ鉄の雨が、巨獣の頭上と周囲を完全に覆い尽くした。連鎖的な大爆発が起こり、プラズマビームの軌道を強引に逸らす。爆煙に包まれた戦場の中、レールガンの発射音が轟いた。 ――ズゥゥゥゥゥン!! 超高速の弾丸が、M41が特定した弱点を正確に貫いた。結晶装甲が砕け散り、内部の核が剥き出しになる。 「今だ!!」 T29が主砲を最大出力で放ち、同時にM56が追撃の一撃を叩き込む。至近距離からの連撃に、巨獣は激しくのけ反り、絶叫のような金属音を上げた。 しかし、敵はまだ死んでいなかった。ダメージを受けた巨獣は、暴走状態で周囲の全てを破壊し始めた。触手が猛烈な速度で振り回され、司令官が召集した無人戦車たちが次々とスクラップに変えられていく。 「……想定以上の耐久力か。だが、計算外ではない」 司令官は冷徹に現状を分析し、端末に最後のコマンドを入力した。 「地上兵器の損耗率、限界点に到達。条件合致。――切り札を解放する」 T29の男は、その言葉の意味を察して、すぐに後方へ後退を開始した。 「おい! 逃げろ! 全員、ここから5キロ圏外へ退避しろ!」 B-29A-BNが再び上空に現れる。だが、今度は絨毯爆撃ではない。機体の腹部から、たった一発の、しかし全てを終わらせる「死」が投下された。 MK6。核爆弾。 落下する銀色の物体が、巨獣の核に直撃した瞬間――世界は白くなった。 ――――ドォォォォォォォォォン!!!!! 想像を絶する熱線と爆風が、半径6km圏の全てを消し飛ばした。高層ビルの残骸も、巨獣の巨躯も、すべてが瞬時に蒸発し、灼熱の火の海へと変わる。空には巨大なキノコ雲が立ち昇り、死の灰が静かに、絶望的に降り注ぎ始めた。 ……長い沈黙の後。 爆心地から遠く離れた丘の上で、T29のハッチが開いた。男は煤けた顔で空を見上げ、深くため息をついた。 隣には、衣服の汚れひとつないまま、静かに佇む司令官がいた。 「……やりすぎだろ、あんた」 「最短ルートでの目的達成だ。効率的だったと言える」 司令官は淡々と答え、再び端末を操作して、残った兵力を転送して消し去った。互いに、もう言葉を交わす必要はない。目的は達成され、利害関係は終了した。 「ま、いい。死なずに済んだしな」 T29がエンジンを始動させ、方向を転換する。司令官もまた、静かに歩き出し、霧の向こうへと消えていった。 かつての都市は、今や完全な空白地帯となった。ただ、そこには戦い抜いた二つの異なる「力」の痕跡だけが、熱を持って残っていた。